11.衰退種族のカーニバル

 翌日、店の前で掃除をしていると、笛を吹くような音と共に、低い声がゆっくりと語りかけて来た。

「しーつーれーいーいーたーしーまーすー」

 かけられた声に俺は凍りついた。

 幽霊?!

 いやまさか。こんな昼間に。人通りの多いビルの中で。そして恐る恐る振り向く。


 ……リオのカーニバル?

 直立歩行型、平均的な人間よりやや小柄、二足歩行のリスという風貌の種族が立っていた。ただしその背後に、緑色の葉や茎らしきものが広がり、色鮮やかな花が咲いている。いわゆる光合成併用型の種族だろう。

「ファーンートーリューのー」

 いや、これはイライラするな。よって以後は時間を圧縮してお送りする。

「ファントリューの女王が参りましたと、お伝えください」

 ああ、あの……。そこへ支店長が出てきた。

「おー、お待たせ。ちょっと法務をダイブさせるわ」

「いえ、お待ちください」

 女王様が静かに制止した。

「法的手続きに関しては、万策尽きました。法務の方々には良きご助言をいただきましたが、残念でございます。これから申し上げることは、御社に更なるご迷惑をおかけすることとなります。そのために、管理人たるグルヴァ様にまずお知らせしなければと思った次第でございます」

「じゃあ……」

「はい」

 女王様は一度言葉を切って、

「私ども、立て篭もる事に致しました」


 これは、俺が入社する前からうちの会社が抱えてきた案件。管理を請け負っていたあるバイオスフィアについてのトラブルだった。

 青色巨星コデュイノを回る軌道に、奇跡的に安定した環境の惑星ブシラウがあり、時限居住惑星として認定、その上にバイオスフィア群が建設された。八万年前のことだそうだ。うちの物件ではピカピカの新品だな、と最近ナチュラルに思えてしまうのだが、それってどうだろう。

 話が逸れた。

 もちろん、広大なスフィア群を、うちのような零細企業が持てる訳も無い。うちが管理を受託したのは、その中の一つブシラウ6K、そのまた一角に住んでいるのがファントリュー人。

 ところが近年巨星の活動に変化が見られ、星の寿命が、今までの予測より1万年は短くなることが分かったのだ。

 その結果、百五十年以内にこのスフィアを放棄するか、スフィアにエンジンを取り付けて他の星系に移動するかしなければならなくなった。

 この一大事に、スフィア全体を所有していた没落種族の連合企業体は、経営が破たんして丸ごと別の星間企業に買収されたのだ。

 新たなオーナー企業は、七基のスフィアの内六基を移動させて使用することを決定。全面リフォームして新たに分譲することでその資金に当てる事を決定した。

 現在の住人には割安で分譲、それを購入できない住人には相場の20%増しの立退料を払うことも合わせて決まった。

 まあかなり公正な条件だと思う。何しろ超新星爆発という命の危険が迫っている(と言っても二百年以上先の事ではあるが)中でもある。

 ただ一つ。最も古い6Kスフィアは規模も小さく、リフォームの価値が無いものとされ、全員転居の上、機材・資材を撤去して転売する事となった。だがこのスフィアの一角に居住するファントリュー人達は、立ち退きの76年延期を求めて星間司法調停サービスに提訴した。


 彼らが立退きを拒絶したのは、『定着期』が近づいているからだ。少なくとも、彼らはそう主張している。

 それによると彼らには、文字通り地に根を下ろして植物形態に変化し、根で相互接続して集団知性体に変化する能力があるという。しかし、彼らがその能力を発言したのは彼らが母星にいた頃のみ。両銀河文明の一員となってからの2万年、彼らがその形態に変化したことは無い。

 文明の生物学者たちは、その能力はすでに失われたとみなしているが、彼らは安定した環境と時間が足りないのだと主張している。ただ、文明での彼らの歴史は、その安定した時間を許さなかった。彼らの文化がもたらす収入が、長期にわたってジリ貧を続けていたからだ。

 だが彼らは、先日の最高審で敗訴してしまい、一年以内の転居を求められることになってしまったのだった。


「私たちは、個体の集団としては星間文明が求める文化を生み出し続けることの出来ない種族でした。数百年おきに移転を繰り返すごとに、さらに活力は失われていきました」

 女王様は、

「今度こそ、この地で取り戻せる、そう信じて頑張ってまいりました。私たちには、もう次がありません。引退施設に収まれば、一時は安定し、楽になるでしょう。しかし、そうなればいつ移転を命じられても抵抗できません。」

「あの!」

 俺は思わず問いかけてしまった。

「何だよ!」

 支店長に叱られる。

「あ……すみません」

「構いません。続けてください」

 引っ込みかけた俺に、女王様が助け舟を出した。

「あ、ありがとうございます。ええと……もし皆さんが集団知性化しても、期限は百年無い訳ですが……皆さん、動けなくなりますよね?」

「それで充分です」

 穏やかに背中の葉を揺する。

「集合知性は多くの新しい文化を生み出し、それを成熟前の子供達や、新たに生み出される個体に引き継ぎ、その後枯死します。私達を星の森に送り出した祖先もそうでした」

「それじゃ、皆さん方が集合知性になると……」

「その地と運命を共にすることになります」

「そんな……」

 俺は言葉を失った。

「悲しまないでください。もしそうなったとしても、おそらくは貴方より長生きしてしまい、貴方のお葬式にアバターで参列することとなるでしょう」

 冗談……なんだろうな。すこしばかり、俺の気持ちが和んだのは確かだ。支店長は大笑いして、

「ま、あたしの時は葬儀委員長を頼むわ」

「心得ました」

「それにしてもだ。執行機構の部隊はハンパじゃないぜ」

 支店長は厳しい表情になった。

 判定が確定したにも関わらず、ファントリュー人が立ち退かない場合、機構に強制執行を依頼することはほぼ確実と見られている。

「覚悟はしております。ですがそれこそ、地に根を生やしてでも、ここを動かないつもりです」

 これも冗談か?この種族ののんびりした性格からすると、かなり女王様はお茶目な方だといえるだろう。

「それでは、そろそろお暇させていただきます。ここまで、大変お世話になりました」

「ああ。幸運と幸福を」

 俺が一礼し、頭を上げると、女王様は消えていた。


「さて……と」

 支店長は顎をかきながら、

「グオン、お前、検索ボット組めたよな」

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