言葉と文章の氷菓

「あ~、涼しかった! サンキュ、エミリア。やっぱ、水中散歩って最高だね。これなら真夏なんてドンと来い。何ならもっと暑いの来てもいいよ、って感じ」


「セシルさん、それは……嫌です」


 セシル・ライトとシャロンの掛け合いを聞きながら、私は変換の魔法でお水と草木から作った「ひんやりパタパタ鳥」のパタパタ動く羽からの風に顔を当てていました。

 

 はふう……そうは言っても暑いものは暑いのですよ。

 まして、涼しい水の中から出た後はさらに暑さが堪えますね……

 案の定、セシルはもうシャロンに向かって、自分のスカートをバタバタ仰ぎながら何やら訴えています。


「シャロン、もう暑くなってきちゃった。限界。白玉団子の砂糖水漬け作って」


「それが……砂糖を切らしちゃって。残りはお料理に使う分しかないんです。街で買おうと思ったのですが、この暑さでどこのお家でも砂糖水を作ってて、売り切れ続出で……」


「え~、そんな! もう無理、死ぬ、死んじゃう。エミリア、この天才美少女魔法使いが死んでもいいの? 助けてよ。変換の魔法でさ」


「無茶言わないで下さい。ほら、このひんやりパタパタ鳥さん貸してあげます」


「いい。私が望むのはお腹の中からヒンヤリするお菓子なの。冷たくて甘いお菓子が食べたいわけ。何とかしてよ。してくれたら、何と! このセシルちゃんと1日デートする権利をあげるからさ」


 全く、何を言ってるのやら。

 私はひんやりパタパタ鳥さんを顔の近くに持ってくると、言いました。


「結構です。あなたは頼れる相棒であり親友ですが、逢引をする相手ではありません」


「ケチ! じゃあシャロンちゃんは? 何とかしてよ、デートしてあげるからさ!」


「へえ!? い、いえ……私は……結構です」


 そう言いながら、シャロンが私の方をチラッと見るので、私も顔が熱くなり目を逸らしてしまいました。


「ほう……これはこれは。知らぬとはいえ失礼しました。エミリア・ローも殿方殿方って言う割には隅に置けないね。……それはともかくとしてさ、何かを甘くて冷たいのに変換すればいいじゃん。日の光とか、水とか」


「セシル・ライト、そんなに単純なものではありません。確かに『変換の魔法』は万物を望むものに変換できるものですが、どんな組み合わせでも、と言うわけではありません。それぞれの枠内での構成要素がある程度一致するものでないと、変なものまで思わぬものに変換してしまうのですよ」


「えっと……先生? その『変なもの』と言うのは……」


「そうですね……例えば居空間への扉とか、異世界の生き物とか。そういったものに変換してしまう事も稀にあります」


「えっ……先生、そのような危険なことを!」


「まあまあシャロン。それはあくまでも構成要素のつながりを無視した場合の事。それを外さなければ起こる事ではありません」


「つまり、決して起こらないって事。エミリアは抜けてるけど、魔術には天才だからね。……あ~あ、じゃあこの暑さに夜まで耐え抜け、って事か。……先に死んだらゴメンね、二人とも」


「えっと……この暑さは夜中も続くらしく……」


「嘘! あ~もう無理!」


 そう言うと、セシルは大声を出しながら……何と! 着ている服を脱いで下着姿になったではありませんか!

 な……なんたるはしたない。

 もはや乙女の端くれどころか、乙女と呼ぶ事もためらわれる所業。


 それどころか……何と、シャロンのスカートにまで手をかけているではありませんか!?


「シャロンも一緒に薄着になろうよ。ちょっとは涼しいよ」


「だ、大丈夫です! 結構です……きゃあ!」


「ふふふ……おとなしくせい。たっぷり可愛がってやるぞ」


「……セ~シル~。そんなに涼しくなりたいなら『氷の霧』でもいかがですか? 全身を氷点下の霧が包むのですが、一気に涼しくなりますよ? あっという間に永遠の眠りへといざなわれるくらい……」


「ちょ! 冗談だって。エミリア切れると本当にやりかねないからさ。頼むよ」


 まったく……親友とはいえ、度を越えた悪ふざけは困ったものです。

 そんな都合の良いものなど早々……


 そう思っていた私の目に、テーブルに置かれた一枚の擬羊皮紙が目に入りました。

 それは何やらビッシリと文字が書かれているではありませんか。 

 これは……


「あ、先生。それは買い物の時にオマケで頂いた、街の商店街で行われる夏のイベントの告知です。明日は納涼お化け屋敷があるみたいですよ」


「え! うそ! 面白そうじゃん。みんなで行こうよ」


「そうですね。これ、毎年大人気だってお肉屋さんが言ってました……って、先生?」


 私は擬羊皮紙を手に取ると、うんうんと頷きました。


「セシル。涼しいお菓子でしたよね? 実は私も食べたいのです。早速作ってみましょう」


「え? でも先生、お砂糖は……」


「あるんですよ、ここに」


 そう言って私は擬羊皮紙を二人の前でヒラヒラさせました。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


「我が目に映る万物よ。七つの鍵にて開く扉より、仮初めの姿を示せ」


 セシルに持ってもらっている擬羊皮紙の前で詠唱を唱えると、おなじみ万物の繭が出てきました。

 それをふわふわと擬羊皮紙に被せます。


「えっと……エミリア? 擬羊皮紙は食べ物に変換できないんじゃなかったっけ?」


「はい。確かに無理です。なので、今回のお目当ては……文字です」


「文……字?」


 キョトンとするシャロンに向かって私は言います。


「はい。今回は文字を変換して、甘い甘~い物をいくつか。まずは……」


 万物の繭で包みながら、イメージするとイベント案内の文字がジワリと羊皮紙から浮き上がり……繭の中で溶けて行きます。


「シャロン、お願いします」


「は、はい」


 シャロンがパカンと繭を割ると、繭の中から黒い蜜のような物がトロ~リと下の器に垂れていきます。


「シャロン、お味を教えてください」


「はい。えっと……うわ! 甘いです。お砂糖を溶かしたままって感じ」


「ふむ、今回は黒糖のような甘味が欲しいのですが……では他の文字も使って見ましょう」


 それから、私たちは色んな本を揃えてみました。


「次はこれを……」


 百科事典の文字は……スッキリさっぱりした清涼感ある甘さです。


「これ私、好みかも」


 セシルが満足そうに頷きます。

 次はシャロンが読み終わって写本も終わった恋愛小説。


「ところでシャロン。これ、恋愛物なのに何で男が1人も居ないの?」


「いいんです、それは! 先生、早くお願いいたします」


 はいはい。

 これは……どんな甘さかな?


「……あれ? 甘いけど、なんか苦さも」


「ふむ、恋愛は甘いだけじゃない、って事かな。よっしゃ! じゃあ今度は取って置き。そろそろ処分しようと思ってた、カリン先生からの説教の手紙」


「やっぱり、怒られてるじゃありませんか。そろそろ修行の旅を……」


「はい、エミリアお願い! どうせ、激烈に苦いに決まってるよ」


 ところがどうしてどうして、変換したそれは氷になり、お口に入れると驚きの甘さが! しかも求めていた黒糖に清涼感を咥えた爽やかな甘さ。


「うわ! 先生……これ、凄いですね」


「うそお! なんでカリン先生のが一番いい訳?」


「ふむ、まさに狙い通り。さすがカリン先生……では、この甘い氷を削って……と」


 3人でカリン先生の文字から出来た甘い氷を削ると、それは粉のようになったのでそのうえに他の本の文字を変換した蜜をかけました。

 それは、所々にとけ損なった文字の欠片が残っていましたが、これがまた食欲や涼しさを誘う見た目となり、お口に入れると……


「う~ん! これは……美味しい!」


 そうです。

 氷の粉の甘さに加えて、文字の蜜が様々な甘さとなっており、溶け残りの文字のコリコリした食感がまた……


 私たちはしばらく無言で味わうと、あっという間に全部頂いてしまいました。

 ご馳走様でした。


「結構……使っちゃいましたね……本」


 シャロンがウットリしたような表情でつぶやきました。


「そう……ですね。また……買ってこないと」


「明日、みんなで街の本屋行こうよ。お化け屋敷で遊びがてら」


 私も頷きながら、本屋さんもまさか食べるために本を買い求められるなんて、思いもしないだろうな……と、甘さでボンヤリした意識の中で考えました。


 でも……今度は何の本を買いましょうか?

 美味しそうな文章のがいいですね……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エミリアの不思議な世界 京野 薫 @kkyono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画