18.ネットスターの憂鬱(というほど悪くない)

 だいぶ長引いた出張から戻り、数日経った時。昼食場所を探していると、後ろから声をかけられた。

「笹井君!」

 三島の声だった。

「お、おう」

 俺は振り返り、手を上げた。

 あいつは俺のわきの辺りをじろじろ見ると、

「怪我はもうよさそうだね。星間ネットスターさん」

「やめろよ」

 俺は心底げんなりした。戻ってからこの方、仕事先でも食事に行った所でも散々からかわれているのだ。あの時は見てもらえなくて苦労したのに、いつの間にあんなに拡散していたんだ。そんな俺を見て、霧香はくすっと笑った。そういう所は、本当に可愛いのだが。

 それはそれとして、食べるところ決めないとな。俺は新しく開店した店の前で立ち止まった。コランダングル料理の店……って、どこだ。どんな料理だ。

「お昼? ここで食べるの?」

「かもしれん」

 店のAR情報版と検索を併用すると、こちらの銀河で近年勢力を伸ばしている料理(当然、コランダングルという種族の料理)で、地球人の口にも合いそうだという評価だ。よっし、試してみよう。見慣れない食べ物は、食べてみるのが俺の正義だ。

「私も、今日はここで食べるつもりだった」

「そうか。混んでるみたいだな。相席でいいか?」

「いいよ」

 俺たちは店に入り、それぞれのメニューを注文した。俺は揚げ肉と、豆のような植物のスープ(もしくはリゾット)のセットを頼んだ。


「なあ」

 一息ついたところで、

「仕事、面白いか」

「んー」

 三島は、視線を天井に向けて、

「面白いっていうより、やり甲斐がある」

「なるほど。三島らしいな」

 その声から、少しだけ伝わってきた。彼女だって、何事も楽々と越えて行っている訳ではないのだ。ただ、いつも自分が越えられそうな高さより少し高いハードルに挑んでいるだけなのだ。

「そういう質問するって事は、自分も聞いて欲しいんでしょ?」

「そういう見透かす所も三島らしい」

「やな顔しないの。で?」

 俺は今の気分を表情に表した。歯を見せて、獰猛な笑顔で、

「すっげーつらい!」

「そういう芝居っ気はいらない。35点」

「……赤点か……」

 俺はガックリきたが、気を取り直す。

「ま、実際大変だけど、楽しいよ」

「たしかに、そういう顔になったね」

 霧香は微笑んだ。

「そうか?」

「うん。だから……」

 意味ありげな表情に変わり、

「次に私を見かけたら逃げないように」

 うわあああああ!

「気付かれてたのか!」

 俺は頭をかきむしった。

「頼む、忘れてくれ! 黒歴史だ!」

「それは無理。まあ言いふらしはしないから安心して」

「うん、頼む。それと、もうしません」

「よろしい」

 まあ、そういう所は信頼して良い奴だ。

 と、そこまで考えた所で気づく。

「ああ、くっそ!」

「今度はなに?」

「さっきのこそ、お前も小芝居いらない、で返すべきだった!」

「残念、タイムアウト」

 顔の前で大きなバツを作り、その向こうで舌を出す。

 そこでちょうど料理が来て、それをつつきながら、互いの仕事や、共通の友人の話などをした。

 ちなみに料理は、中華に近い甘辛の味付け肉が普通にうまくてやや拍子抜けしたものの、スープ(またはリゾット)の豆が噛んでいる内に劇甘に味が変わって悶絶した。やっぱり異星人料理はこうじゃなくちゃ!


 店を出て、別れる前に、俺は思い切って彼女に声をかけた。

「あのさ……有難うな」

「?」

「なんか、色々とね」

「どういたしまして」

 霧香は、にっと笑った。

「なあ、今度、休みを合わせてどっかで遊ばねえ?」

「ノー、サンキュー」

 光り輝く営業スマイルで即座に却下された。

 三島霧香。その場のノリには流されない女だ。



 支店に戻った後。支店長は物件視察のための出張で俺一人(もちろんラムちゃんはいるが)。ただ、もうすぐダイブの呼び出しがかかる予定だ。

 ラムちゃんから回ってくる、知性体判断待ちの案件に目を通していると、その彼女が話しかけてきた。

「あのー、一つ聞いても良いですか」

「なに?」

「スマートバンドの文化ニュアンス補正、使わないんですか?」

「文化……なんだって?」

「マニュアル、目を通してますか?」

「ええっと」

 そう言えば、そんな事を言われたような気も。

「あ、いや、もちろん」

 そう答えながら、俺は慌てて視線でマニュアルを呼び出して目次を漁り始めた。

「はいどうぞ」

 ラムちゃんが手を差し出すと、マニュアルがまさにそのページを開いた。

「それの機能は基本的に私を通して動作していること、お忘れですか?」

「忘れてました」

 俺はがっくりしつつもマニュアルに目を通した。そして愕然とした。

 何万という種族のいるこの両銀河文明。それぞれの文化の言語にはニュアンスの差があり、その意味を機械的に翻訳することが種族間のトラブルを起こす場合がある。そのため、そのニュアンスの差を汲んだ意訳を行う機能があったのだ。例えば、荒っぽい言葉が標準の種族の発言を、もっと穏やかな会話が基本の種族に合わせて自動翻訳するとかだ。

「口、開いてますよ」

 言われて顎を引き上げる。確かにこれを知らなかったのは失敗だった。

 なんて素敵な機能! これで俺の問題は全て解決! 支店長の暴言も暴言じゃなくなる!

 俺はウキウキしながら、その機能を最強レベルにセットした。

 その途端、支店長からダイブアドレスが。

「お、来た。それじゃ、行ってきます!」

「はい、お気をつけて」

 ダイブアウトすると、オレンジ色の空の下、支店長が手と尻尾を上げた。

「あら、もう少し早く来れませんでしたのザザイさん!」

 俺は心の中で思い切りこけた。さすがにそれを体で表現することは自制した……つもりだった。

 だが俺は、自分が今ダイブ中だという事を忘れていた。

 そんな訳で俺のアバターは、心に思い描いた通りにつんのめり、ギャグ漫画のように宙を飛んで街路樹に頭からつっこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銀河底辺浮動産! 和邇田ミロー @wanitami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画