音の温もりに包まれて

 自然の音って不思議ですね。


 ただ、風で木々がこすれている。

 ただ、空から落ちてきた水が何かに当たる。


 そんな程度の事なのになぜ、こんなに心を動かすんでしょう……


「どうされたんですか、先生? さっきから寂しそう……」


 シャロンが紅茶をミニテーブルに置くと、心配そうに声をかけてきました。


「ううん、何でもないです。ただ、自然の音って何でこんなに心が動かされるのかな? って思ってただけです」


「あ、それ分かります。特に雨音って心地良いですよね。でも、それだけでなくどことなく寂しくなるんですよね……」


「さすが我が弟子です。私と感性が似ていて何より」


「もちろんです。先生のような偉大な魔法使いには到底なれませんが……やっぱり、淋しいんじゃないですか? セシル様もカリン様も魔女の里にお帰りになったので」


「ふふっ、そうかもです。前までは1人の生活こそが1番! なんて思ってたのに、いざ賑やかな生活に慣れると今度は静けさが寂しくなる……人って勝手なものですね」


「……それだけ、お二人が先生にとって大切な方々なんですよ」


 シャロンの言葉に私はハッとしました。

 たしかにそうなのかも。

 我が友セシル・ライトも最愛の師匠カリン先生も、もし2人に出逢わなかったら、私の人生は大きく変わっていたことでしょう。


「でも、考えてみれば……寂しさや悔しさを心から感じられる相手のいる環境は幸せなのかもですね。そう思うと、あなたに兄弟弟子を作ってあげられてないのは申し訳無いです」


「いえ、私は先生さえ居てくだされば……紅茶、冷めないうちに飲んで下さい。麓の街で見付けた高級茶葉です」


「あらあら、道理で心弾む薫りだと思いました。ねえ、シャロン? 良かったら一緒に飲みませんか?」


 シャロンは私の誘いにニッコリと微笑むと、ミニテーブルの向かいに座った。


 それからはお互いに何を話すでもなく、ただ雨音に耳を澄ませながら、窓の外の水の靄に包まれた景色をボンヤリと見ていました。


 雨は結構強いみたいで、外の景色はまるで霧に包まれたようにボヤケています。

 でも、雨音は適度に途切れ途切れになってて、ボンヤリと聞いてるだけで……眠気が……


「心地良いですね……この音ずっと聞けたらな……」


 と、シャロンの呟いた1言で私の頭は覚醒しました。


「そうですね……確かに晴れたら消えちゃうからこそ良いのかもですが、ずっと聞きたいですよね」


 そう呟くと私は立ち上がり軒先に出ました。

 そして、目を閉じると手を動かしながら詠唱を初めます。


「我が目に映る万物よ。七つの鍵にて開く扉より、仮初めの姿を示せ」


 両手に魔法のミニドームが現れたのを感じました。

 でも……まだまだです。

 今回「変換」したいのは、雨そのものではなく……


 目を閉じたまま機会を伺ってた私は、目を見開くとミニドームを雨の降る空間に放ちました。


 すると……


「ざー」

「ぽたり……ぽたり」

「パシャパシャ」


 と言った耳に心地良い音が響いてきます。

 ふむ……久々でしたが、上手く行ったようです。

 えっへん。


 ミニドームを持ったままお部屋に戻り、シャロンに見せました。


「先生……それは?」


「はい。音と空気を変換しました」


「は……はあ」


 キョトンとしているシャロンに私は「論より証拠です」と、テーブルに置いたミニドームをハンマーでコツンと叩きました。


 すると、ドームが「ぱっかん」と小気味良い音を立てて割れると、中からもやの塊が出てきました。

 そして、その靄の中から「ぽたり、ぽたり」「ざー」と言った雨音特有の音色が聞こえてきました。


「雨の……音が」


「さて、丁度雨も止んだことですし、今からこの雨のまゆの端を加工して、窓にぶらげられるようにしましょうか。そうすればいつでもどこでも雨音を聞きながら心地良〜い時間を過ごせますよ」


 ●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 私が加工した雨音を閉じ込めた雨の靄を、シャロンが窓にぶら下げると、靄の中で雨音が反響して得も言われぬ不思議で心地良い音が響いてきます。


「ホッとする音ですね……」


 シャロンが目を閉じてしみじみと言いました。


「はい、自分で言うのも何ですが、良い物を作っちゃいました」


 2人で目を閉じてしばし、静寂さと雨音の世界に身を浸します。

 そうしていると、静けさによる寂しさもまた風情なのかな……と感じてしまいます。


 2人に悪いかな? 

 いえいえ、こう言う機会を持てたのはセシル・ライトとカリン先生が大切な存在だからこそ。


 その2人にもたらしてもらえた機会を、同じくらい大切なシャロンと共に感じる。

 

 私は同じ空の下にいる2人に想いを馳せながら、いつしか心地良い眠りの中に入っていきました。

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