色とりどりの雫の玉(前編)

「先生……もうそろそろ……休憩しませんか?」


 背後からシャロンの息も絶え絶えの声が聞こえてきたので、私はハッと後ろを振り向くと慌てて足を止めました。

 いけないいけない。

 危うくシャロンを置いていくところでした。


「ごめんなさい、シャロン。つい景色に夢中で……少し休憩しましょうか」


「はい……すいません。体力が無くて」


「いいえ、私は小さい頃は1人で獣を追ったりしていたので、慣れちゃってて……私こそごめんなさいです」


 私たちは手近な切り株を見つけると、そこに座って水筒からハーブティーを飲みました。


「落ち着きましたか? シャロン」


「はい、有難うございます。それにしても、凄い森ですね……周囲の木々は全部天空にそびえるかのごとき高さ。緑も飲み込まれるかと思うほど生い茂ってるし。後……蒸し暑い」


「このレフィーユの森は常時気温や湿度が高く、そのため木々にとっては天国のような環境。それゆえに存分に育っているのですよ。人が歩くにはやや難儀しますが、目指す鍾乳洞がここにあるので……ねえ、シャロン。無理せずにあなただけでも家に帰りなさい。転移の魔法で送ってあげます」


 でもシャロンは首を振るときっぱりと言います。


「いいえ。こういう所だからこそもし先生に何かあったら……と思うと居てもたっても居られません。足手まといにはならないので」


「ありがとう。嬉しい事を言ってくれますね。……今回目指す鍾乳洞の中の宝物。これぜひあなたと分け合いたいと思っているのですよ。だから、一緒に見られるのは楽しみなのです」


「恐縮です、先生。そのお気持ち、きっとセシルさんも喜ばれますよ」


 朝早くから、飛行の魔法を使い1時間ほど飛んだ私たちが目指すのはレフィーユの森の奥にある鍾乳洞。

 そこにある宝物。

 それを明日、誕生日を迎える我が親友セシル・ライトに贈ろうと思っているのです。

 彼女にはもちろんプレゼントの事は言ってません。

 明日、来た時に見せてビックリさせようかと……ふふ。


 乙女たるもの、こういうささやかな遊び心も必要ですよね。


 休憩がてらシャロンが作ってきてくれた、ジャイアントボアーという大イノシシのお肉をピリ辛に味付けした燻製を取り出すと、パンにはさんで一緒に食べます。


「うんうん。やはりシャロンの作った物は五臓六腑に染み渡りますね……美味です」


「こんなものですいません。本当はデザートも用意したかったんですが、気温の高い場所と聞いたので、痛むと思い……」


「ふふっ、シャロン。それは大丈夫です。鍾乳洞についたら取っておきのデザートがありますよ」


 そういうと、私は事前に変換の魔法で作ってきた様々な物が入っている「食いしんぼバッグ」を軽く叩きました。

 カリン先生から魔女の里を出る時に餞別として頂いた、馬車一台分の品物を入れられる小さなポシェット。

 カリン先生のつけた謎のスライムのようなアップリケ……先生はウサギと言い張ってますが……も含めて私の宝物です。

 

 ちなみに名前は私が名づけました。えっへん。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


「ふわあ……」


 あれから10分ほど歩いた私たちは目指す鍾乳洞の入り口に着きました。

 そこは貴族のお屋敷くらいの高さを持つ大きな穴で、木やつたに覆われた入り口は墨を塗ったような漆黒の空間が広がっていました。


「ふむ、では行きましょうか」


「は……はいい……」


「大丈夫ですよシャロン。私と手をつないで進みましょう。一人だと怖くとも二人一緒なら勇気百倍です」


 そう言ってシャロンの手を握ると、もう片方の手を動かしながら詠唱を行います。


「全てを滅し、清め、灰に帰す神聖なる神の火よ。そのささやかな欠片を我が手元にもたらせ」


 唱え終わると、右手の先に私の頭くらいの大きさの火の玉が浮かびました。

 これでよし。

 これだけの光量があれば目的のものを見逃す事はないでしょう。


「凄い……綺麗な火の玉」


「一般的には戦闘手段として使用される事が多い火球の魔法ですが、私はこっちの使い方が好きなのです。炎は本来、食材を清めたり寒い時には温もりを。時には人の心に安らぎをもたらす物。命を奪うものではないと思うのです」


「あ……その考えはありませんでした」


「だって火傷って熱いじゃないですか。モンスターさんだって、そんな思いはしたくないでしょうし。それなら全力で私たちを嫌がってもらえたほうが双方幸せです。なので、今私とシャロンの周囲には『汚臭の魔法』によって作られた、モンスターさんが嗅いだら鼻が曲がってしまうような臭いで満ち満ちてますよ。幸い魔力の中に居る私たちはお互い分からないんですが」


「えっ!? じゃあ……私と先生、今臭いんですか!」


「う~ん……ん? 確かに……ああ、なんてはしたない。乙女ともあろうものが……これでは殿方に愛想尽かされちゃう」


 そんな事を話しながら、ひんやりと張り詰めた湿度の高い空気の中を歩いていると、やがて広い地底湖のある空間に出てきました。

 

「綺麗……まるで緑の宝石みたいですね」


 炎の光に照らされた地底湖の表面はまるで宝石のように深い緑色になっており、周囲のつららのように垂れ下がる石も相まって、夢とうつつの境のような光景です。


「ふむ。さて、シャロン。始めましょうか。この幻想的な光景。私たちで加工しちゃいましょう」

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