8.腹を見せるな
心の中で、何かがくすぶっている。
俺の失敗だからか? それは間違いなくあるが、それだけではないような気がする。
なんだろう。
「さてと」
支店長は再び代表に声をかけた。
「今回の件は最悪の場合でもこれで妥結ということで、第三のプランを提案してもいいですかね?」
いきなり声の調子がフランクになった。代表の尾が震え、戸惑いを光で描いた。もし彼らに瞼があれば、目をパチクリさせている事だろう。
「……なんですかな?」
支店長は息を吸い込んで、一気に言った。
「このズモイ2913スフィアに引き続き居住し、チャルモリック人と合同事業をするという提案です」
!
え?
支店長、何を言ってるんですか?!
俺の背に悪寒が走った。なんでそんな、神経を逆なでするような事を。
当然のことながら、ズクリット人の間から再び怒号が響き、ルミノグリフが赤色光で輝いた。
代表もとげとげしい図を光で描いた。
「なぜそのような事を。私たちをもう一度怒らせたいのですか?」
そりゃ怒るだろう。ここまで話がまとまりかけたのに。俺も支店長が何を言ってるのか分からなかった。おまけに、
「あえてこう応えておきますかね。然り、と」
支店長の一言に、皆が息を飲むように一瞬言葉を切った。
「怒っている時に評価してもらえてこそ、だからねえ。ま、まずは聞いてもらえませんかね」
「……聞きましょう」
代表が空中に星のマークを連ねたような図形を描いた。肯定の意味を表しているらしい。
「あんたたちは、コリエーヌ人とのパートナーシップを法的トラブルで解消して、資金難により移転を余儀なくされた」
支店長はため息をついた。
「あのコラボはなかなか良かった。コリエーヌ人の歌と、あんたたちの光の織り成すアートはね。しかしあちらは、新たな提携先を見つけちまった」
彼女の言葉に、ズクリット人が放つ光の勢いが弱まった。
「そこでだ。チャルモリック人の主な文化資産は、彼ら独特の発声器官が生み出す音楽だ。しかしこの50年ほど、新たなパートナーとの連携は無く、その資産、人口減少と、ランクダウンを続けている。あんた達のルミノグリフと、チャルモリック人の音楽。その連携で、新たな協同文化資産を生み出せる」
代表が言葉を遮る。
「何故、わざわざ、敵対した種族と……」
「敵対した種族だからさ!」
支店長は声を強める。
「あんた達の長い歴史の中で、争った種族を含めても公式の交流を持った種族は千百程しかない。この三万年間、両銀河には八万の種族が存在したというのに! この広大な星間文明で社会で、かつて争った種族が隣り合った、まあうちの新人のやらかした失敗だが、それも一つの縁だ。捨てちまうのは、もったいないんじゃないかね!」
支店長は代表から、周りを囲む人々に視線を移した。
「あんたたちとチャルモリック人の入札戦争では多くの命が失われた。それが遠い祖先の話でも、民族の物語は受け継がれて、互いに憎しみを抱くのは無理からぬことだろう。だがその物語は過去に向かって閉じたものだ。未来に向けて開く、もう一つの物語を築く気は無いか、考えてみちゃもらえないか?」
支店長が言葉を切ると、ズクリット人の間で議論が始まった。
「しかし、こちら側がそれを受けても、あちらはなんと言いますか」
代表の問いに、
「そうだろうとも。相手のある事だ。一方的に決められる訳じゃない。チャルモリック人のプロモーターであるロクリンバップ社には知り合いがいてね。先ほど連絡した」
いつの間に?
「あんた達の交渉意思が固まれば、先方にも正式に提案する」
俺は思いもよらない展開に唖然としていた。
「もしこのご提案を受けた場合、この後の交渉にも、支店長さんのご出席をいただけますか」
「もちろん」
支店長は尻尾を波打たせて肯定した。
代表は皆と話し合っていたが、やがて決を採り、尾の発光体と片目をこちらに向けた。
「支店長殿、まずは交渉の申し入れを行う、という事で決定しました」
彼女は息をスーッと吐き、皆を見回して口を開いた。
「ありがとうな」
「もしかすると、最初からこの事を考えて選定をされたのですかな?」
集会を終えて、代表と一緒に会場を出る時、代表に聞かれた。支店長は首を振り、
「いや、あたしがこれを思いついたのは、ここに来る途中、この新人のおかげでさ」
俺の肩にぽん、と支店長の手が置かれた。
え?
「こいつも今回の失敗で相当落ち込んで、あんたたちやチャルモリック人の事を一生懸命調べてた。その中に、あんた達の死者の弔いの動画があった。あんた達の弔いのルミノグリフは美しかった。チャルモリック人の結婚儀式の音楽も聞いた。すばらしい演奏だった。これが一つになれば……そんな夢を見ちまったのさ」
支店長はヒゲを撫で付けた。
「あたしらグリットフリットは、住む場所を紹介する他に、もう少しだけお節介をするのが好きな連中の集まるところでね」
そうか。
没落種族や弱小種族、その居場所を提供するだけでなく、種族同士を引き合わせて新しい活力を生み出すプロデュース業でもある、これが『貢献社』のビジネスなのか。
「今回ご迷惑をおかけしちまったが、今後の交渉に、こいつにも勉強させたいいんだが、いいかい?」
「もちろんですとも」
代表は、クローバーの葉のような、柔らかいルミノグリフを描いた。
「本当は、私があのスフィアを選んだ時に、ここまで考えていたんじゃないんですか」
帰りの船の中、おれは支店長に質問した。
「さあ、どうだかな」
それは殆んど肯定と言っていい答えだった。
「まあ、痛い目にあうのは、座学の百倍、勉強になるぜ」
「はい」
俺はそれを痛感した。
「それとだ」
「はい」
「詫びる姿勢は必要だ。だがすべてをなげうつような謝罪を簡単にするんじゃねえ」
はっと胸を衝かれた。土下座しようとして、支店長に腕をつかまれた感触が蘇る。
「あの、ご存じなんですか? 地球の、というより、日本の土下座を」
「地球人の習慣とかよく知らねえが、お前を見ていると、謝る時には頭を前に下げているからな。最大級の謝罪をしようとしているのはわかったさ。あたしらの種族だと、むしろ腹をさらす方になるがな」
確かに、謝罪の時には両手を広げているな。
「誇りをかなぐり捨てても詫びなければならない状況は、これからあるさ。お前が今日やろうとしていたことは、そのときまでとっておけ」
そう言って牙を見せた彼女は、そんな妄想を吹き飛ばすほど、凛々しかった。
最高だこの人!
「はい!」
「さて、とりあえずこれで」
支店長は満面の笑みを浮かべた。
「トラブルリストからこの件削除して、マイナス査定回避だ」
「は?」
「返金や無料紹介になったら、あたしの査定にも響くからな。あたしはごめんだ」
最高……じゃあないな。この人。
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