7.クレーマー・クレーマー

 翌日、勤務に入った俺の目の前に、通信呼び出しのアイコンが浮かび出た。掛けてきたのは、ズクリットの外務局長、移転の交渉担当者だった。

 ラムちゃんがこちらに回したという事は、面倒な案件ということになる。俺は不安に襲われながら、アイコンをつつく。

「はい、フリッ……」

 その途端、浮かんだ画面から光の点滅があふれ出し、早口の大声が飛び込んできた。

「うわっ!」

 混乱した頭でしばらく聞くうち、それが猛烈な抗議らしいことが分かってきた。

「ちょ、ちょっとまってください!」

 俺は問い直した。

「一体何があったんですか?」

 光の点滅がやや減速し、やっと外務局長の姿が見えた。

「何がじゃないですよ! こんな話は聞いてません! この区画の隣、チャルモリック人じゃないですか!」

「チャルモリック人?」

 俺は聞き返しながら、その言葉に意識を集中させた。バンドがその言葉を検索し、目前に浮かび上がらせる。

 まず目に付いたのは、グンカンドリのように大きな喉袋をもつ二足直立歩行型……いや、カンガルーのように尻尾で体を支えた、赤青白で彩られた体毛および衣装を身にまとう種族の姿。そして、

(ええと……チャルモリック人。タオラン銀河[アンドロメダ銀河の事だ]第7渦状腕ピュラット第3惑星チャルモリック発祥の知的種族。両銀河暦四一億九六五八万七五八四年(約三万二千年前)に知的種族連盟に加盟し……(飛ばそう)……同四一億九六六〇万七五八四年(約一万二千年前)、ズクリット人との入札戦争に勝利してヨネグ327スフィアを獲得。この入札戦争は、星間文明で千八百年ぶりの実戦となり、チャルモリック人に一万三七七六人、ズクリット人に二万一八八七人の犠牲者を出した……)


 しまった!

 俺が選んだ区画の隣に入居している種族が、かつてズクリット人と戦争した種族だったんだ。

「何故あんなところにしたんですか! 嫌がらせですか?」

「と、とんでもありません、私はただ……」

 耳の後ろに冷たいものが流れる。思わず救いを求めて支店長の顔を見てしまうが、彼女は他の通信中だった。

 通信アイコンからは引き続き抗議が響いて(光って)くる。

 まずい、これは、確実に手に余る。

 こうなってしまったら、報・連・相の相すなわち相談だ。俺は支店長の仕事が切れる間を狙って声をかけた。

「支店長、申し訳ありません!」

「どうした」

 俺は手短に状況を説明した。支店長は激怒……するかと思ったが、鼻の頭に軽くしわを寄せただけだった。

「斡旋する時に、隣接種族については調べなかったんだな」

「……同じ隔壁内についてだけしか調べませんでした」

「そのことで説明したのを、覚えているか?」

 そうだ、その前に支店長が話をした中に、その事もあった。それがすっぽり抜け落ちてた。

「……はい」

「じゃあ、これで刻み込まれたな」

「はい」

「よし、代わるぞ」

 支店長は通話を切り替えた。

「代わりました。支店長の……はい、ご無沙汰しております。お話は伺いました。このたびは弊社の不手際で大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。今からそちらに向かわせていただきます。いえ、直接お伺いします。到着時刻は……」

 支店長は通信を切ると、俺に頷いた。

「おい、行くぞ」

「……はい」

 そして俺達は、店をラムちゃんに任せ、現地へと向かった。


 彼らの居住するズモイ2913スフィアへは、直通の便が出ていた。トータル五時間で現地に行ける。大規模スフィアを選んでおいたのは不幸中の幸い、ということになるだろうか。小規模スフィアや都市宇宙船だと、乗り継ぎで3日かかる所もあるのだから。

 船の中で、一応、支店長からこの件に対する対処方針は聞いた。

 そして俺はこの経緯を整理し、情報を収集した。ズクリットとチャルモリック、二つの種族の歴史、文化、生態。それぞれの一万年以上にわたる歴史の中で、繁栄も衰退も、栄光も屈辱も、駆け足だが学んだ。


 彼らは、結局星間文明の主役にはなれなかったが、俺たち地球人類が氷河時代を抜け出した頃から星間文明で生き抜いてきたのだった。どの種族も、それぞれの歴史の主役で、それぞれの思いを持って生きている。居住区選びもその一部で、俺はそれを任された登場人物だった。

 俺は、それを自覚していただろうか。俺は、自分がちゃんと仕事が出来ると見せたかっただけじゃないのか。支店長の仕事の上っ面だけを覚えて、仕事を覚えた気になっていたんじゃないか。

 まあそりゃ支店長だって、そういう事をいちいち説明しちゃくんなかったが。

 今思うと、問題アリアリのお客との、交渉だか脅しだか分からないようなやりとりは、そういう事を教えてくれていた気がする。そうでなくて、なんでお客の財務まで見直して支払いできるようにしたりするかって言う事だ。


 背中を見る、か。

 そういうの、俺は苦手だ。手順に従って物事を解決するのなら、結構自信があるんだが。

 でもそれじゃ、社会じゃ役に立たないんだな。

 社会で生きるって、学生の世界に比べたら何が起こるかわからない、冒険の旅みたいなものなんだな。でも俺はもう乗り出したんだから、頑張らなければ!

 ちなみに支店長は、いくつかの案件を済ませると、移動時間の殆どは席をリクライニングさせてうつ伏せで気持ちよさそうに寝ていた。


 やばい。

 問題のエリアに到着した俺達が外務局長に案内されたのは、執務室のある庁舎を通り過ぎた先にある集会場だった。

 それは、彼らの大きな意思決定事項で開かれる全市民会議の会場、そして俺たちを囲んだ住人は、先に待っていた住人とともに、擂り鉢状の集会場に席を占めた。

 総人口約3500人が、擂り鉢の底に立つ俺たちに頭を向けて並ぶ。彼らが尻尾でさまざまなルミノグリフを描き出し、辺りがきらきらと輝く。コンサートみたいで美しい、でも恐ろしい。


「この度は、不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」

 まず支店長が両腕を広げて謝罪し、俺は頭を下げた。

「意図的にされたことではないことは、分かっておりますよ。星海さんは、私共にとっても大切なパートナーですからな。早めに決着をつけてしまいたいとこちらも思っております」

 代表は鷹揚に、尾の先で大きな円を描いた。

「恐れ入ります。それでは担当者からご説明申し上げます」

 俺は支店長と入れ替わって、前に出た。

「この度はまことに申し訳ありませんでした。皆さんには、代替のエリアをご提案させていただきます」

「お待ちください」

 代表が遮る。

「今回の事は、我ら種族の心を、大きく傷つけました。何らかの補償がなければ皆が納得できません」


 来た!補償要求!

 俺の心臓がビクンと反応した。くっそ、チキンハートめ。

 だが、補償は駄目だ。そういうことに決めたんだ。こちらにも通すべき筋がある。

 だけど……。

「そ、それは……難しい……かと……」

「何だと!」「俺達の怒りを、なんだと思っているんだ!」

 周りから、怒号が飛び始めた。ルミノグリフも、赤やオレンジが増え、形もとげとげしくなってきた。

 これだけの人(異星人だが)から怒りをぶつけられたのは初めてだ。

 鼓動が速くなり、息が苦しい。体が震える。心が、萎える。

「あの、皆さん、今度のことは……」

「ふざけるな!」「馬鹿にしてるのか!」

 前からも、後ろからも、怒号しか聞こえない。

 代表は、黙ってこちらを見ている。

 これは……まずい。早く収めないと。何とかしないと。

 謝らなきゃ。謝らなきゃ。

 震える足から、力が抜ける。

 生まれてこの方、やったことがなかった、一生やる事がないと思っていた行為、それを今、俺はしようとしている。

「も、申し訳……」

 両膝が地に着こうとした瞬間。

 腕がぐっと引かれた。

 支店長が、俺の二の腕を掴んで、引き上げていた。

 彼女は厳しい表情で代表の方を見たまま、一言。

「それは出来かねます」

 大声ではないが、よく通る声。

 一瞬、場が静まり返った。それが動き出す寸前に、再び機先を制する。

「お気持ちを害された事は申し訳ありませんが、同一隔壁内のエリアならともかく、隔壁で分離された隣接区域の居住種族について、今回のような事例では最大でも代替のエリアご提案までとなり、それでご不満であれば、ご返金の上契約解除していただくのが最大限の責務といいうのが、星間司法サービスの判例です」

 指を回し、いくつかの文章を呼び出すと、代表に差し出す。

「これら判例を見る限り、これが妥当な解決策と思いますが、いかがでしょうか。それ以上ということになりますと、星間司法士を立てて裁判手続きをして頂く事になります」

 裁判、という言葉に、皆さんの動きが止まる。

「私どもは、今までもズクリットの皆さんと共にその生活を考えてまいりました。これからもそうさせて頂ければ、と願っております。それでも、出来ることには限りがあります。それをご理解ください」

 話し終えると、支店長は尻尾をゆっくりと下げた。


 凍り付いていた場内はざわめき始めた。ルミノグリフは、青や緑の光も増えてきた。動きは速いが、円を描くような動きが多い。色々と互いに議論を交わしているようだ。

 代表は周りを見回し、彼ら自身の言葉で話し始めた。回りからも次々に発言がある。リングがそれを通訳してくれるが、それを全部再現するのはパスしよう。

 賛成も反対も出たが、最終的には応ぜざるをえない、という方向にまとまっていった。なにしろ星間司法手続きは莫大な金がかかるのだ。

 とりあえず議論が落ち着いたところで、代表が取りまとめをして、向き直って答えた。

「分かりました。それでは、別エリアへの移転で妥結させていただきます」

「ありがとうございます」

 支店長が答えた。


 終わった……のか。

 体の震えが何とか収まると、支店長が腕を放してくれた。仰ぎ見る支店長の顔は、ルミノグリフの反射で輝いていた。

 これで解決ということになりそうだ。


 だけど。


 これで……これでいいのか?

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