おかあさんと雪の花(後編)

 わたしたちは女の子を見ました。


「大丈夫ですか? 怖かったですね」


「……あ、ありが……とう」


「いえいえ、どういたしまして。あなたはシャロンと言うんですね。さっきの人に買われてたのですか?」


 シャロンはコクリと頷きました。

 元々、エルフの女性と人間の木こりの間に産まれたシャロンは、エルフの里にも住むことが出来ず、早くに父を病で亡くしたため、母親と二人旅の途中、シャロンが奴隷商人に掴まってしまったため、母親とも生き別れになってしまった、との事です。


 ハーフエルフは人間の世界でもエルフの世界でも、異物扱い。

 産まれたその時から、ただハーフと言うだけで迫害を受ける。

 自分だけで無く、両親まで。

 なにも……悪い事してないのに。 


「……エミリア、大丈夫?」


 ふと、我に返るとセシルが心配そうに見ていました。

 わたしはニッコリと笑顔を作りました。

 いけないいけない、こんな事考えては……笑顔になれません。


「大丈夫です。ちょっと考え事を……」


 そう言いながらシャロンを見ると、しょんぼりとうつむいてます。


「ありがとう……助けてくれて……そんな人、まだ居てくれたんですね」


「もちろんです。わたしたちはあなたの味方です。シャロン」


 シャロンはニッコリと笑いました。


「お母さんみたいだった」


 その言葉にわたしもセシルも笑顔になります。

 ただ……この子はこれからどうなるのでしょう。

 さっきの男のもとにはもう戻れない。

 う~ん……


 考えていると、ふと目の前に白い物がヒラヒラと落ちてきました。

 これは……


「雪だ……」


 雪ですか……どうりで寒かったわけです。

 そう思いながらふと、シャロンを見ると……泣いています。


「どうしたんですか?」


 私の問いにシャロンは涙を拭おうともせずに言いました。

 

「すいません。ママが……雪が好きだったから。だから雪を見ると……ごめんなさい」


 そう言って顔を隠すシャロンの頭をわたしはやさしく撫でました。


「なんで謝るんですか? あなたはなにも悪くないではありませんか。ただ、大好きなパパとママが人間とエルフだった。それだけです」


 シャロンはこらえきれず、嗚咽を漏らし始めました。

 お母さんの大好きだった雪……


 わたしはキョロキョロと周囲を見回すと、小声で詠唱を始めました。


「我が目に映る万物よ。七つの鍵にて開く扉より、仮初めの姿を示せ」


 そうして小型のドームを作ると、そっと目の前に振る雪に向かって放ると、すぐに「シャリン」と軽やかな金属音を立てました。

 よしよし、バッチリ。


「エミリア……なるほどね」


 セシルはニッコリと笑顔になっています。

 ほうほう。わたしの考えが分かるなんて、さすが親友。


 わたしはその子の目の前にドームを置くと、スプーンで叩いてパカンと割りました。

 すると……


「わあ……」


 シャロンが目を輝かせました。

 ドームの中には幾何学模様の美しい雪の結晶が、済んだ銀色の光を放ちながら入っていたのです。


「さて『エミリア装飾品店』臨時の開店です」


 そう言うとアクセサリー加工のための道具を広げて、手を動かすことしばし……

 私は満足した表情でチェーンを持ち上げました。

 そこには雪の結晶のペンダントが、夕日に照らされて得も言われぬ輝きを放っていました。 

 その出来にため息をつくと、私はシャロンの首にそのペンダントをかけました。


「はい。これはリンゴの分の代金。気に入ってもらえるといいんですけど……」


「……い、いいんですか。こんな……」


「はい。もちろんです。これは対価ですから」


 そう言ってにっこりと微笑みます。

 シャロン……強く、生きて下さい。

 今は辛いかも知れません。

 光が見えないかも知れません。

 でも……いつか絶対、あなたの居場所が見つかる。

 だから……それまで、自分を見捨てないで。お願いだから。


 そう言うと、わたしはシャロンの顔を見ながら言いました。


「良かったら、私と一緒に来ませんか? お母さんが見つかるまで、一緒に住みましょう」


 シャロンはポカンとしていた。


「……いいん……ですか?」


「はい、もちろんです。わたしもお家のことをして下さる人が必要だったので。一緒に助け合えれば何よりの幸せです」


「だってさ。よろしくね、シャロン。私はセシル・ライト。この子の親友」


「あ、あの……あらためて。私……シャロン・ラメリイと言います」


 そう言ってぴょこんと頭を下げる、シャロンに向かってわたしは胸の奥からじわじわと湧き上がる幸せを感じながら頭を下げた。


「わたしも改めまして、エミリア・ローと言います。アクセサリー作家兼、しがない魔法使いですが、今後ともよろしくです」

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