水の部屋にて
「はい、先生。お召し上がり下さい。お待たせ致しました」
そう言ってシャロンがテーブルに置いた、白玉団子の砂糖水漬けを私はじっくりと眺めました。
「ふふっ。もう、先生ったら。そんなにジロジロと……子供ではないのですから」
クスクスと笑うシャロンに私は首を振って言いました。
「いえいえシャロン。わざわざこんな暑さの中、街まで小麦粉と砂糖を買ってきてくれたのではありませんか。しかもそんな汗だくになって作ってくれて……そんな貴重なものは、お腹や舌だけでなく目でも楽しまねば」
「恐縮です」
シャロンはそう言ってペコリと頭を下げてくれました。
いえいえ、頭を下げるのは私なのに、何と言う良い子でしょうか……
季節は真夏。
いくら山間の涼しげな風と、木々のせせらぎに包まれた我が小屋といえど、暑いものは暑く。
そのため、朝からバテていた私を見かねてシャロンが麓の街まで行き、砂糖と小麦粉を買ってきて、作ってくれたのです。
「こちらもどうぞ。
「ああ……シャロン。あなたに後光が差しているようです。私の女神」
「め、女神って……恥ずかしいです」
顔を真っ赤にしているシャロンに頭を下げつつ、サラダに生ハムを巻きつけながらサラダの瑞々しい食感と生ハムの塩気の調和を楽しみます。
う~ん、美味!!
そんな感動に浸っていると、大きく開け放している窓の隙間から一羽の虹色の鳥さんが勢い良く入ってきました。
おや、あれは……
私とシャロンがじっと見ている前で、その虹色の鳥さんは身体から煙を発すると、それと共に光を放ちながら、徐々に人の形になり……
「あ、シャロン! それ、砂糖水漬けの団子じゃん。私大好物なんだ! ねえねえ、私の分ってあるかな?」
「お久しぶりですね、セシル・ライト」
「お久しぶり、エミリア・ロー。シャロンも久しぶりだね。会うたびに可愛くなってるじゃん」
「もう……お世辞ばっかり」
「いえいえ、シャロン。それは私もセシルと同じ気持ちですよ」
「先生まで……」
ゆでだこみたいに真っ赤になっているシャロンを見ながら、セシルはハンカチで顔を拭きつつ座りました。
「しっかし今年の暑さはヤバイよね。モンスターより怖いよ。絶対死ぬって、私。せっかく大仕事を終えたのに、暑さで死にたくないよ」
「でも、あなたは諸国をまわらねば……」
「ああ、それはしばらく中止」
「え!? それ……カリン先生は……」
「知るわけ無いじゃん。こんな暑い中で何が楽しくて諸国をまわらなきゃなの? 合法的処刑じゃん、こんなの。だから私は私の意思で季節が代わるまでバカンスを過ごすの。ここで。自らの命を守るため」
「また怒られても知りませんよ……」
「どうぞ、セシルさん。白玉団子、まだあるので」
「ありがと! シャロンちゃん、大好き! しっかし、この暑さどうにかできないの? エミリアの変換の魔法で」
「う~ん、さすがに季節を変換する事は無理ですね。未熟者ゆえ、世界中の気候を丸ごと操作はできないのです」
「じゃあ他の方法ないの? 涼しさを感じさせるものへの変換とかさ」
そう言ってセシルは何と何と……ああ! スカートをバタバタと仰いでいるではありませんか!?
「セシル!? 乙女の風上にも置けないはしたなさ! それでは殿方にも……」
「いいって。私そもそも男に興味ないからさ。殿方よりご令嬢なの。エミリアも知ってるクセに。それより例えばさ、太陽を丸ごとボールに変換して、海にポイ! って捨てちゃうとか。ねえ〜やってよやって!」
「セシルさん、子供みたいですね」
そう言って可笑しそうに笑うシャロンを見ながら、セシルは出てきたお水にストローでぶくぶくと泡を立てて遊んでました。
「もう……セシル。何たるお行儀が悪い。それでは殿方……ご令嬢に見初められる日は来ませんよ」
そう言いながら何気無くセシル・ライトの立てるブクブクの泡を見ていると……ふと、あるイメージが。
「セシル、シャロン。太陽丸ごとの変換はできませんが……別のもので良ければ、涼をお届け出来るかもです」
●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●
私達3人は小屋を出ると、近くの大きな池のほとりにやってきました。
夏のセミの声が爽やかに響き、うだるような熱気とは言えどこか
「……あの、先生? 涼を……とは」
おずおずと尋ねるシャロンに、私は微笑みながら唇に人差し指を当てました。
「内緒です。私は驚いてもらう事が大好きなのです。特にあなたには」
「ホント、シャロンがお気に入りなんだから」
「そ……そういう訳……そうですけど」
「……あの、先生。恥ずかしいです」
私とシャロンはお互い顔を真っ赤にしながら、パタパタと顔を仰ぎました。
全く意地が悪いこと……
私は気を取り直すと、池の周辺を歩きました。
そして、持ってきたストローをセシルに渡しました。
「これで池の水をブクブクして下さい」
「……いいけど?」
言われるままにセシルがブクブクすると水面には無数の泡が。
私はそれを見ながら詠唱を始めました。
「我が目に映る万物よ。七つの鍵にて開く扉より、仮初めの姿を示せ」
出ました出ました、万物の繭。
それを私はそっと水面の泡に被せて……
「我が力に包まれし万物よ。我が意思に従い、我が力に従属せよ」
詠唱と共に私は複雑な手の動きを繰り返しながら、徐々に繭を広げていきます。
これが神経使うのですよね……中々疲れますし。
そう思っていると、ふと背中に手が添えられると共にセシル・ライトの声が聞こえます。
「風と大地の精霊たちよ。我との契約の元、
暖かい何かが流れ込んでくるのを感じ、振り返るとセシル・ライトが笑っています。
「あなたの背中を預かるのは私だけでしょ?」
感謝します、親友。
セシルの助けもあり、どんどん広がった繭はついに、私達3人を包み込むほどの大きさになりました。
「シャロン、銀の棒。この繭を割っちゃって!」
セシルの声に慌てて駆け寄ったシャロンは、繭をコンコンと叩き、パッカンと割りました。
すると、中からおっきな半透明の泡が現れました。
「ふむ。予想以上に良く出来ましたね。では……」
そう言いながら、私は泡のドームの中に手を差し込みます。
すると……ニュルン、と言う心地良い感触とともに手が入ったので、そのまま足……そして身体を入れました。
ふむふむ、バッチリではないですか。
「せ、せ……先生! ご無事で? い……息は!?」
「大丈夫です。お二人も入ってきて下さい。これで池の中をお散歩しましょう」
2人が泡の中に入ったのを確認すると、私はゆっくりと足を進めつつ泡を前に転がすように押していきます。
「おお……進んでますね」
「エ……エミリア。念のため聞くけど……中に水入ってこないよね。私……泳げないんだ」
「あらあら、セシル・ライト。それは初耳です。親友として不覚でした。……多分大丈夫かと」
「ええ!? 多分なの!」
私はクスクス笑いながら言いました。
「冗談ですよ。私が今まで魔術に関して後れを取った事がありますか?」
それを聞くと、セシルはニヤリと笑いました。
「そうだった、忘れてたよ。オッケー。行こうか」
セシルも泡を押し始め、シャロンもおずおずと私達の真似をします。
やがて泡はずぶずぶと池に沈んで行き、目の前がボンヤリとした水の景色に変わりました。
おお……凄い。
「……綺麗」
シャロンのポカンとした声が聞こえます。
実際、池の中は色とりどりの魚が泳いでおり、ユラユラ揺れる生き物や草、夏の光が差し込む色合いも加わり、幻想的で非現実的な光景が拡がっています。
「人って本当に綺麗な物見たら、言葉が無くなるね……」
セシルが呟くのを聞いて、私も頷きました。
「確かにそうですね……人が立ち入ることのできない世界。そこは人の空想の及ばない景色があるものですね」
「わっ、先生! お魚さんが泡を……つついてる」
「大丈夫ですよシャロン。この泡はとっても丈夫です。お魚さんも興味津々なのでしょうね」
その言葉に安心したのか、シャロンはお魚に顔を近づけると笑顔で観察しています。
「おっ、凄いでっかい魚。池の主かな」
声の方を見ると、私達3人を並べたくらいの大きさのお魚さんが悠然と泳いできています。
おお、凄い。
ああ……こういう時、他の生き物の言葉の分かる魔法を習得すべきだったと後悔です。
カリン先生は使っておられるのですが……
「お魚さんたちの世界ってこんな感じなのですね……時間がゆっくり流れてるみたい」
うっとりとした口調で話すシャロンに私は優しく微笑みながら言いました。
「そうですね。お魚さん達の世界にも厳しい面はあるのでしょうが、少なくとも今この場は……全ての流れが穏やかです」
私達はそれからもしばらく水の中の世界のお散歩を楽しみ、疲れてきた頃合いで池の外に上がりました。
「いやいや、すっかり涼しくなったよ。ありがと、エミリア」
「先生、まさに眼福でした」
そう言いながら頭を下げるシャロンとセシルに私も同じく頭を下げました。
「いえいえ、2人が居たからこんなに楽しいお散歩が出来たのです。涼も取ることが出来ましたし。私こそ感謝します」
そして有り難う御座いました、泡さん。
貴方のお陰で貴重な景色が見れました。
またの機会もよろしくです。
そして、私達は小屋に帰りました。
明日は何をして過ごそうか……
でもきっと飽きる事はないでしょう。
そうだ。
一度「海」とやらにも行ってみたいものですが……3人で。
「エミリア、魚たち見てたら食べたくなっちゃったよ。今から街に行って魚買ってこない? シャロン、今夜はムニエルにしようよ」
「はい、ではそのように」
ああ……ムニエルか。
美味しそう。
海もいいけど、まずはムニエルですね。
私はお腹がなりそうになるのを我慢しながら、2人と共に街に向かいました。
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