9.ラストスペースマン・スタンディング
それから数日後、リアル出張の帰りの船内で、支店長が珍しく視線をあさっての方に向けたまま話しかけてきた。
「なあ、これは業務じゃないから、別に断っても構わないんだが」
話し方も珍しく煮え切らない。
「なんでしょう?」
「あたしはちょっと、寄って行く所があるんだが……お前も、来てみないか?」
「何があるんですか?」
そこには支店長のご両親がいて、いきなり婿候補として紹介される。
まじか!そうなのか?!異種族恋愛!
……んな訳ない。落ち着け。
支店長は遠い目で、ゆっくりとヒゲを上下させた。
「ある種族のな、最後の一人がいるのさ」
支店長が降りたのは、トンニン966という軌道スフィアだった。昔人類が夢想したスペースコロニーみたいなものだ。そこはスフィア全体が引退種族のための施設カルヴァルなのだという。
手続きをした俺たちは、居住区に入った。
「おおう」
俺は思わず声をあげてしまった。そこは、豊かな自然を贅沢に再現した世界だったからだ。これで植物が紫色だったり触手をウネウネさせていなければ俺も住みたいぐらいだ。惜しい。
そりゃ月の開港地区の環境も良いが、やはり商業施設。面積の六割程度がビルと道路や交通機関で占められるのは仕方ない。
自然豊かというが、象並みの巨大生物までいるとはワイルド過ぎだろう。自然公園かここは?
と、支店長がその象(くらいでかい生物)に両手と尻尾を上げた。
「よう爺さん、まだくたばってなかったのか」
うわ。動物じゃなくて入居者か! それと高齢者に対して何て事を支店長!
すると、象(のような……もういいか。ちなみに検索すると、ロイデ3バラータ人という種族だということだ)が背中に畳んでいた腕を広げて応えた。腕に隠されていた背中のドームから、大きな目がこちらを見下ろした。
「あんたと違って日頃の行いが良いのでな。悪徳半動産屋め」
リングの通訳前の本来の声は聞こえなかったが、耳の中がむずむずした。彼らの音声は地球人には聞こえない低周波だそうだ。
「色々とお話をしたくなってな。まあワシが死んだ後でも、アバターのパーソナルデータは残してあるが、やっぱりな」
「そりゃそうだ。あたしもこの方がいいや」
「そちらのお若いのは?」
「ああ、ちょっとついでに連れて来たうちの新人だ。ザザイ・グオン」
「あの、ササイ・クオンです」
「だからそう言ってるだろうがよてめえ!」
「す、すいません、つい……あ、ソル3アースから参りました」
「おお、新顔じゃな。あんたも、あんたの種族も。ワシはトライボニグゾンじゃ」
それからの二人の会話は、取り止めもない思い出話だった。中には資金繰りに詰まって夜逃げしようとしたが取り押さえられたという、笑って良いのか分からない話もあった。
取り押さえたって? 支店長が? この巨大な老人……いや、その頃はあと何人かはいた筈だ。どんなスーパーヒーローだよ支店長。
しばらくするとご老人は、こちらに話題を振ってきた。
「せっかくこの悪人に連れてこられたのだ。何かわしに聞きたい事でもあるかね?」
「ええと……」
俺は迷った。
ぶっちゃけ知り合い同士の会話に入り込むのが難しくて、ほとんど聞いてるだけだった。聞きたいことといわれて、今思い浮かんだことは、とてもじゃないが失礼すぎて聞けないし、それ以外となると、急には……当たり障りの無い、本当につまらない事しか出てこない。なんかそれはそれで失礼な気がする。うーむ。
「あまり悩みなさんな。無礼講と思えばいい」
「そ、そうですか……」
チラッと支店長を見ると、穏やかな笑顔で頷いた。
そうだよな。そのために支店長は俺を連れてきてくれたわけだし。
「じゃあ……」
俺は意を決した。
「今こうなって、幸せでしたか? トライボニグゾンさんも、バラータの皆さんも」
一瞬の後、支店長が微笑を浮かべたまま俺の首を締め上げ始めた。
「ぐえっ!」
「失礼にもほどがあるだろ! ふざけるなよ!」
引きつった微笑で首を絞められるの、怖いんですけど!苦しい!苦しいですから!
支店長の腕を叩いても、緩む気配が無い。まあ地球のレスリングとか知るわけもないし……死ぬ!
「まあまあ。単刀直入、良い事じゃ。さすがあんたの弟子じゃな」
「弟子じゃなくて指導している新入社員だっての……まあいいけどな」
トライボニさんの言葉で、やっと放してくれた。
ぜいぜい息をついていると、ご老人が考えながら話してくれた。
「ズバッと聞いてくれたのじゃ、ワシも本音を言わねばなるまい」
体をゆったりと揺らせながら、
「一人は寂しい。後に血を受け継ぐものがいないのは、ハラワタが千切れるように辛い。いくら時間が有っても、いやあればこそか、その辛さと芯から折り合いをつける事は出来んものじゃ。それでも、諦めは少しずつつくようになって来たかもしれんが」
口調は穏やかだったが、その言葉は痛みに満ちていた。それを尋ねたのは自分なのに、俺は胸が苦しくなってしまった。
「我が種族の記録は、星間文明のデータベースに記録されておる。最後に、ワシの人生の記録が加われば、我が種族の物語は完成する。そうなった時、その物語に目を通してくれる者がいれば、ワシらが知性を得たことも無駄にはならなかったというものだ」
俺は椅子から立ち上がり、ご老人を見上げた。
「見せてもらいます! 俺、見せてもらいますから!」
「そうかね。それなら有り難いというものじゃな」
トライボニさんの目が温かくなった。
帰りの船で、支店長はトライボニさんのことは言わず、仕事と雑談だけだった。そして俺も、そのことには触れなかった。ただ俺は時間の許す限り、トライボニさんの種族の歴史を見始めた。相当な長さがあるので、これから時間があるときに辿っていこうとも決めた。
カルヴァルには休暇を使って寄ったので、戻ってから十日働いての休日となった。といってもその前は三連休取ったし、ここの生活サイクルは地球暦に縛られないので、別に問題は無い。
俺はもともと多趣味ではないし、休日は暇だ。そこで、少し前から考えていた事を実行することにした。
テーブルにコンビニで買ったサンドを置き、大き目のマグに簡易ドリップのキリマンジャロを淹れる。
長期戦の体制を整えてから、社用バンドのARコンソールを立ち上げ、社史を開く。前に読んだ時はテキストだけの斜め読みだったが、今度は疑似体験機能をONにする。そして、社史のリンク先もたどり始めた。
三十二億年まえ、最初に宇宙に進出した4つの種族の接触で、星間文明の歴史が始まる。
その過程で、多くの惑星が戦争で環境を破壊されたり、4大始祖種族の移住により生物学的に汚染された。
争いが終結し、二つの大銀河とその周辺の衛星銀河に広がる連合が樹立されたとき、その反省に従っていくつかのルールが生まれた。
そのうちの二つ、そして最も重要な二つが、先にも触れた「移住禁止」と「母星離脱」のルール。
しかし、そのルールの下で、新しい文化を生み出す活力を失った種族は、転落への道を歩むしかない。
その事は、文明の立ち上げから数万年後、新たな種族が文明の主役となった頃から既に問題になっていた。スフィアの賃貸料を払えなくなった種族は離散し、文明の公共空間や有力種族の居住区を放浪していたのだ。
とある薄暗い一室。俺の目の前で、鰐か龍に似たゴググ人ドラーギが腕と尻尾を振り上げる。
「論議する時間は過ぎている。出来る事をやろう!すぐに!」
「というと……」
「そうだ。条約で廃棄されていたばかりの期限切れのスフィアを、占拠する」
「だが、排除されなくてもそこには長くは住めないぞ」
反論にも彼の自信は揺るがない。
「残る寿命の半分、10年住める、それだけでいい」
青いなあ……。
3D再現ドラマを見ながら、なにやらくすぐったい思いに駆られる。
就職のために参加したNPO活動でも、こういうのがいたなあ。熱くて、自身があって、善意の塊で、ちょっと鬱陶しい。
でも、いつ休んでいるんだっていう感じで、エネルギッシュだった。
俺はまあ、浮かない程度に熱い振りをして、皆に合わせていたなあ。
彼らは放棄されたスフィアに乗り込む。主要な設備は殆ど撤去されて、大気さえ抜き取られている廃墟。しかし彼らは嬉々としてその一角に耐圧テントを張り、ポータブル生命維持設備を持ち込んで難民たちを受け入れる。
駆けつけた治安組織とにらみ合い、ネットと報道機関に訴え、やがて一定の妥協を勝ち取る。
それから長い時間が過ぎる。
衰退種族の為の施策は重要性が認められ、彼らを最終的に受け入れる公的機関が生まれる。しかしその前段階、彼らの仕事は絶対に必要だった。
組織は割れ、また統合し、あるいは消えてゆく。同業者も生まれ、争い、呑み込み、あるいは呑み込まれる。それでも、彼らの存在自体は続いてゆく。
必要とする人々のために、可能な限り安く。存続するために、必要な利益を。
星間文明には幾つかの基本原則がある。その一つが、星間組織時限設定協定だ。
これは、『あらゆる組織は時と共に肥大化、自己目的化、腐敗を免れない』という思想から生まれたものだ。
そのため、星間文明を構成する連合組織から芸能者のファンクラブに至るまで、その性質や規模に応じて組織の存続期限が定められている。
まあファンクラブの類で期限(大規模なものだと約三百年)まで存続するのは稀だ。ただその稀な中には、とてつもなく長続きしているものもある。星間文明初期の偉大な作家にして俳優・歌手でもあるトランベヴェイカリクのファンクラブなど、本人が亡くなった後も続き、代を重ねて31億年存続しているのだ。
ここまで来ると、記録を更新するためだけに存続しているんじゃないかと思えるが。
ちなみに俺は彼(つか彼女でもある。両性タイプらしいので)の映像で、自分の詩を自分で朗読している映像を見てみたが、良く分からなかった。中身はともあれ、外見が某仮面でバイクに乗るヒーロー、しかもGバージョンというのは、星間文明の心理プロテクトが合ってもなお、きつかった。ちなみに地球は、彼だか彼女だかの作品の売り上げが記録的なほど低い星だという点で話題になったのだという。うん、それは仕方ない。
……話がそれた。
ええと、何の話だったっけ? そう、ともかくこの時限協定のために、あらゆる組織は期限が来るといったん解散して、再結成しなければならない。その際は自動的に新組織に移行、などというのは許されない。そしてその新組織の名称は、必ず変更しなければならない。
それがたいした事か? と思ったかもしれない。最初は大した事は無いだろう。だが新名称も10個目とか20個目とかになってくると、苦しくなってくる。そして両銀河文明は40数億年の歴史を持っている。星間文明の協議会も、何億年か過ぎたころにはまともな名前のストックが尽きて、やけくそで冗談のような名前になっていたらしい。結局まともな最初の名前を通称として使い、正式な名称は書類データとして記憶媒体の中にしか存在しなくなっていったのだそうな。
ちなみに現在の両銀河協議会の正式名称を訳すると、「ふわふわで愉快な仲間達」だそうだ。これはひどい。
そしてわが星間貢献社も、幾度か組織再生と名称変更を行っている。うちの場合は、通称が「星間貢献社」で、正式社名が『グリットフリットオリプレジー』ということになる。どこかの映画のタイトルか魔法の呪文のようなその名を直訳すると……『翻訳不能』だそうだ。そして補足データによると、特に意味は無く、語呂が良いので付けたのだそうだ。……いいのか、そんなので。
いや、社名の意味なんか、もうどうでも良かった。ただ、それが存在し、機能し続けることだけが、大事だった。
気がつけば、半日が過ぎていた。もう夕方だ。さすがにサンドも無くなり腹が減って外に出た。
月の一日は地球の4ヶ月に当たるが、開港地区を含めた月面都市は地球の周期に合わせて、24時間での照明の明暗を付けている。
ドーム天井の全体照明が白色からオレンジに変わり、光量が落ちつつある。代わりに街の灯りが就き始め、飲食店街に入った頃には歓楽街モードになりつつあった。
その時、通りかかった店の中から、笑い声が聞こえてきた。笑い声というか、咆哮というか。
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