6.見た目は子どm
キミは新しいリスクにチャレンジする精神が足りないね、などと面接で言われたことがある。
そうだろうか、と俺は思った。これでも短期留学もしたし、NPO活動のためにも海外に行ったことがある。必要なことはきっちりチャレンジしてきたつもりだ。
そう、つもりだった。
俺は予測のつく事態に備えてきただけだ。それは大事だが、それだけで人生は乗り切れない。
翌朝、俺が出社すると……支店長はまだだった。拍子抜けした俺が、仕事の準備をしていると、間際に支店長が飛び込んできた。
「おはようございます。あの」「寝過ごしたーっ!」
「あの、昨日は……」「うるせー後にしろ!」
そこからうやむやに業務が始まった。
昼近くになり、溜まった懸案が片付いた頃、俺は支店長に申し出た。
「私に、通常業務一つをやらせてください!」
支店長は、視線を俺の頭のてっぺんからつま先まで、宇宙港の防犯スキャナのように眺めまわしてから、口を開いた。
「ほう、大丈夫か」
「はい!」
ここまでの間で、業務の流れは大体飲み込んだ。トラブル対応ならともかく、物件の斡旋なら何とかできる筈だ。
支店長は片頬を上げて牙を見せた。
「ようし、やってみろ。ちょうど良い仕事を割り振ってやる」
支店長は空中のデータをぐるぐる回しながら眺めていたが、やがてその一つを俺の方に飛ばしてよこした。
ズクリット人という種族の移転先を探すという業務だった。
ズクリット人がどんな種族かというと、トカゲ+サソリ+ケンタウルスだろうか。
四本脚で歩行し、二本の腕で物を持つ他に、背中に跳ね上がる尻尾の先に発光体が着いている。
肌は虹色の光沢を放つ鱗で、布の衣服ではなく、軽装の鎧のような衣装を身に着けている。
尻尾の先、揮発性の発光分泌物で空中に描き出す一種の絵文字、サリュティロイ……これは日本語に訳すより、ルミノグリフという英語名のほうが良いだろう……での感情表現を行う。
業務システムのコンソールを空中に呼び出し、種族の身体的特徴、人口、予算などを設定して物件を選別させると、候補が13件。ポイントによる順位は出ているが、圧倒的な差はない。
うーむ。
決め手がない時はシステムの推薦に従っておこう。
俺は一位の物件に決め、支店長の承諾を得る。理由を聞かれてそのまま説明したら、あっさり承諾をくれたが、一瞬にやっとしたように見えた。特に何も言わなかったのがやや不安だが、それ以上突っ込んで聞くのもクドい気がして、俺はそのままお客さんへの資料まとめに入った。
それから約二週間で、ズクリット人との移転契約が成立、俺は支店長と共に彼らの移転にも立会い、この案件を無事に終わらせた。
俺はやっと、一人前になった気がした。
……気のせいだったということが、ほどなくして分かるのだが。
翌日は、星間文明の労働環境保全組合による査察が予定されていた。
「お役人さん、どんな事を聞いてくるんですか?」
俺が見上げると、支店長は渋い顔をした。
「おい、役人なんて言うんじゃねえぞ」
「あ、すいません 」
両銀河にまたがる星間組織の行政組織の構成員は、あくまでも役人=国家公務員ではなく、奉仕者と呼ばれている。行政組織も国家ではなくサービス公共企業体、ということになる。まあ、だからといって彼らが上から目線で指図してこない、というものでもないらしいが。
そんな事を気にしながら業務をこなしていると、
「失礼する」
入ってきたのは、小学校の高学年くらいの少女だった。髪は明るい茶色。肌は色が濃い目で、欧州系と中東系の中間くらいだろうか。なかなか美人の素質がある。将来が楽しみだ。言っておくが、俺はロリコンじゃない。
ちょうど支店長は席を外していた。たぶんト……いや、なんでもない。そういう訳で、俺が応対するしかない。
「お嬢ちゃん、なんか用?」
俺が声を掛けると、少女は片眉を上げてこちらを見た。なんか、こまっしゃくれたガキもといお子様だなと思った途端、
「……はあ」
ため息をつきやがった。
「なに? どうしたの?」
「グリットフリットの新人教育もレベルが落ちたものだな」
その言い様に、本気でカチンと来た。
「ちょっとお嬢ちゃん、大人相手にあんまり失礼な言い方をするもんじゃないよ。まったく、親はどこ」「失礼はお前だ!」
俺の脳天に衝撃が降って来た。
「あたっ!」
頭を抱えて振り返る。
「し、支店長!」
「おーまーえーはー!」
肉球付きの大きな手のひらが俺の頭をがっしと押さえ、ぶんぶん揺する。
「グルヴァ殿」
少女がジト目でこちらを睨んでいた。
「私への無礼を叱ってくれるのには感謝するが、労働衛生査察官の前で暴力行為か?」
労働衛生査察官? この女の子が?
「あ、いえーこれはその、物覚えを良くするための地球人特有の」
支店長は珍しく、上ずった声で言い訳をする。少女……ではなく、査察官のジト目がさらに細くなる。
「あまり馬鹿げた良い訳をすると、私も物忘れできなくなるぞ」
「あーおー……」
困惑しつつ視線を天井に向けてさまよわせる。そして最後に、
「いやあ、すみません」
支店長が尻尾を垂れて詫びを入れるのを、始めて見た。
騒動が一段落して、ようやく査察が始まる。査察官のミュルリーズさんは手をかざしてブースの中をぐるっと見渡す。脇から覗くと、指の間に物凄い勢いで光る文字が流れていた。ブースの空間を計測しているようだ。ラムちゃんは邪魔にならないように姿を消している。
「ちょっと来てくれ」
ミュルリーズさん――長いからやっぱり査察官さんにしておこう――が、俺をブースの外に呼び出した。
「君から、なにか改善要望点は無いか。遠慮のない意見を聞かせてほしい」
「ええと……」
正直言えば、改善して欲しいところは山ほどある。体の大きなレジーナ人と二人っきりでミニ店舗、手足をゆっくり伸ばすスペースが欲しい。
が、ブースの中から『余計な事を言うな』オーラを少年格闘漫画の主人公レベルで立ち上らせている支店長がいやでも視界に入るので、
「いえ、特には」
とだけ答える。
「ふん」
査察官さんは目を細めたが、
「まあ、後ろから鬼に睨まれては言いたいことも言えないだろうな」
俺を見上げて小さく笑った。やばい、これは惚れてしまう。落ち着け、俺。
「まあいい。センターからの判定も出た。通知して終わりにしよう」
彼女はブースに戻り、支店長に告げた。
「従業員一人あたりの体積が、シュルデンノート条約の求めるところに達していない」
さすがは査察官! 俺の言いたくても言えなかった事を読み取ってくれた!
「今回は警告に留まると思うが、次回改善が見られない場合にはペナルティを貸すことになるからそのつもりで」
「かしこまりましたー」
心底いやそうな顔で支店長が答える。
査察官さんが去った一分後、店長は爆発するように文句を噴き出した。
「よくもまあ、あんな偉そうに文句を付けられるもんだ。お役人さんはゆったりお仕事できて結構だね!」
「あ」
「なんだ?」
「今、"役人"て」
「あ? ああ、そんなの、本人に聞かれなきゃいいのさ」
そうなんですか。そうなんですね。
「ったくてめえもてめえだ! 初対面の相手にはしっかり映像認識掛けろや!」
「す、すみません!」
やばい。俺は、知っていると思ったら確認しないっていう悪い癖があるようだ。こんな失敗、何度かやった覚えがある。
「でも、ナルノック人ってこっちの銀河にはあまりいないんじゃ」
アンドロメダ銀河に存在するグロンカイ星系の第3惑星ナルノックに生まれた知的種族は、両銀河文明で最も地球人に似た肉体を持つ種族だ。とはいえ、彼らの肉体的な成長は地球人の十二、三歳程度で止まる。その代わり、120年程度の長い寿命を持ち、人生の終わり近くまで老化をしないと言う、うらやましい特性を持っている。
話を聞いたことはあるが、実際に会ったのは初めて、だと思う。
「まあ、あたしも知り合いは彼女くらいだけどな」
「なるほど」
もしナルノック人とすれ違っても、常時映像認識をかけていなければ気が付かないだろう。
「この広大な星間文明とその歴史の中には、そっくりな種族が3つは居るっていうからな」
ええと、何かどこかで聞いたような話ですが。
「ところであいつ、幾つぐらいだと思う?」
「うーん、あの迫力からすると、30は越えてますかね」
支店長はにやりとした。
「ところがどっこい」
あとは俺の耳元に口を寄せて、内緒のお話。
「え?! マジですか?!」
俺の顎がカクンと落ちた。
そうか、そんな年なのかー。恐るべし、コルナック人。恐るべし、星間文明のアンチエイジング技術。
ところで、支店長は年幾つなんだろう? まあ店と新人教育を任されるくらいだし、あの迫力からすると、結構いってそうだ。地球でいうと、少なくとも30越だろうか。 まあジルトル人って地球人より長命らしいし、地球人の老け方とは違うんだろうから、見た目で分からない点ではコルナック人とかわらなそうだが。
ラムちゃんに聞いてみたが、
「それはご本人に直接伺ってください」
と返された。
ま、そりゃそうか。
そんな訳で、俺は思い切って支店長に聞いてみた。
「あのお」
「なんだ?」
「支店長ってお幾つなんですか?」
彼らの文化で、それが失礼に当たらないことを祈りつつ、俺は尋ねた。
「(地球人換算で)28だが? 言わなかったか?」
幸い、彼女は気にする様子もなかった。ちなみにカッコ内はスマートリングによる補足だ。
……意外に若いな。
「何だ急に」
口の端を吊り上げて、
「結婚でも申し込むつもりか?」
「ちちち違います!」
全く、何を言い出すんだこの人!
……しかし、妙に心臓がバクついてるんだが。
いやいやまさか。身長2メートルの虎女、暴力的で上司で異星人。恋愛だの結婚だのの対象になる筈が無いんだが。
……無いよな?
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