金貨と宝石のトースト

 ふふ~ん、ふんふん~、ふん~♪

 

「先生、楽しそうで何よりですね。私も嬉しいです」


 気持ちよく鼻歌を歌っている私に向かってシャロンはニコニコと笑いながら言ってくれます。

 そりゃ、もちろんです。

 上手く行ったお仕事と、綺麗な星空。

 そして、隣には以前あげた月光のショールが良く似合っている我が弟子シャロンが微笑んでいる。

 これこそ平和、これこそ幸せと言うものでしょう。


「それにしても……ホントに良かったんでしょうか? いくら謝礼を多めに出すと言う約束とはいえ、こんなに沢山の……宝石や金貨を」


 シャロンが両手の上に乗せている皮袋にはギッシリと宝石が詰まっています。

 私が抱えている皮袋にはギッシリ詰まった金貨が。

 

 今回、魔女の里から依頼を受けて、とある領主様の領土を荒らしている翼竜ワイバーンさんの集団にお引取り頂いたのです。

 

 とはいえ、翼竜さんもどうやらお腹が空いたあまりに、領地を荒らしていた様子。

 誰も亡くなった訳ではないので、傷つけるのは忍びない。

 なので、幻覚の魔法と久々の我が友ケルベリオンに頑張ってもらいました。

 お陰で翼竜さんも一匹も傷つく事無く逃げて行ったので、個人的に大満足。


「確かに身に余るものだと思いますが、せっかくの領主様のお気持ちなのでありがたく頂きましょう。小屋に帰ったら『なんでも倉庫』に保管しておきますか」


「『なんでも倉庫』あ、最近先生が作った居空間の一部を切り取った、と言うあれですか」


「はい。それともシャロン、何か欲しいものがあったら買ってあげますよ。もし望むなら街の一角に、私たちの別荘のようなお屋敷を買ってもよいですし。あなたにはキチンと魔法も教えてあげられてませんし、あなたの献身に報いる事が出来てませんので」


 私の言葉にシャロンは微笑みながら首を横に振りました。


「いいんです。魔法は教えてくださってるじゃないですか? ただ、私が才能が無くて使えていないだけで。お屋敷もいりません。先生が住みたいなら喜んでご一緒しますが、私のためであれば結構です」


「ふふっ、あなたらしい言葉ですね。わかりました。ではこの金貨と宝石は何か使い道が出来たら……」


「はい!」


 シャロンがそう言って頷いたとき。

 ぐうう……と言う、お腹の鳴る音が……


「あらあら」


「……先生……聞こえました?」


 顔を真っ赤にしてうつむいているシャロンに私はキョトンとした表情を作って……言いました。


「はえ!? い、いいえ……全然! 何も何も。はて? 何か音がしましたか?」


「……お気遣いは結構です」


 ああ……なんでこう私は嘘がヘタなんでしょうか。

 カリン先生にもセシル・ライトにもよくからかわれたものですが。

 でも、確かに私もお腹が……ああ、軽くトーストでも食べたいものです。

 

 その時。

 私の脳裏に何かがひゅ~ん、と降りてきました!

 

「ねえ、シャロン。さっき言ってた金貨と宝石の使い道……あるではないですか」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


「あ、あの……先生。何をなさるおつもりで」


 テーブルの上に置いた二つのボウル。

 その中にそれぞれ頂いた宝石と金貨の一部を入れてあります。


「ふふ~ん。決まってるではありませんか。せっかくの謝礼。やはりシャロンに喜んでもらえるような形にしたいです」


 そう言うと私は詠唱を始めます。


「我が目に映る万物よ。七つの鍵にて開く扉より、仮初めの姿を示せ」


 唱え終わると、万物の繭が出てきました。


「さて……まずは金貨から」


 ボウルの中の金貨を万物の繭で包み込むと……

 じゅわっ、と気持ちよい蒸発音を立てて、薄っすらと金色の光が眉の間から漏れています。


「では……シャロン、割ってください」


「……はい」


 シャロンが銀の棒でコツン、と叩くと繭が割れて中から金色の液体がドロッと出てきました。

 そして、甘味と爽やかさを兼ねた香りが小屋を満たします。


 さて、もう一つ……

 

 宝石のボウルも同じようにすると、今度は中から赤や水色、緑色の半透明の粘り気の強いドロドロの物が出てきて、こちらは強い甘味や酸味を感じさせる柑橘系の香りが……


「これ……凄い。美味しそう……」


「ふふん、いかがですか。金貨と宝石の……なんだろ? バターとジャム? です! では早速トーストを用意しましょうか」


 そう言いながら焼いたパンにまずは金貨のバター? を塗ってみます。

 ちょっと茶色の焦げ目のついたパンに澄み渡る金色が何とも美しい……

 

 いただきます。


 ワクワクしながら口に運ぶと……

 これは……美味しい!


 香りのとおり、口の中にコクのある甘味。そして仄かな酸味が爽やかさを出しており、これは何枚でも食べられそう!

 

 あ、シャロンは宝石のジャム? を塗るんですね。

 宝石の澄んだ光を放つ。半透明の砕けたゼリーのようなジャムを塗ると、トーストの上に何とも言えない不思議で美しい光と色合いが。

 そして、柑橘系の爽やかな香りが食欲をそそります。


「先生……これ……何枚でもいけそうです」


「まあまあ、これはこれは……ふふっ、シャロン。食べすぎは太りますよ?」


「すいません……って先生。金貨の上に宝石を塗っているんですか? あと、先生こそ食べすぎです!」


「あ、ゴメンなさい。でもね、金貨の上に宝石を塗ると、それぞれの味が交じり合って爽やかさと甘味、コクが渾然一体となったお味を楽しめますよ」


「……もう1枚だけ」


 私は思わず噴出すと、シャロンのためもう一枚パンを焼きました。

 ああ、今度セシル・ライトやカリン先生にもご馳走したいな……喜んで下さる気がします。

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