銀河底辺浮動産!

和邇田ミロー

1.初日退職希望 at the Moon

 俺はスイモノだそうだ。そう言った女がいた。

 俺がお吸い物?と聞き返したら、そうじゃなくてスイモノ、スイートモノリスの略だと言う。彼女の地元スーパーで売ってたローカルな菓子で、チョコケーキ風だが大きな袋に15個入って三百円という格安もの。チョコをコーティングした麩菓子だったという。そういや俺の地元でも似たようなのがあったな。名前は違うが。

 ……つまり俺は、見た目は良いが中がスカスカって事か! っていうか例え話の説明が長いな! そして意味がわかったら腹立つな!


 もちろん俺はむっときたが、その女が直後にクスッと笑ったりしたので、怒りをぶつけ損ねた。そういう意味でも隙のない女だ。

 デートの誘いを断られた上にそんな返しをされて、俺としては顔をしかめ、次に少し傷ついた顔をして、最後には吹き出して事を納めるしかなかった。

 その表現が的確であることを認めるしかない。道理で、彼女ができてもすぐに振られる訳だ。

 ところでさっきの会話の後、「俺も必ず、月に立つからな!」と見栄を切ったら、彼女はきっかり一秒の間を置いて爆笑したのだが、どういう意味だったんだ? スイートモノリスと関係あるらしいんだが?


    *    *    *


 俺の根本原理は、高みを目指さず、低きを避ける事に尽きていた。

 とりあえず成績が悪くて目立ったりしないようには頑張ったので、一応全国的知名度のある大学に入ることも出来た。そのまま、知名度のある企業のグループ企業辺りを目指して就職活動をしていた筈だ。

 ……もし、あのプロジェクトの科学者たちが、巨大加速器のわずかな振動を気にしていなければ。そういう世界だったら。

 しかし現実には、それをきっかけに星間文明の通信を検出した人類は、彼らの訪問を受ける事となる。そして俺が就活する頃には、星間企業に就職しなければ落ちこぼれ、という時代になっていた。

 高みを目指さない俺は、流されて月の開港区を目指す羽目になった。


    *    *    *


 吸う。

 そして吐く。

 俺は一つ深呼吸して、ゲートに足を踏み入れた。この先は、月面第三開港地区だ。

 それまで地球の六分の一しかなかった重力が、一歩進むごとに増えて、地球よりやや軽い程度で安定する。星間文明の重力制御技術のなせる技だ。

(おー)

 心の中で密かに感嘆の声をあげてしまい、慌てて顔を引き締める。これじゃ宇宙の田舎者だ。

 そしてゲートを抜ける。


(お……おおおおおおお!)


 青い空!(人工のドームだが)

 白い雲!(映像だが)

 草いきれの漂う、そよ風!(浄化・成分調整された空気だが)

 穏やかな日の光!(人工光だが)

 広大な空間に並ぶさまざまな形態のビル群!

 そして……異星人たち!

 気嚢で浮かぶクリドック人、下半身蛇型のリュイシン人、殆ど狼男なフルガレス人!

 蟹ぐらいしかない集合知性体のココチカク人の隊列は、注意喚起のARバーが浮いていなければ踏んでしまいそうだ。

 これだ!これだよ!俺がなんとしても行きたかった世界は!

 ついに!俺は来た!


 落ち着け。落ち着け。

 俺は脳内のパニックを鎮め、顔を叩いた。

 入社式に遅刻するわけには行かないし、物見遊山気分で行ったらどやされる。

 自分に言い聞かせ、歩き始めた。

 ……右手と右足が一緒に出た。


 一ヶ月前、俺は焦っていた。

 いつのまにか学生仲間は、有名星間企業か地球大手企業への就職を決め、俺は取り残されていた。

 いまさら地球の中小企業に就職したくない。どこでもいいんだ、星間企業なら。

 焦った俺が目を留めた募集は、グリットフリットオリプレジー……星間標準語は言いにくすぎるので日本語表記で言い直せば、星海貢献社、という会社だった。

 両銀河に二千七百の支店を持ち、十七万の物件を扱う、種族単位の浮動産(不動産の書き間違いではない)管理・仲介業という会社の募集に駆け込んで、どうにか俺は就職できたのだ。


 そして俺が入社日に出社を命じられたのが、月の第三開港地区に設けられたこの会社のソル系支店という訳だ。

 まあ、ここに至るまでもいろいろと面倒な手続きがあったんだが、それは省こう。何しろファーストコンタクトから十五年たっても、異星人と接触するのは、やはり人類の代表な訳で、いろいろ大変なのだ。とりわけ、ピコマシンの体内注入から定着まではしんどかった。吐くかと思った。

 閑話休題。


 この第三開港地区は、直径約五キロのクレーターに大きな風船をはめ込んで作られた空間だ。いや、他の開港地区も大体そうなんだが。クレーターの底から天井までは約二キロ。さほど大きな空間ではないのだが、天井部分に映し出される空の情景は、現実にしか思えなくて、突き抜けるように晴れやかな青い光を放っていた。

 俺はドーム内の公共移動ポッドに乗り、グリットフリットの所在地を目指した。

 ちなみに、先ほど俺が異星人の種族名をスラスラ言えたのは、体内のピコマシンが腕のスマートリングと連携して網膜の中に情報を表示してくれていたからなんだが…ポッドの待合室で切ってしまった。

 異星人が目の前を横切るたびに、頭上でクルクル回転する種族名が、『こっちを注目して!』と点滅するのは疲れる。まあ主要な種族は知っているので、困らないだろうし。

 そしてポッドを降りて目指す建物を見上げた俺は、

「でか!」

 思わず声を出してしまった。

 目的地は、積乱雲のような不思議な形状をしているビル。高さは一二〇〇メートル程度、クレータードーム都市では限界レベルのサイズだ。

 やっぱりすげえ、俺の会社!まだ入社式前だが。

 そして俺は、登りの浮遊エレベーターに乗った。


 その五分後。

「ちっさ」

 俺はつぶやいた。

 グリットフリットはそのビルの三十七階、変形リング状フロアのごく一部を占める、いわばバームクーヘンの一かけらだった。店舗というよりブースだ。イメージとは相当違う。

(何かの間違いか?)

 俺はブースから距離を取ろうと後ずさりした。

 何かやばい。これは危険だ。このまま引き返した方が面倒な事にならない。本能がそう警告する。

 だがその時、野獣の唸るような低い声が背後から聞こえ、俺の背筋に寒気が走った。だがそれに被るように、

「お、来たか!」

 女性の声が掛かり、俺は振り向いた。


 虎娘が立っていた。

 その例えが適切かどうか分からないが、これより分かりやすい例えを俺は知らない。

 猫耳、ピンと伸びたひげ、鉤爪、オレンジと黒の縞の体毛。尻の後ろでは尻尾がうごめいている。昔のアニメや漫画に出てきたような猫娘……その大形拡大版だ。

 しかし……でかい。身長2メートル越えという所だろうか。もう一つ、これもオレンジと黒の二色でデザインされたボディスーツを押し上げるバストもでかい……いやいや、そうじゃなくて、そのバストも人間と同じ一対だった。いや、種族によっては二対とか三対ある事も珍しくないわけだし。

 これはARコンソールで認識させるまでもない。両銀河文明の星間組織で、彼等が参加していなければモグリだと言われる急拡大中の種族であるジルトル人だ。そういえば、面接官の中にいたなこの人。

 もう逃げる訳にはいかない。俺は腹をくくって頭を下げた。

「おはようございます!」

「おう」

 再び唸り声に少し遅れて女性の声。本来の声とスマートバンドの翻訳の声だった。

「そいじゃ改めて……あたしが支店長、グルヴァ・ル・ゴラーグだ」

「はい。よろしくお願いします! 私は……」

「分かってる。ザザイ・グオンな」

「ええと、笹井久遠ささい くおんです」

「だからそう言ってるじゃねえか」

「……はい」

 翻訳機は、固有名詞に対する種族特有の発音まで直してはくれないようだ。

「じゃあさっそく」

 背を向けようとする彼女を、俺は呼び止める。

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「なんだ?」

 彼女が振り返る。

「ええと、なんと言いますか」

「早く言え」

 言い淀む俺に、彼女の唸り声が低くなった。俺は慌てて、

「はい! あの、ここが、本当にルナ支店、で宜しいでしょうか」

「あたりめえだ。何でそんなことを聞く?」

「いえ、あの……」

「ははあ」

 支店長はニヤリとした。表情が表す感情が地球人とあまり違わないのが、ジルトル人のありがたいところだ。

 余談だがクレヴィスト人の笑顔に当たる表情を始めて見た時には、失禁するかと思った。星間文明の心理プロテクトに感謝だ。

「両銀河にうちの会社の支店がいくつあるか知ってるか?」

「……二七〇〇?」

「うちの社員数は?」

「ええと」

「三五〇〇人だ。で、本社に八〇〇人はいるからな。簡単な計算だろ。そんなことも気付かなかったのか?まあ大きい支店も無人店舗もあるが」

「あの立派な入社試験会場は?」

「借り物に決まってんだろ。お前の面接終わった後、次の会社と即交替した」

「何人も偉い人が来てましたが」

「あたし以外はアバターだ。二重に輪郭ぶれてるから普通分かるだろ」

 い、いや、正直テンパってたので、気がつきませんでした。


 そういや、社名だ。よく言うよな。小さな会社ほど壮大な社名を付けるとか。かつて日本の衰退期に真っ先に潰れた総合家電メーカーの七大陸電気のように。

 あるいは業態の不明な社名には要注意、とか。○○エンタープライズ、みたいな。そういやこの会社の日本語名は、星海貢献社。うん、両方当てはまるな。

「なんだ? うちが中小だと知らなくて辞めたくなったか?」

 腰に手を当てた支店長が言う。

「い、いえ……」

「正当な理由無く退社するなら、違約金を払ってもらう事になるけどな」

「そんなつもりは全く」

 俺は、目を泳がせた。

「まあそう気にするな。どんな仕事でもやれば身になるもんさ。悪いようにしないから」

 大口を開けて笑う支店長の犬歯(?)を見ると、ウサギを前にしたライオンが、痛くないように食べてやるからと言っているようだった。

「さてと」

 支店長が尻尾を振った。

「堅苦しい式典はこれで終わり」

 ええ、今のが入社式? どこに堅苦しい要素が?

「おい、なにしてんだ! 早く入れ!」

 ブースに入っていた支店長に怒鳴られた。

「は、はい!」

 俺は慌てて、小さなブースに飛び込んだ。虎穴に入らずんば云々ということわざが脳裏に浮かぶ。

「おい、これをつけろ」

 ぽいと投げ渡されたのは両銀河文明標準の端末であるスマートバンドだった。大概の種族で使えるバンドで、腕でも首でも好みの所につけられる。まあ俺は……右腕にしておこう。身につけると、俺の左腕、私物のバンドと同期して、俺の視界に新たなAR窓が開いた。

「おおい、ラムちゃん」

「はーい」

 うわ。

 女性がいきなり現れた。スーツ姿の地球人……というか日本人女性に見えるが、明らかにアバターだ。

「うちのシステムのインタフェース、ラムちゃんだ」

「グリットフリット社情報システム・拡張現実型インタフェース、ラム〇三アスタです。でも呼びやすい名前で呼んでいいですよ」

「は、はい」

「こいつの顧客対応スキルはな、並の知性体の百倍はあるんだ。本来お前がラムちゃんとか呼んで良い相手じゃねえんだぞ」

「はい。よろしくお願いします」

 なんだろう、とても卑屈になっているような気がする。

「やめてください。私はあくまでも社員の皆さんをサポートする擬似人格にすぎませんから、敬語を使われたらこちらが困ります」

「はい。あ」

「まあ、今日はいいです」

 人工知能に苦笑されてしまった。

「その社用バンドのマニュアル、目を通しておいて下さいね」

「分りました」

 ラムちゃんさんは困惑の笑顔で応え、支店長にはきりっとした表情を向けた。

「ところで支店長、ノンバサイーさんからの下期の家賃振込み、三度目の期限過ぎても有りませんでした」

「あのクズどもめ!」

 支店長は鼻の頭に皺を寄せた。

「よし、取り立てに行くぞ!」

「はい……?」

 ノンバサイー? 眉を上げるとリングが検索結果を視界の端に表示する。とりあえず後で読もう。

「お気をつけて」

 まさか俺もって事はないよな、と思いながら言うと、支店長が『?』という顔になり、

「バカ野郎、お前も行くんだよ」

「ええっと、ええ?」

 いきなりだな、おい。

「ほ、本当ですか」

「あったりめえだ。仕事を見ないで何勉強するってんだ」

「分かりました! でもあの、太陽系外に出る時は、日本政府と国連の許可手続きを……」

 支店長は尻尾を横に振った。

「いや、ノンバサイーならリアルで行く必要はねえ」

「ダイブですか?」

「ああ、お前、ダイブは体験済み、体質の問題無しだよな」

「はい」

 リンケージドダイブ、普通は単にダイブと言っているが……は、実際にはその場に赴くわけではない。ものすごく大雑把に言うと、一種のVR(ヴァーチャルリアリティ)によるテレビ電話のようなものだ。

 ダイブ先の空気(や、それに当たる気体)中に浮遊するピコマシンがスクリーンとなって写し出す立体映像だ。しかし同時に、ピコマシンがセンサとしても機能し、ダイバーの体内のピコマシンとリンクしてその場にいるような感覚を与えてくれる。

「よっし、飛び先はここだ」

 支店長が指先で弾いたデータタグを手で受け止めると、スマートバンドが読み込み、目の前にダイブの承認を求めるメッセージが浮かぶ。

 俺は視界の端のデータを確認する。ノンバサイー人の現在の居住地は……五三〇光年先!

(やべえ……)

 心臓の動悸が強くなってきた。体験済みといっても、隣の部屋までで五分程度しか飛んでいない。

「おい、座れ。慣れてないんだろ、体動いてぶつけるぞ」

「は、はい!」

 ここで始めて、支店の椅子に座る。緊張して、バネ仕掛けのような動きで。

「じゃラムちゃん、後は頼む」

「お任せください!」

 ラムちゃんが男前に中指を立てる。あー、ま-、ジルトルでの、地球で親指を立てるのに当たるポーズなんだろうな。気にしない、気にしない。

 リンク開始の表示が目の前に光り、俺たちは目を閉じた。

 そしてダイブに入る。


 皮膚や体がムズムズする。

 もう一つの体が脳にぶら下がる、何ともいえない感覚だ。

 首から体、手、足。そして指先に、もう一つの体が伸びてゆく。

 ピーン。

 同期終了の音が聞こえると同時に、微風が俺の顔を撫で、ほのかに懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。少し湿っぽい、そう、もう大分古くなった実家の押入れの匂いだ。良く子供の頃、隠れんぼで潜り込んだ時にかいだ匂い。俺は本当の目を閉じたまま、目を開く自分をイメージした。

 真っ暗だった。

「?」

 大慌て気味にあたりを見回すと、

「おいグオン!」

 支店長のあきれた声が隣で聞こえた。

「視覚を赤外線に切り替えろや!」

「はい!」

 そう答えたものの、何をどうしたら良いものやらさっぱり分からない。すると、目の前にAR設定パネルが開き、その一角が点滅した。見ると、各種電磁波や音波を視覚に変換する設定があった。

『今回だけですよ』

 ラムちゃんの声が頭の中に響いた。

 ありがとうございます!

 そう心で答え(彼女がまた苦笑したような気がした)、設定に意識を向けて赤外線に切り替える。すると俺の脳に、もう一つの世界の光景が飛び込んできた。


 そこは、薄い明かりに照らされた、大規模なトンネル型の街路。俺たちの周りを、何かが動いている。いや、事前に情報は確認したので、分かっているんだが……身長1.5mはある大蜘蛛だ。

 ここでも星間文明の深層心理プロテクトが無ければ、虫が苦手な俺は卒倒しているところだった。


 正確に言うと、蜘蛛と違い、四対の足の他、体の前端には手に当たる一対の肢がある。どれも先端が小さな鋏状になっていて、どれでも物がつかめるようになっている。

 と、その蜘蛛の一匹……失礼、一人(ちなみに、二万年の歴史を持つ種族だそうだ)が、俺たちに気付いた。

『ブー、カチ、ブー「おお、これは管理人殿。ようこそいらっしゃいました」』

 小刻みな、何かがぶつかり合う音の後に、日本語の翻訳が飛び込んできた。彼らの声は、顎を噛み合わせた音だ。スマートバンドが翻訳してくれるから、会話が成立する。面倒なので、以下はノンバサイー語の表記は省略する。

「おう、大統領閣下はいるかい」

「はい、今お呼びしますので……」

「いや、散歩がてら、こっちから伺わせてもらうわ」

「左様ですか。では、ごゆっくり」

「おう、ありがとな」

「さ、行くぞ」

「はい」

 大蜘蛛さんに別れを告げて、歩き始める。分かれても周りは大蜘蛛さんだらけだが。

「いいんですか?」

「ああ。連絡なんかしたら、居留守を使われちまうからな」

「大統領が?」

「大統領って言ったって、統治しているのは九千人以下だからな。全盛期の種族で言えば、村長くらいのもんだ」

 なるほど、そういうことか。

「おいグオン、足が地に着いてないぞ」

「はい?……あ」

 足元を見る。俺は足を止めたまま、空中をすべるように歩いていた。これじゃ幽霊だ。

 足を動かさないと。足を……。

「いてっ!」

 リアル足を動かして、支店の机を蹴飛ばしてしまった。

『大丈夫ですか?』

 ラムちゃんの心配する声。

「だだ、大丈夫です」

 返事をすると、支店長が、

「こっちじゃねえ、生身の方で声を出せ!」

「はい!」

 ああ、ややこしい!


 そして十分後。

「これ以上遅らせるのは、まずいぜ……」

「しかし、どうにも……」

 尻尾を生やした身長二メートルの虎娘が、体長一.五メートルの大蜘蛛の甲羅に手を置いて話し掛けている。相手はこの種族の大統領閣下だ。

 とても、この世の物とは思えない光景だ。それでいて、行われているのは、家賃の取り立てだ。数千人の入居する人工生態系船の家賃だが。

「よっし。メンテ業者を替えよう。ここが良いだろう。中古部品がメインになるが、腕はしっかりしている。それで五万は浮くだろ」

「でも、それだけでは……」

「後は、お前さんが運用資金の金利をちょろまかしている隠し口座で足りるだろ?」

「な、何のことですか?」

「まあ、いいからいいから。それと合わせれば今年分はクリアだ。それでいこう。この日のために蓄えたんだと言う事なら、同胞の皆も許してくれるさ」

「……」

 星間文明の知的種族と、星間企業の支店長の間で行われている会話とは思えない。だが、事実だ。

 結局、無事取り立てに成功。なんか大統領が泣いているような気がしたが、うん、同情する気にはなれないな。

「どうだ? 初仕事終えての感想は?」

 仕事と言われても、ただ見ていただけの俺には何も言えず、

「勉強になりました」

 と答えた。自分でも中身が無いなーと思ったが、仕方ないだろう。

 支店長は俺の肩に手を載せ、にっこり笑った。

「次はお前が取り立てるんだぞ、分ってるのか、ああ?」


 人類が星間文明に加入してからまだ十一年。

 三十億年近い歴史の星間文明は、かつてスペオペで描かれたような弱肉強食の帝国主義世界じゃなかった。それは結構な事だが、だからと言って、解脱した知的種族による理想社会でもない。

 そこには、二つの絶対ルールが有った。それは、

「技術文明を有する知的生命を生み出す可能性のある惑星、並びにその惑星が属する恒星系には移民・開発を行ってはならない」

「星間文明に加盟した種族は、所定の期限内に母星を離れ、新たな知的種族発生への道を開かねばならない」

というものだった。


 前者のルールのおかげで、地球も五十億年近く他種族の居住地となることなく進化を遂げられた訳で、これはまあ、ありがたい。

 しかし後者は、地球人にとっても大問題だった。猶予が三五〇年くらい有るとはいえ、戦争一歩手前(いくつかの地域戦争や内戦は実際に起こって多くの犠牲を出した)な論争の末、結局、受け入れることになったが。

 さて、後者のルールに従って母星を離れる知的種族の居住空間は、


1.短命な巨星の惑星に建設された期限付き居住スフィア

2.星間自由惑星、倭惑星、小惑星に建設された星間居住スフィア

3.居住環境宇宙船による移動居住スフィア


となる。

 種族が隆盛期を迎えると、これらを丸ごと建造、開拓、購入したりする。

 だがうちの会社……グリットフリットオリプレジーが扱うのは、そういう上げ潮の種族じゃない。衰退期に入り、人口も減少した落ち目の種族だ。

 資金繰りも苦しく、信用も足りない種族が借りられるのは、船齢の近づいた老朽都市宇宙船団や、寿命間近のレンタル惑星(それも、その一区画)しかない。

 そういう種族と物件の間を取り持つのが、このような星間企業という訳だ。


 俺はそこそこのランクの大学で星間法学を学んだ。ぶっちゃけ自分の学力と星間企業就職率を天秤にかけて決めた。成績も中の上だ。

 就職に多少でも有利なように、軟式テニスサークル(本気レベルの体育会系は回避)に入り、NPOにも参加して海外でのボランティア活動も行った。

 自分ではそれなりに出来る方だと思っていた。

 だが就活で敗退し続け、やっとたどり着いた就職先は、物件は中古か訳あり、顧客は宇宙の底辺種族という、宇宙の三流会社だった。

 自分が思い描いた会社とは大違いだったのに、辞めますと言えずに流されてしまった。今さら就職活動やり直したくないしなあ。

 俺……やっていけるんだろうか?

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