12.陰謀/陽謀
「グオン、お前、検索ボット組めたよな」
「はい」
これはお袋の教育のお陰だ。それとズクリット人の件で、情報収集と取捨選択の重要さを身を以って知った俺は、それに加えて色々勉強したんだ。
すると支店長は声を潜めて、
「なあグオン、ちょっと勤務時間外の副業を受注してみねえか?」
「は、はい?」
俺は聞き返したが、ファントリュー人に関することだとは察しがついた。
「……いいですよ」
ちょっと共犯者になったようで、少しばかりワルっぽく笑んで見せたつもりだったが、
「そこはまず報酬を確認しろよ」
ツッコまれた。
「えぇ、そこですか……で、何ですか、報酬って」
「テュームナルザンで何でも好きなメニューを奢ってやる」
やっすいな!とツッコみ返すにはお安くない人気の名店だった。まあ金で依頼されるのも、なにか微妙な心持ではあるし。
「やりましょう」
即答する。
「で、何について調べるんでしょう?」
「……何かだ」
「は?」
「つまりだ……ちょっとこれを見ろ」
支店長が宙に広げたフォルダには、山のようなデータが並んでいた。それを指でなぞると、概略が次々と流れ込んでくる。最初何が何だかわからなかった雑多なデータだが、やがて全体像が見えてきた。どうやらファントリュー人に関係するデータらしい。ただ大半は、どう関係するのか分からない個人のサイトだったりするが。
「あたしが見つけたいのは、執行を先延ばしにするための、正攻法以外の何かだ」
「例えば、癒着とか、汚職とかですか?……いやしかし、ネットで拾えるような情報では……」
「それは十分に正攻法だろ。実際に立件できるような情報があれば、とうに問題になってる。だがな、信憑度の薄い胡散臭い情報の中に、偉い奴が嫌がるような情報の端っこが見え隠れすることもあるさ」
「そいつは確かにゲリラ戦ですね……」
俺は少し考えて、
「一応確認してもいいですか?」
「ああ」
「これで彼らとの契約関係は無くなるんですよね」
「まあな」
「それを承知で彼らを助けようとする理由は何ですか?」
「そうだな……」
支店長は尾をゆっくりと左右させた。
「彼らはこの文明での歴史を慎ましく生きてきた、そういう連中だ。他の種族と揉めたこともねえし、うちの顧客になってからも面倒を起こしたことはねえ。その彼らが、あえて判定に逆らってやろうっていうんだ」
一息をついて、
「女王の言う通り、これが彼らにとって最後のチャンスだろうよ。あたしは、何かを賭けて戦うやつを放って置けないし、そうしちゃいけないと思う。どうだ、この答えでは」
それは、馬鹿げた答えだった。
そんな事で、会社と関係なくなった種族を助けるなんて,どうかしている。
だが。
今は支店長の考えがうちの会社らしいと思う。
「納得しました」
俺はうなずいた。口の端を上げ、
「でもこれ、上は怒らないですかね」
支店長は片方の牙を見せた。
「そん時はそん時だ」
次の休日。俺は部屋で副業に勤しむことにした。
ソファに腰を据え、視野の届く範囲にコンソールを拡大。検索ボットを呼び出すと、条件を指定してカスタマイズする。
「ジュウェセル社、取締役以上。AND検索」
検索結果、六三億九四八八万三二五六件。
まあ、この時点で多すぎるのは承知の上だ。
プライバシーの詮索に当たると判断されると、検索結果が隠されてしまう。悪質と判定されると警告されるし、それを重ねればアクセス制限や星間ネット司法局への通報もありうる。
そこでスクリプトを組んで、個別の検索結果をローカルにダウンロードし、それに対して絞込みを掛ける。
ダウンロードが終わると、今度はスクリプトを口述コードして
「絞り込み。種族的タブー、家族」
これで有意な結果、八四五五万九〇三五。
道はまだ遠い。
結局、この日一日を費やしても、これはというデータが見つからなかった。まあ仕方ない。簡単に見つかる弱みなら、とうに問題になっているだろう。星間企業の取締役になるような人物が、そんな弱みをそうそう放置する筈もない。
それからの数日、俺はオフの時間をこの作業に費やした。
ネット上で共有されている画像や音声、動画や心境データをダウンロードし、絞り込む。多すぎる結果に、種族的なタブーなどの条件を付け加えると、今度は結果がゼロになる。
これは……やっぱり無理筋だろうか。
いや、まだ諦めるには早い。これは綺麗な戦いじゃない。綺麗に負けるよりは、多少汚くてもファントリューの人たちの居場所を守りたい。
飲んだときに支店長と話をした、根無し草の宿命にある文明種族が、人工の居住施設に根を下そうと奮闘する。皮肉かもしれないが、俺は応援したくなっていた。
これは陰謀じゃない。陽謀だ。
「どうだ」
昼休み、支店長から小声で状況を聞かれたが、
「まだ見つかりません」
「そうか、まあ簡単じゃないだろうな」
支店長も深くは突っ込んでこなかった。やはり困難だと言うことは最初から分っているからだろう。
しかし、仕事中に検索スクリプトの事を考えてボーっとしていた時は、えらく叱られた。すいませんほんとすいません。
古来、これで万全という状態で開戦した試しはない、と誰かが言っていた。
だが俺は、同じ生活の繰り返しを愛する日本人だった。いや、日本人だって予想できない未来にワクワクしている冒険野郎、失礼、女だって普通にいるから冒険者か。そんな気質の奴は結構いるのは分かってるが。
小学校三年の時、親の転勤が急に決まって転校することになった時に泣きわめいて親を手こずらせて以来、予想しない事態は俺にとっての恐怖だ。
それでもこの会社で働き始めてから、少しは突然の出来事に覚悟ができていたつもりだった。
だが、頭で決めた覚悟が腹まで降りてくるのには、まだ時間が足りなかったようだ。
ファントリューの籠城宣言から八日後、もう少しで昼休みという時間に、ラムちゃんが慌て出した。
「支店長!」
「お、どうした」
「ファントリューの皆さんに対する強制執行が、公示されました!」
だが支店長はそれを聞いても慌てる様子は無い。
「とうとう来やがったか……」
「執行船、コデュイノ星系に近づいてます!」
「慌てるな」
支店長は余裕の笑みを浮かべていた。
「118エリアの執行船はコナイザイクスで業務を終えたばっかりだ。実際に執行にかかるのは、後丸二日……」
「違います!」
珍しく、ラムちゃんが支店長の言葉を遮った。
「もう来ているんです! 第119エリアから越境して!」
「……ゴルノか。くそっ!」
支店長の表情が変わった。ええと、なんだっけ、それ?リングに確認する前に、
「ゴルノヴァ。119エリアを担当する執行官だ! 若いが優秀かつ冷静で、『情け無用のゴルノ』って呼ばれてる!」
何ですかその、殺し屋みたいな二つ名。
「地球の加盟を期に担当エリアを変更したんだ!うちと同じにな!」
「その告知は出ていませんでした」
「もう一回アクセスしてみろラムちゃん。船の越境直前に出ているはずだ!」
「……はい、出ていました」
ラムちゃんは憔然としていた。くっそ、インタフェースを無駄に人間らしくしやがって。思わず気の毒になっちまったじゃないか!
そしてこれこそ陰謀ってやつじゃないのか。むかつくな。
「よっしゃ! あたしは今から有休だ!」
支店長が吠えた。
「前に申請出してたよな!」
「ええ、バッチリです!」
支店長とラムちゃんがウィンクを交わした。大方の日付で出しといて、後で改ざんする事になっているんだろう。とんでもなく融通の利くAIだ。っていうか良いのかそれ。うちの会社に内規は無かったのか?
「ダイブですか?」
「いや、ここは生身で行かないとな。ラムちゃん、最速の便はどうだ?」
「ええと……だめです! 間に合いません!」
「だろうな」
支店長は尻尾を一振りすると、
「車を回してくれ。ユギテルン商会までだ!」
「分かりました!」
「じゃ、行ってくる。後は……」「俺も行きます!」
頼むぜ、と言いかけた筈の支店長に、俺は立ち上がって叫んでいた。
彼女は一瞬凍りついた。それを観られただけで、何だか勝ったような気がした。
「本気か」
返ってきたのは一言。なら俺の答えも、
「はい」
支店長は牙を見せて笑った。
「よし、来い、グオン!」
「はい!」
支店長はブースを飛び出し、俺は後を追った。下りの螺旋シャフトを滑降しながら、支店長が電話を掛ける。
「社長、ああ。あいさつは抜きだ。早い船を一隻頼む。二人乗れて、五時間以内に千二百光年飛べる奴。手動設定可で、一番安い奴だ。ああ、頼む。あと九分でつく」
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