カリン先生と時の天幕(前編)
「世の中には様々な幸せが存在します。その中でも五本の指に入る物は何と言っても、美味しいお菓子を食べたとき。美味しいシチューを食べたとき。美味しいワインを飲んだとき。そうそう、最近では雨粒の飴を頂いたときもありますね……」
「先生、食べ物ばかりですね……」
「あらあら、シャロン。人は食べるために生きてるのですよ。それによって身体をつくり、心や思考を作る。そして、食べることで万物と繋がることが出来るのです」
「シャロン、この子さもそれらしいこと言ってるけど、とんでもない食いしん坊ってだけだからね」
セシル・ライトの失礼極まりない言葉に、シャロンはクスクスと笑っています。
もう!
でも、まあいいのです。
今はそんな些細な事はどうでもいい。
「セシル。この至福の時間に免じてさっきの暴言は見逃しましょう。なにせ、今の私にとって一番とも言える幸せ……雪を見ながらの温泉を楽しんでるのですからね」
そう。
12月も終わりに近づいた昼下がり。
しんしんと雪が降り続く中、私エミリア・ローとセシル・ライト。そして先月から新たに我が家族となったシャロン・ラメリィの3人で自宅近くの温泉にノンビリと入っているのです。
「そう。なにが幸せって、寒い中で雪を見ながら身体の芯まで温めて下さる温泉のお湯と香り……これに勝る幸せはありませんね……はふう」
やっぱり温泉は最高です。
と、言うかお菓子やご飯と並んでお風呂を愛する私のお眼鏡に叶う温泉。
その近くを選んで住処にしたので。えっへん。
「しっかし、もう一年も終わるね~。早いな……エミリア。あなたにとっては激動の年だったよね」
「そうですね。去年の年明けに魔女の里を出て、生まれて初めての一人暮らし。そして、セシル・ライトとの再会とシャロンとの出会い……素晴らしい一年でした」
「先生……恐縮です」
シャロンはそう言うと、両手を合わせて頭を下げてくれます。
「いえいえ、私こそあなたみたいにいい子が来てくれて本当に助かってます。掃除や洗濯、お料理も上手だし熱心だし……どれだけ助かってるか」
「そんな……先生に頂いたこの新しい生活。日々幸せを噛みしめてます。この程度」
「ホント、エミリアみたいなズボラにとって救世主だよね」
「ズ……ズボラとは! セシル、口を慎まないと良き殿方とのご縁もありませんよ。乙女は恥じらいと礼節を重んじる物です」
「だから、軍隊も逃げ出すエミリアに言われても説得力無いんだって」
「そ、そうなんですか!?」
「そうだよ、シャロン。この子ったら、まだ魔女の里に来た1年目に……」
「それは言わない約束ですよ! と、所でセシル。あなた一体いつまでここに居候する気なんですか? いい加減魔女の里に帰らないと、カリン先生に怒られますよ」
「それなんだけどさ……もういっそこのまま住み着いちゃおうかな……って。ここに」
「ええっ! それは……マズいですよ。セシル」
「いいじゃん。ってか実はカリン先生にもう手紙送っちゃったんだ。『もっと魔法の探求をしたいので、このまま諸国を巡る旅に出ます』って」
「全然諸国を回ってないじゃないですか……」
「そこはそれ。そんなかったるい事ホントにしてらんないよ。だからさ、今後ともよろしくね! お二人さん。シャロン。こっちのズボラ姫じゃ中々魔法も教えてくれないだろうから、良かったら私が指導するよ」
「あ……ご厚意は有り難いですが、師匠はやっぱりエミリア先生と……」
「ありがとうございます、シャロン。さぼってばかりでゴメンなさい……年が明けたらキチンと魔法も教えますからね」
「はい。ご指導よろしくお願いします」
「ふわあ~、ホントにシャロンってば良く出来た子ね。エミリアにはマジでもったいないって。でも、まあカリン先生のスパルタよりはいっか! 口を開けば『鍛錬!』しか言わない、キンキン声聞いてると頭おかしくなっちゃうからさ」
「セシル、言葉が過ぎますよ。もしカリン先生がいらっしゃったら大変……」
「居るわけ無いじゃん。だから言ってんだって。あんな地獄の悪魔が近くに居たら、森の動物もみんな逃げるからすぐ分かるよ。エミリア、殿方とのご縁って言えば、カリン先生にこそ言ってあげなよ『そんなんじゃ殿方も逃げますよ』って」
そう言ってセシルが楽しそうに笑っていると、いつの間にやら温泉に入ってきていた一匹のキツネさんがスーッとセシルの方に泳いで来るではありませんか。
「……って、いつの間にキツネが。おおっ、生意気に泳いでくる。よしよし、アンタも温泉好きなの」
そう言ってセシルが頭を撫でようとしたその時。
キツネさんが「好きでは無いけど、大嘘つきにお説教をしないといけないから」としゃべりました……って、ええっ!?
その直後。
キツネさんの周囲に光の粒が渦を巻くと、瞬く間に長身で美しい黒髪の大人っぽい美人さんに変わりました……って、あなたは……
「カリン先生……」
驚きのあまり言葉が出なくなった私を見て、カリン先生はニッコリと笑って言いました。
「久しぶりね。エミリア・ロー。やっと会えて嬉しいわ」
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