光と闇のケーキ

 ふわあ……頭がクラクラします。


 わたしは、目の前を行き交う人の熱気にすっかりのぼせちゃいそうになりながら、麓の大都市、ジェロネの大通りをポテポテと歩いていました。


 普段は山の奥地にひっそりと暮らしていますが、わたしとて日用品のお買い物は必要です。食べ物は周囲の物を変換、と言う事も出来ますが、やっぱり周りの人たちと同じ物を食べたくもなります。

 それにうら若き女子としては、身だしなみや清潔を保つための物も色々欲しいですし。

 

 と、言うことでたまにこうして街に降りては、必要な物をお買い物に来るのです。

 単純にお買い物が好きというのもあるのですが。

 女の子ですから。


 後はお金を頂くために、お手製の装飾品を売らせて頂くのも目的です。

 我が頼りになる「変換の魔法」で、水や炎などを宝石に変換し、せっせと削ったり磨いたりして加工した、エミリア・ローお手製の指輪やネックレスは結構評判が良いのです。

 えっへん。


 ただ、時々材質を聞かれるのでこれは毎回誤魔化すのに苦労しています。

 変換の魔法だけで無く、魔法使いだと言うことも内緒なので……


 ※

 

 うふふ、今回も大盛況でした。

 わが装飾品たち。

 

 思いのほかお給金を頂けたので、食べ物や服。

 あとは色んな香りのする石けんをいっぱい買っちゃいました。

 お風呂大好き。

 

 せっせと抱えて街の外に出ると、肩から提げた小さなバッグの蓋を開けて中にポイポイと放り込みます。

 

 これは、魔法使いの里を出るときにカリン先生から頂いた餞別代わりの一品で、小さなバッグだけど馬車1台分の品物を入れることが出来る優れもの。

 ただ、おっきくて目だつ刺繍だけは困った物です。

 カリン先生はウサギと言い張っているけど、どうみてもスライムさんにしか見えない謎の生き物なので……


 すっかり気分が良くなったので、鼻歌を歌いながら森の小道を歩いているといつの間にやら周囲はかなり暗くなってしまいました。

 あらあら、ちょっと油売り過ぎちゃいましたね。

 

 ちょっと歩きにくくなってきたので光球の魔法でも使おうかな、と思い指を動かそうとした私は思い立って手を止めました。

 

 お月様だ……


 真っ黒な雲が風で動くと、その影に隠れてた満月が深く静かな佇まいを見せると共に、優しい金色の光を森全体に落としていたのです。

 それはまるで森を彩る金色のカーテンのようでした。

 そして、黒い雲にかかる月の光は、漆黒と金の光が混じり神々しささえ感じるほど。

 

 美味しそう……


 私はすっかり見とれると共に、先ほど買ってきた食材が浮かびました。

 山トカゲのヒレ肉。

 3つ目魚のお刺身。


 奮発したこれらにふさわしいデザートが欲しかったけど、無かったんですよね……

 よし! 


 わたしは一人で頷くと、呪文の詠唱を始めました。


「大地に縛られし我が肉体。空を舞う羽となり、全ての戒めより解き放て」


 詠唱と共に行った複雑な手の動きが終わると、身体がフワフワと浮かび上がってきます。      

 

 おお、これこれ。


 個人的にこの「空中浮遊の魔法」は大好きです。

 詠唱の通りに自分が羽のように宙を舞う感覚は、何とも気持ちよくてワクワクするのです。 お家の近くで気が向いたとき、これで遊ぶの大好き。

 

 ただ、難点を言うと空高く浮かぼうとすると、両手をせっせと上へ下へと水を掻くように動かさないと行けないこと。

 今みたいに……


 はあ……ふう。

 

 しばらくの間、せっせと空を泳いでいたせいで、両腕パンパン。

 でも……この景色は疲れが消えますね。


 どこまでも広がる暗闇と雲。

 それをどこまでも広く照らし、包み込む金色の優しい光のカーテン。

 それはまるで夢とうつつの境目のようで。

 とても現実の光景とは思えませんでした。

 

 わたしは腕が疲れたこともあって、しばらく風に向かれるままに流されながら、光と闇の狭間を漂っていました。

 

 太陽も良いけど、やっぱりお月様がいいな……

 太陽は眩しくて熱すぎて、こんな風に近くをフワフワ……なんて出来ませんから。

 

 それに、この幻想的でちょっと怖くなる景色。

 優しいけど、どこか深いところで生物を寄せ付けない。

 そんな優しさと怖さを含んだ美しさ。


 自分が空気と溶け合うような、そんな心地よさに浸っていると、急にお腹がグウと鳴りだしてハッと我に返りました。 

 

 おっと、イケない。

 ボンヤリとしているうちに、けっこう時間が経ってしまってたようです。


 わたしは目の前の月の光と雲に向かって「変換の魔法」を詠唱しました。


「我が目に映る万物よ。七つの鍵にて開く扉より、仮初めの姿を示せ」


 すると、光のドームの中で「ポン!」と小気味よい音が響き、思わずビックリ。

 これ……何が出来たんでしょ。

 ま、帰ってからのお楽しみ。


 ※


 小屋に戻ったわたしはお肉とお刺身、それにワインを並べて、最後に光のドームを置きます。

 そして、スプーンでパカン! と割ると……


「ふわあ……」


 思わず間の抜けた声が出てしまいました。

 わわ、殿方がいなくて良かった……


 割れたドームの中には、ケーキのようにふんわりと固まった黒い雲と、その上にキラキラと金色の光を放ちながら、何とも濃厚な……蜂蜜とバニラの香りを混ぜたような、蕩ける香りを漂わせる液体がかかっていたのです。

 

 なるほど……お月様の光は、こんなソースになるのですね。

 ちょっと味見を……


 スプーンで月の光と黒い雲をすくって、お口に入れたわたしは思わず「んん~!」と声をあげて、その場で何度もコクコクと一人頷いてしまった……

 

 いやはやなんとも……月の光の濃厚で上品な香りと甘さ!

 下の黒い雲も薄い甘さの中に漂う仄かな苦みが、大人のお菓子ですね。

 その2つが混じったこの……そう! 名付けて「光と闇のケーキ」絶品ではないですか。


 わたしは気がついたらパクパクと半分以上食べてしまいました。

 あ、デザートにするつもりが…… 

 ま、いっか。

 

 ああ……カリン先生にも食べてもらいたい。

 

 どうにかこのまま保管できないか、あれこれ考えている間にお腹がすっかり落ち着いてしまい、悲しみに暮れたのはまた別のお話し……

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