3.銀河で取り立て
俺たちが乗った定期便は、湖の観光船くらいの大きさだった。……言っておくが、日本の湖の観光船だ。芦ノ湖とか、洞爺湖とかだ。まかり間違っても、アメリカ五大湖の観光船じゃない。なんだよ湖上観光船が排水量一万トンオーバーって。卒業旅行の時に知ってたまげたわ。
いかん、話がそれた。僻地への新設航路だから、船が小さいのは仕方がない。むしろこれで、活動範囲一千光年という方が恐ろしい。船齢二八〇年というのも、違う意味で恐ろしい。江戸時代の船か。
乗船後、船のスペックや履歴を見ていると、支店長が声をかけて来た。
「嬉しそうだな」
「え、そうですか?」
自分のバンドを指差し、
「こいつの見立てが間違ってなければ、顔が緩んでるぞお前」
異種族の表情分析なんて機能まであるのか。気が利きすぎだろうスマートバンドめ。
「実際、嬉しいです」
「ハハハ! まああたしも最初はそうだった」
実のところ、少し不安もある。しかし月へ行くための適合試験の際に、確率変換航法(要するに超光速ジャンプ)への不適合はないということだったので、それを信じるしかない。
俺は船内に入ると、気分の高揚を止められなくなっていた。だって仕方ないだろう? 光の壁を超えて、他の星系に足を踏み込むのだ。男なら、いや人間なら、その初体験において冷静でいられるだろうか? いや決していられない(反語)。
また支店長に呆れた顔をされた。どうも俺は、自分で思っている以上に、興奮した時に思っている事が顔に出るらしい。
顔を引き締め、指定の席に着く。この辺境用の宇宙船でも、シートは多種族対応型で反動吸収フィールド付きだったりする。
乗船ゲートが閉ざされる前に、席の七割以上が埋まっていた。
地球、というか太陽系は、加入惑星の希薄なエリアの中心近くに位置している。そのために月に開港地区を開設すると、グリットフリットのようにエリアの線引きを修正してここに支店を開設する星間企業が続出。地球に幸運な収入をもたらしている。
この船が辺境航路ながら空席率が低いのも、そのおかげだ。
船は発進シークエンスに入った。俺はARコンソールでハーフビューモードに切り替える。客室を囲む壁が窓ガラスのように透明になり、宇宙港内の景色を映し出した。さすがにフルビューモードで足元まで透けるのは避けておこう。まさかとは思うが悲鳴をあげたら死ぬほど恥ずかしい。
船は浮上してエアロックチューブに入り、気圧調整のエネルギーフィールドを抜ける度に気圧の低いエリアに入る。そして5枚目を抜けると、トンネルの先には漆黒の空間が広がっていた。たちまち船はチューブを抜け、宇宙空間に飛び出していた。
「おおう!」
思わず声が出てしまい、横の支店長をしてぷっと失笑させてしまった。放っておいてください。
だが周りでも歓声あるいはそれに当たる感情表現(頭の角が充血するとか、地震じゃないかっていうくらい全身が震える)は起こっていた。やはり何度体験しても、嬉しい人には嬉しいのだ。例え異星人でも。まあ怖いのかもしれないが。
船は月を離れ、跳躍開始ポイントに近づく。
最初は船の進行方向近くに赤いAR矢印がポツンと浮かんでいただけだったのが、接近すると共に魔方陣のようなゲートが見えてきた。
もちろん実際の大きさや接近速度を表しているわけではない。大体、実際の宇宙船の速度で跳躍ゲートに突っ込む所をARで表現されたら、俺なぞ心臓が止まってしまう。
「本船はこれより、確率変換ゲートに進入いたします。特に危険はありませんが、しばらくご着席ください」
こういうアナウンスってのは、星間文明であってもあまりニュアンスが変わらないものと見える。安全なら歩いていても良いじゃないかと思うが、そういうわけにも行かないものだろう。
そんなことを考えているうちに、ARのゲートが近づいてきた。そしてブザーが鳴り、船はゲートの中心に突入する。
その一瞬、意識が飛んだ。
クーリーン255スフィアは、青白色巨星を周回する惑星上にあった。水星より一回り大きい程度のその惑星には呼吸できる大気はなく(呼吸できない大気も殆ど無い)、表面温度は最高三百℃にも達するという。それでも安定した大地とアルミやシリコンなどの建材資源があるだけ、スフィアの建築コストは自由軌道タイプや船団タイプより安いのだ。
「どうしたんだ、おい。適性検査では問題なかっただろ」
「す、すいません……」
俺は支店長に右腕を抱えられ、ヨタヨタと船を降りていた。始めての長距離跳躍は――といっても星間文明の基準では短距離航行だが――適性検査のときの火星までの短距離跳躍とは桁が違った。
とりあえず俺がベンチ……は無いんで、さまざまな種族に対応しやすい腰掛け(もしくはまたがり、もしくはぶら下がり)用のバーに座って休んでいる間に支店長は手続きを終える。それから俺たちは、ンドワーブ人の居住区ではなく、隣のエリアに向かった。それも迂回するようなルートを選んで。
「あの、このルート、遠回りになってませんか?」
無人タクシーの中でARスクリーンに表示されているルートを見ながら尋ねると、
「最短ルートにはきっと見張りがいる。夜逃げをする時にはな」
「そういうものですか……」
ンドワーブ人の居住区に近いレストラン前で降りると、俺たちは窓から見えない場所に席を取る。支店長はすぐにARコンソールを開く。
「あの、こんな所にいて、向こうがどこから出てくるか、分るんですか?」
「ん?」
支店長は指先でARウィンドウを4つ広げて、こちらに向けた。
「防犯カメラは誰が管理してると思ってんだ?」
そのウィンドウには、ンドワーブ人たちの居住区が写っていた。するとその脇に、注文用のAR窓が浮かび出た。
「お。なんか頼めってよ」
「そりゃそうですよ。お店ですから」
しょうがねえなーと言いながら、支店長は飲み物を頼む。俺も自分の目の前のメニューを覗き込んだが、さすがに地球人向けのメニューは無いので、説明と画像を開きながら見ていたら、
「お茶会じゃねえんだからチンタラ選んでるんじゃねえ!」
と怒られた。
「すいません!」
慌てて見た目がコーヒーっぽい感じのものを頼んだ。
一口飲んだら小倉風の甘味と鶏スープの旨みが絶妙にミックスされた味で……むせた。
ちなみに、支払いは自腹で、各自経費で落とせ、と言うことだった。ケチだな。
ちなみに、ンドワーブ人の居住区は、何というか……グリーンハウスだった。
一ブロックが丸々一つの建物となっていて、その建築のほとんどが、屋根を除けばガラスのような透明な素材でできていた。そして全て平屋だ。明かりは殆ど消えていて薄暗いが、その中で何やらうごめいているのは伺えた。
「変わってますね」
「おめえらの住居だって変わってるんだ」
「え?」
「住居はそれぞれの種族の星の環境や進化の過程から生まれてるんだ。全ての種族の住居が変わっていて、それが当たり前なんだ」
「なるほど」
俺は納得した。俺の部屋がそうだったように、街自体がスマート材料で構成され、居住者の要望に応じて姿を変える。アンバサイー人の街が全ての通路を屋根で覆い、まるで地下のトンネルのようだったのも彼らの文化。大平原で群れを成していたンドワーブ人にとって、最も落ち着く空間は壁に覆われた閉じこもり空間ではなく、視界の開けたガラス張りの家だった、という訳か。
「だがな、夜逃げにはまったく向かない文化だぜ」
支店長が口をゆがめた。
「普段は煌々と照らしているのに、今日に限って真っ暗。まあ灯りを照らしたら夜逃げの準備が外から丸見えだしな。おっ」
AR画面に顔を近づけた彼女が立ち上がる。
「よし、行くぞ」
「は、はい」
俺も後を追った。
支店長は街路を走り、そしてある所で陰に隠れた。俺ももちろんその後ろにつく。
程なくして、十数人の足音が近づいてくる。皆、かなり忍ばせてはいるが、隠し切れる訳もない。まあ、体格では支店長を上回っているンドワーブ人だから致し方ない。
そして支店長が動いた。
「これはこれは皆さん、どちらにお出かけで」
支店長が道の中央に歩み出ると、ンドワーブ人たちの足が止まった。
「か、管理人さん!」
族長閣下、腰が抜けそうになっている。見た目はビーフだが、中身はチキンらしい。
だが、さすがと言っていいのか分からないが、逃げ出すと決めたからには、それなりの覚悟があったようで、
「す、すみません、許してください!」
族長さんは頭を下げて支店長に突進してきた。
「うわ!」
明らかに、こっちをダイブアバターだと思っている。アバターなら、彼らを物理的に止める事はできないからだ。だがこっちは正真正銘の生身だ。他の連中も突っ込んできたら、俺はひとたまりも無い。俺は浮き足立ち、右往左往した。
ズシン、という衝撃音。土嚢をコンクリートに叩きつけたような、重い音。
正直に言うと、その瞬間を俺は見ていなかった。族長と、彼に吹き飛ばされるであろう支店長。そのどちらにも下敷きにならずに済むように逃げに掛かっていたせいだ。
振り向くと、支店長の胸、その谷間に族長の頭がめり込んでいた。うらや……いやいや。実際その瞬間は、そんなことを思う余裕すらなかった。あの猛牛のような突進から、支店長は逃げなかった。腰を落とし、族長の体当たりを受け止めたのだ。
(とんでもない人だ……)
その事実だけで、俺は全身が麻痺してしまった。族長も受け止められたまま、凍り付いていた。
支店長は、握り締めていた拳を開き、族長の肩に置くと、彼の体がびくっと震える。
「管理人さん……」
族長は一歩下がり、頭を上げた。
「ア、アバターだと思ったから……ど、どうしてここに!」
「どうしてもこうしても」
咆哮。
「あるかあああ!」
ンドワーブ人達は、瞬時にパニックに陥った。
結局、逃げ惑う彼らを引き止めるのに十分以上、先に脱出していた居住者を呼び戻させるのに一時間近く掛かった。
「もう無理です。家賃の支払いも……」
族長はがっくりとうなだれた。
「だからって、ここで逃げたら、カルヴァルにすら入れない、放浪の種族になっちまうんだぞ!」
カルヴァルってのは、種族維持の最低レベルを人口が割って、銀河文明の経済活動から引退した種族が入る福祉施設だ。
「分ってますが」
支店長は優しく……少なくとも、優しく見えなくも無いくらいには穏やかに、族長の背中を叩いた。
「色々、相談に乗ってやるから」
俺はほっとした。族長も同じ心持だったようで、ゆっくりと上げた顔には、希望が浮かんでいた……そういう表情だと、スマートバンドが教えてくれた。
「あのー、賃貸料を半年待ってもらえませんか?」
支店長は即答した。
「それは駄目だ」
えー。
無限に広がる大宇宙は、思った以上に所帯じみて、かび臭い。
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