4.肉球で語れ

 出張から戻り、ようやく自分が借りた部屋に入る事が出来た。部屋のシステムと相談しつつ、部屋を白中心のデザイナー住宅風に仕上げる。家具の配置もシステムの重力制御によって軽々行う事が出来る。が、まあ疲れていたのでほどほどにして寝る。


 翌日、昼食を終えて会社へ戻る道を歩いていた時のことだ。

「笹井君」

「うわ」

 後ろからの声に俺は飛び上がった。振り向く前に分かる。

 三島霧香。

 大学の同期で、俺にスイモノと名を付けた張本人だ。

「ちょっと、驚きすぎでしょ」

「お、おう。久しぶり」

 俺は片手を上げた。かなり挙動不審だ。だがまあ、自分を振った女の前で平然としていられるだろうか、いや、ない(反語)。すまん、ちょっとくどかった。

「就職、きまったのね。会社、どこ?」

 いきなりそれか。相変わらず単刀直入な奴だ。

 三島は星間文明トップクラスの星間商社ナルムクリーズに就職したんだ。卒業式をスルーして一足早く開港地区に行っていたから、あいつは俺の就職先を知らない。

「お、おお。グリットフリットオリプレジーって会社にな! 就職した。うん!」

 やばい、無駄に力が入った。

 三島は黙って俺を見ている。俺は不安になった。

「もしもし?」

 俺が声をかけると、

「割と普通に驚いた」

「へ? 何でだ?」

「意外だったから」

「お前、知ってるの? うちの会社」

「地球人への求人を出した会社は全部チェックするでしょ、普通」

「あ、ああ。まあな」

 まじかよ。確か1200社はあった筈だが。

「俺らしくないって、どういう風にだ?」

「へえ」

 三島の視線が冷たくなった。なんだ?

「笹井君、自分の会社の社史を知ってる?」

「あ、当たり前だ」

 やばい、ちょっと噛んだ。実際には文字情報の流し読みしかしてない。だって千二百年あるんだぜ。

「ふうん、まあ良いや。じゃあね」

「あ? ああ」

 返事したときにはもう背中を向けてた。そのくせ、去り際に

「ちょっと見直しかけたんだけどな」

 なんて言い残しやがる。なんだよ一体。



 入社してから一週間が、あっという間に過ぎた。

 といっても、週というのは地球人の習慣であって、この開港区では尊重はされるものの、そのサイクルに従わない店の方が多い。晩飯で当てにしていた店が金曜の夜に休みだったりしたのは本当にがっかりした。


 ただ、地球の真のブラック企業と大違いなのは、ここではまず残業が許されない。まかり間違って必要な事態になった時は、残業代はきっかり払われるが、評価にはマイナスとなるのだ。

 まあ俺は、仕事の内容がどうとか言うレベルではなく、ひたすら支店長にくっついて、教わったり(これはとても少ない)、手伝ったり(これがほとんど)、怒られたり(けっこうある)しているだけなのだが。


 その日、俺と支店長は、ある種族のスフィアで起きたトラブル対応のためにダイブした。

 その種族は、よく笑う人たちだった。子供たちも元気で、特段愛想よくしているわけでもない俺にもまとわりついて、話しかけてきた。まああちらから見ればこちらも珍しい種族だからっていうのもあるだろうが。

 ダイブアウト後、休憩時間に俺の口からふと、

「なんつうか、いいですね」

 と言う言葉が漏れた。

「何がだ?」

「あの人たちを見ていると、貧乏だからって不幸じゃないかもって思いました」

 これは素直な感情だった。俺だって、底辺社会の種族だからと言って、偏見を持って見ていいと思っているわけじゃない。

 だが、支店長の表情が曇った。

「貧乏は、悪だ」

 唸るような声が、不機嫌な翻訳音声になって届く。

「え?」

 俺は正直、耳を疑った。見上げた支店長の目は暗い光を浮かべている。

「ええと」

 なんか、俺、悪いことを言ったんだろうか。どう返して良いか迷っていると、支店長は頭をブルブルっと振り、立ち上がった。

「さ、仕事だ仕事!」

 そう言った支店長の顔は、いつもの力強い表情に戻っていた。ただ俺は、なんだか釈然としないものを腹の中に抱え込んでしまった。


 前に、うちの通常業務について説明した。今日俺は、その中の一つ、物件の視察に同行する事になった。

「うちの会社が落札を目指している格安物件だ」

 移動の宇宙船内で、支店長が説明する。

「安いのも当然、無住居種族が住み着いて、占拠してるのさ」

「ええと、その種族は、立ち退き料をよこせっていうことですか?」

「結局はそういうことになる。だが建前は、あらゆる星間知的種族に認められているはずの生存権を盾に取ってるんでな。うちの会社の成り立ち上、ちょいとやりにきい」

 うちの会社の成り立ちって、どんなんだったっけ。確か、一度潰れて、再建したとか何とかだったような気がするが。いや、一応社史には目を通したよ。でも三十億年以上あるんだからね。じっくりなんか見てないし、ましてや覚えてるなんて無理だって。

 支店長が話を続けたので、俺は社史のことを横に置くことにした。後でもう一度調べてみよう。今支店長に聞いたら、どやされそうだしな。

「でだ。ボランコレックっていう、無居住種族の互助組織という事になってるが、困った種族を手先に使って金儲けをする、要するにマフィアみてえなもんだ。そのボラ共が金で集めた種族が居座ってるのさ。元々住んでいた連中が、金に困ってマフィアに又貸ししやがった」

「で、その元々住んでいた種族はどうしたんですか?」

「結局、カルヴァルに入ったよ」

 支店長は目を細めて、唸るような声を出した。いや、唸った。

「そうなんですか。でも、いくら安いからって、そんな訳有りすぎる物件を」

「後は現場が何とかする。うちはそういう会社だ」

 ええ。


 ノルドゥ433スフィアは、水陸両生種族用に設計された独行宇宙船型の居住区だ。いや、完全水生種族が住んでもいいのだが、そういう種族が星間文明を発展させることは稀だ。大気中の遊離酸素による酸化現象すなわち火で金属を加工するのは、星間文明への必須条件だからだ。

 両生種族でもかなり少ないので、彼ら向けの物件も、必然的に貴重になる。


 月の開港地区より一回り狭いコンパクトな居住区は、エリア全体が深さ十メートルくらい水に浸かり、全ての建物は水中から水上に伸びている。

 俺達は今、水上部分の回廊に立っている。舗装道路などではなく、網のような有機知的建材で出来ている通路だ。無論足元はスケスケで、二、三メートル下の水面と、そこにひしめく占拠者の皆さんが丸見えだ。正直言って、精神的健康によろしくない。水面の当たりは外壁なしのトラス構造となっており、その構造部分にも沢山……。要するに、取り囲まれているのだ。


 ちなみに占拠者は、ヴィアラク(浅海)人だ。

 三対の鰭肢で歩行する甲冑魚、といった感じだろうか。我々なら肩甲骨に当たる場所に頭蓋骨と後方用の目があり、細長い首の先は捕食用の目と副脳を持った顎がついている。

 ちなみにかっこ付きで注釈が付いているのは、よく似ているが完全地上性のヴィアラク人がいるからだ。星間文明加盟以前、彼らはしばしば激しい戦いを繰り広げ、浅海族は完全肺呼吸の種族全体に対して抜きん難い反感を持っているらしい……なんて、知らないほうが良い事を知ってしまった。もし彼らに襲われて、水中に引き込まれたらと、そんな想像をしたら足が震えてきた。

 いや、もう一ついやな事を思い出した。彼らが甲冑魚のほかに何かに似ていると思ったら、映画の宇宙モンスターだ。卵から出てきて襲ってくるやつ。ぶるる。

「大元帥陛下はいずこか!」

 支店長が古風な言葉遣いで咆哮すると、あたりの空気がびりびりと震える。

 ほどなくして、足元から別の振動が伝わってきた。

「やはりあなたが来られたか、グルヴァどの」

 声がして、一際大きなヴィアラク人が水面を割り、トラスを上ってきた。

 彼らの発声器官は、食道内の上下にある硬い骨をこすり合わせて出る低周波だという。むろん俺たちには銀河標準語に翻訳されて聞こえる。

「おう、久しぶりだな。大元帥陛下」

 回廊に登った巨体に、支店長が声をかけた。彼らは死ぬまで成長するということなので、この大元帥は単に指導者というだけでなく、最長老なのだろう。

「話は簡単だ。事情は知っているだろう。ここを二十日以内に立ち退いてもらいたい」

 ほんとに単刀直入だな! この状況で! 俺の背筋を悪寒が走る。

「我らには他に行く場所はない。それをあえてと言われるなら……」

「立ち退き料……か」

 大元帥は沈黙で肯定した。

「それは払えない」

 支店長は突っぱねる。

「払えば、四十億年の歴史における悪しき前例になっちまう」

「その前例を作ったのが、あなた方の先達ではなかったか?」

「うちの原則を忘れたか。弱き人々の利益のために、決して倒産しないこと、だ」

 胸を張って言ったよ。かっこいいのか、悪いのか、微妙なキャッチフレーズだな。

 だがその後に、彼女は爆弾を投げ込んだのだ。

「どうしてもとなれば、最後は公正市場維持機構に委託という事になる」

 支店長の言葉で、彼らの間に動揺が広がった。

 公正市場維持機構は、日本で言えば公正取引委員会とか複数の市場監視機構に機動隊をくっつけたような組織だ。文字通り市場の公正性維持を目的として、加盟社の要望に応じ、提訴の代行から強制執行まで、様々な強制力を振るう両銀河文明有数の巨大組織だ。過去には、惑星規模での立ち退き強制執行をした事もあるという。

「裁定によっては、強制的にカルヴァル送りになる事も有り得る」

 話を聞きながら、俺はヒヤヒヤしていた。追い詰められた人たちを、これ以上追い詰めても良いものだろうか。もし襲われたら、少なくとも俺は助かりそうも無い。

「あなたの口からそのような言葉が出るとは思っていませんでしたぞ」

 現に大元帥の尾が激しく震えた。俺も社員という立場でありながら、ヴィアラク人たちに同情しそうになっている。だが支店長はためらわない。

「このスフィアを待ってる種族は他にもいる。世界のルールを懸命に守っている者たちだ。うちのお客に楽な暮らしをしている連中はいない。あたしらにとって優先順位がどちらにあるか、言わせるつもりか?」

 その尻尾がじわりと上がっていく。周りのヴィアラク人達を見回し、

「どうしてもというなら、海中の勇者たち、地上の王と呼ばれた種族の力を最後に見るか?」

 支店長は牙を見せて笑うと、右手を掲げて爪を伸ばした。それに対してヴィアラク人たちも一番前の脚をもたげ、爪をこちらに向けて構える。ひえええええ!完全戦闘体勢に入ってる!

「……ただな」

 張り詰めた緊張を、支店長の声が破った。

「あんたらがボランコレックとは縁を切ってもう一度正業にチャレンジするなら、もう一度協力しないでもないがな」

「今更そのような事を言われるか」

 大元帥は……彼だけは戦闘体勢をとっていなかった……厳しい口調を崩さない。

「夜逃げした元客を追いかけて捕まえてほしかったとか、そんな子供みたいな事を言うつもりじゃあるまいな」


 長い沈黙があった。


「我等はボランコレックに拾われて、ここにいるのだ。独断でここから引き上げても、行くところはない」

 大元帥の言葉に、

「つまり、ボラのボスに話をつければ文句は無いってことだな」

 支店長は戦闘体勢を解いてニヤリとした。ヴィアラクの皆さんも脚(腕)を下す。

「よし、ちょっくら行って来るか!」

 ええ!?マジですか?

 びびりながらも支店長の後を追うと、彼女は肩越しに意外な一言を投げてきた。

「おいグオン、お前は支店に戻ってろ」

「……え?」

 もし良ければ喜んで、の一言をかろうじて飲み込み、

「あ、いやでも、あの」

「なんだ?」

「大丈夫ですか?」

 思わず聞き返すと、支店長は噴き出した。

「お前がいたらどうなるんだ?」

「え、いや」

 正直、何もできる気はしない。しないけど。

「いいから戻れ!」

「は、はい!」

 なぜか俺は直立不動になっていた。

「お気を付けて」

「おお、心配すんな!」

 支店長は右手と尻尾を高く上げて、歩み去った。


  俺は一人で支社に戻った。

 いやまあ、その間にも道に迷ったり色々やらかして、行きの二倍くらいの時間が掛かってしまったのだが、それは省かせてもらおう。

 ともかく帰り着いた俺は、ラムちゃんが回してくる問い合わせに答えたり、報告書の原案を作ったりしているのだが、支店長はまだ帰ってこない。

 不安が胸の底に渦巻き、息苦しい。

 もし相手のボスが正真正銘の犯罪組織だったら? 今こうしている間にもここに箱が届けられて、開けたら支店長の首が! 何てことはないんだろうか。いやいやいや。いくら期待と違ったとしても、ここは星間文明の一部だ。そんな無法が許される訳は無いと思うが……。

 俺は、支店長の言葉に甘えて、大事な現場から逃げ出してしまった。たとえ支店長よりはるかに無力だとしても、それで良かったんだろうか。いや、だからといって、俺に何が出来たって言うんだ。しかし……。

 そんな思考を果てしなく繰り返し、挙句に作業報告に意味不明の文言を入力していることに気づいた。

(これは、腹を括るか)

 俺はこみ上げて来た酸っぱい唾を飲み込んで立ち上がった。

「ラムちゃん」

「はい、何ですか?」

「ちょっと、支店長を迎えに行ってきます」

「分かりました」

 彼女も、心なしか緊張した面持ちだった。

「行ってきます」

「お気をつけて」

 その言葉を背にブースを出ようとした時、目の前に壁が立ち塞がった。

「おいグオン、どこに行く気だ」

 見上げると、彼女が腫れた右目でニヤッと笑ったところだった。口の端から覗いた牙には、血が付いていた。

「し、して、ど、どどどどうしたんですか?」

「パニクるんじゃねえよみっともねえ」

「あいたっ!」

 俺の頭を叩くと、支店長はどっかりと椅子に腰を落とした。

「いやあ、ボスに会って話ししてたら、良い体してんじゃねえか、なんつうからよ。トリニヴェール社のベッド以外じゃ男と寝ないことにしてるんでって返したのさ」

「猥談じゃないすか。昼間っから」

「おう、ボスにもそう怒られてよ、こっち結構いけるんだろうって、こう……」

 拳を握りしめて顔の前で構える。

「されたから、しょうがねえからじゃあ一ラウンドだけってお付き合いしたのさ。流石に勝っちまったらボスの面目丸潰れだし、こじれると思って、ちょっとだけ手を抜いて負けようとしたら、もっと怒っちまってさ。本気出ねえと絶対ぇに立ち退かないつうからさ。しょうがねえからガチでやりあって、ボスをノックアウトしてきた。そしたら凄い喜んでよ。居座りをどかしてくれるってさ」

 それってどんな肉体言語コミニュケーションなんですか。つかヤンキーの武勇伝か。拳で語れってか。いや肉球か。

「いやあ、燃えたぜ」

 などと言いながら椅子にもたれかかる支店長は、次には真っ白に燃え尽きたぜ、などと言い出しそうなほどの男前で、

「お、お疲れ様です」

 などと水を差し出した俺も、ちょっとばかりの非日常に興奮していたのは確かだ。それにこの事で、立ち退きの件はカタがついたようだし。まあ良かった。


 だが、一通りの興奮がすぎて通常業務に戻った時、初めて取り立てに行った日の支店長の言葉が脳裏に走った。

(次はお前がやるんだぞ。分かってるのか? ああ?)

 俺は頭から冷水を浴びせられた気分になった。

 そうだよ。いずれ俺が一人で支店を任される事になったら、いつかは必ずこういう問題に直面することになる。その時に俺はどうするんだ?

 こんなの絶対無理だって!

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