13.君はどこに落ちたい?(落ちたくない)
実際には八分で付いた。車載知能を脅迫して近道を行かせる人を始めて見た。ガイドウェイを外れての三百メートル滑空もしくは落下を道と言えればだが。怖い(道路交通法的な意味で)。気持ち悪い(純粋に肉体的に)。
ともあれ車は、宇宙港の一番端にあるポートに飛び込んだ。後はひたすら走りながら、クラミル人の社長が投げた、キーデータと運行許可証や請求書を束ねたデータバゲットを空中で受け取り、船に駆け込んだ。ちなみに俺は二百メートル走る間に、10秒は引き離された。この人ならアフリカで素手でもインパラを倒して食いそうだ。
で、肝心の船はというと。これはまた……カブトガニのような、昔のアニメなら侵略者のメカっていう感じのスタイル。いや、まあ、無事に着いてさえくれれば、形にどうこうは言わないけれど。
船室に飛び込むと、支店長はもう操縦席についてARコンソールを操作していた。
隣の席に座りながら、俺は鼻をひくつかせた。
「この船、臭くないですか?」
「すぐに鼻がバカになる」
「あまり綺麗じゃないような」
「そう思ったら後で掃除しろ! あたしは設定中だ」
「はいっ!……でもこれ、結構古いんじゃあ……」
「あの店じゃ一番まともだ。まだ船齢八五〇年だしな」
「ええと……鎌倉時代の船!」
支店長が爪を伸ばしてこっちに突きつけてきた。
「ガタガタ抜かすな! てめえらが猿だった頃の船だってザラに有るんだ! つべこべ抜かすと頭からソース掛けて食うぞ! とっとと座れ!」
「ひっ!」
「緩衝システムよし!防護システムよし!医療モニターよし! 発進すんぞ!」
支店長がARコンソールをつつくと、壁面に映る宇宙港の景色が一気に背後に流れる。体に何の加速も感じないのに、シートに体が押し付けられる錯覚で、体が強張る。
エアロックトンネルを抜けて地表に出ると、船は一気に加速、月はみるみる内に視界に占める面積を減らし、やがて床に隠れた。そのままゲートへと向かう。
「やっぱりな……」
支店長が難しい顔でコンソールを弄っている。
「セッティングが僅かにずれてやがる。このままオートアライメント任せで跳躍すると、到着時刻にしわ寄せが来る」
「えっ?」
「大丈夫、パラメーターの補正が可能だ」
「な、なるほど……」
支店長が補正に専念し始めたので、俺は自分のコンソールを開き、データの検索作業を再開した。
昨夜組んだばかりの心境検索ボットの仕事の結果を見てみよう。ボットに俺の心情を読み取らせ、単語や画像といった具体的な情報や、そのものズバリのワードを回避して、欲しい情報を検索するためのツール。こればっかりは、星間文明の技術を基にした検索機能なだけに、カスタマイズするのに手こずった。
昨夜はこれを実行開始し、結果を待っていたのだ。検索に終わりはないが、現時点で出てきた結果を見てみる。
「おっ」
思わず声が出た。
ええと、これは……どうだろう?
「どうした 」
支店長がコンソールを畳んでこちらを向いた。設定変更は終わり、後は跳躍ポイント到達を待つだけのようだ。
「例の検索です。有効かどうか微妙ですが、一つだけ引っかかりました」
俺が示したのは、とある動画だ。
とある種族カップルが、ゴドルギのリゾートスフィアで撮影したもので、その背後でバカ騒ぎをしている様々な種族の若者が写っている。その中の一人、鷲に似たリュグリナム人の若者を俺は指差した。
「この若いの、母親はジュウェセルのミュルイスバース専務です」
ジュウェセル・コンリング開発連合はスフィアの建設やメンテナンス、リフォームを幅広く手がける、星間文明有数の大企業だ。そして今回のコデュイノ・スフィア再開発計画の主導的立場にある会社だ。
「なるほど。で?」
「この男、歌ってます」
「……なるほど、文化的タブーか」
支店長はすぐに察した。
「はい、リュグリナム人にとっては、歌は戦いのような時に命がけの決意表明として歌うもの、戯れに歌うなど以ての外だって事らしいですね」
「そうだった。あいつらくそ真面目だからなあ。だが、本人じゃなく息子か……」
「それが……リュグリナム人は、家族の不祥事で本人が責任を取らされる事が多い文化らしいので……」
「ああ、あるなー」
支店長は顔をぽりぽりと掻いた。
「個より共同体を優先する文化じゃあ、あるらしいな、そういう事」
すいません、私の国も割とそんな感じなんですが。
「よし、それ戴こう」
支店長はARデータを爪で引っ掛けてバンドに吸い込ませた。
「ただ……」
俺はちょっと言い淀んだ。
「何だ?」
「親のミュイルスバース専務って、特に悪い評判もないんですよね……」
支店長の顔をチラッと見たが、特に反応は無い。俺は話を続けるしかなかった。
「まあ、すごく評判がいいっていう感じでもないですけど。割と温厚というか、ごり押しはしないタイプみたいですね。ただ今回は、星間法廷が最終判定出しちゃいましたんで、反対もしていないようですが」
支店長は少し考えていたが、
「対立する相手がみんな悪人って訳じゃねえ」
「はい……」
「だが、善人が惰性で動かす集団が人を踏みにじる事も良くあることだ」
その言葉に、俺ははっと胸を突かれた。そうだ、元はと言えばファントリューの人々が追い出されるのを見たくないからだった。それを忘れては駄目だな。
「ま、必要になった時だけ使うさ」
「はい。ありがとうございます。……それにしても、歌ったら社会的に抹殺って、なんかやですね……」
「お前それ、おおっぴらに言うなよ?」
「あ、そうですね」
星間文明の大原則の一つ。他文化の尊重ってやつだ。
「お前たちは相当歌が好きな種族みたいだし、特にそう思うのも無理はねえけどな」
「そうですね……」
まあ地球の最も主要な輸出品の一つが、歌や映画演劇だからな。ちょっと他の種族より、思い入れがあるのかもしれないな。ま、俺は音痴で自分が歌うのは大嫌いだけどな!
その時、警告音が跳躍ポイントへの接近を告げた。
「よし。連続跳躍で一気に行くぞ!」
「はいっ!……ええと、もしパラメーターが補正し切れてなかったら、どうなります?」
「出た先は二年後になるだけだ!」
支店長が片牙を見せた。俺は内心で震え上がりながら、
「……無断欠勤で首になってても復職できますかね?」
「お前、うちのノリが分かってきたな。行くぞ!」
いや、俺、結構マジメにそれ心
配なんですけど。
などと考えている間、具体的には「心」と「配」の間……に、一瞬のブラックアウトがあって、全周スクリーンに映る宇宙の姿が一変した。目の前、視界の下半分には赤い惑星が広がっている。
「ぎりぎりってとこだな」
支店長が操作すると、壁面がスクリーンに戻った。辺りを見回すと……
「うっわ」
俺は思わず椅子のうえで跳び上がった。
俺達の左後方に、宇宙船が飛んでいたのだ。最初は同じくらいの船が、すぐ近くを飛んでいるのかと思った。宇宙では遠近感が無くなるし。
しかしバンドが船載コンピュータとリンクして情報を表示したが……ラヴェ級二〇五七番船ナムリット、全長約3000メートル!そりゃあ小規模なスフィアなら丸ごと接収できると言われる訳だ。だが、
「俺達の方が少し先に着けそう……ですか?」
「あのでかいのが直接降りる訳ねえだろ。もうすぐ……きたか!」
支店長がちらっと向けた視線を追うと、巨艦の腹から、小さな箱型の物体が吐き出された。
「あれは……」
「揚陸艇だ。タフなロボット野郎どもで一杯のな」
「ひい!」
「心配すんな。おめえが一秒でもかなう相手じゃねえ。そんな期待はしねえよ! だが問題は……おい、少し近道をするぞ」
「またですか!」
「おう、大気の抵抗もフルに使って減速する」
それは、重力場で減速し、大気との摩擦が起きないようにゆっくりと減速してくる星間文明式の優雅な着陸方式より、地球のいにしえの……といっても、せいぜい半世紀程度前の事だが……宇宙船の減速法に近い軌道を取るという意味だ。
「どうせ奴らもそうする。ちんたら降りてたら手遅れだ」
彼女はパネルを操作しながら説明する。
「だ、大丈夫なんですか?」
「その筈だ」
「筈って……」
「セット完了。いくぞ、黙ってろ!」
支店長は空中の操作パネルを前方に押す。惑星の端よりやや上、大気圏上層部を目指していた機体が頭を下げた。
「大気圏に突入する!」
支店長が言い終えたのとほぼ同時に、機体を覆うフィールド前面が赤く輝き始めた。ぞれは見る間に白く眩い光となった。
機体には今、とてつもない減速がかかっている筈だ。思わず身構えたが、吸収場のおかげで全く何も感じない。
……筈だった。
次の瞬間、俺の体は前方に投げ出された。クッションシートの柔軟さもたちまち限界に達し、自分の体の何処かで何かが折れる衝撃を感じた。
警報音と極彩色のアラートメッセージを最後に、五感が闇と沈黙に閉ざされた。
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