14.突撃(仕事で)ラブハート

 起きたくない。

 このままずっと寝ていたい。

 寝るほど楽はなかりけり、だ。

 だから遠くから呼ぶ声は聞こえない振りをしていようと思った。

 なにより、起きると何かひどい目に会いそうな予感がした。

 そういや前にもこんなことがあったっけ。いやな予感がして、逃げようと思ったら、

「……い……ォン……」

 そうだ、この声で呼び止められて……。

「……しろ!……グオン!……」

 いつも酷い口を効かれて、仕事はきついし……もうこのままでいいかな……「おい、しっかりしろ、グオン!」

 耳元で怒鳴られて、俺は目を覚ました。やべえ、勤務中に居眠りしちまった!めちゃくちゃ怒られる!

 すいません、支店長!

 声を出そうと息を吸った瞬間、右の胸に痛みが走った。

「ぐはっ!」

 その痛みで、意識が元の時間に戻った。そうだ、俺は今大気圏に突入した宇宙船の中だった!

「おい動くな! 肋骨にひびが入ってるぞ!」

「ま……」

 まじっすか!と言おうとしたら痛みで体が固まった。

「しゃべるな、馬鹿か! くっそ、あの詐欺師野郎め、吸収フィールドに遅延が出てるじゃねえか!」

 視線を痛む箇所にやると、赤いAR警告が浮いていた。第6肋骨にひびが入っています、現在痛覚軽減措置に入っています、だと。

「そのまま動くな。ピコマシンが治療を始めたからな」

 確かに、浮遊ピコマシンが、俺の右胸の近くで青白い光を放ちはじめた。酸素を集めて肺に送り込んでいるとも、告知してくれた。

 体内でも同様にピコマシンが体外と連携を取りながら集結し、患部の治癒を始めたようだ。すぐに痛みが軽くなり、ゆっくり呼吸できるようになった。両銀河文明の偉大さを、改めて体で実感する。できれば実感しないで済ませたかったが。


 ようやく落ち着いて、前方を見る余裕が出てきた。大気が圧縮されて熱された輝きはもう見えない。

 ドーム型スフィアが目の前に広がっている。それに視線を向けていると、その横に直径約十二キロ、高さ約二キロという表示が出た。

 外部とのゲートに近づく。船内に警報音が鳴り響き、後ろからの船の接近を告げた。振り向くのは辛いのでそのままにしていたら、視界の脇に後方モニタが現れた。案の定、執行機構の着陸艇だ。

 俺たちの船は彼らの進路を塞ぎながら降下。地面とドームが急速に近付く。

(おおおお、ぶつかるううう!)

 声を出せないので、頭の中で絶叫する。

「心配すんな」

 支店長の声は落ち着いていた。

「ズレは把握した。もうあんなことはねえ」

 その言葉通り、船は地表スレスレで引き起こし、急減速。警備ロボットの機先を制し、青く光るエネルギーフィールドで守られたゲートを通過した。すぐに後から着陸艇が……と思ったら、

「ざまあ見ろ」

 支店長の言葉に後方モニタを見ると、フィールドが赤く変化し、その外側で着陸艇が止まっていた。

「ゲートへの連続侵入は禁止だからな」

 なるほど。ところで、俺たちの船が入ったこのエリア、薄暗くて、誰か住んでいる気配が無いんだけど……。と思った途端、支店長は船を右に回頭させた。正面に見えた隔壁に開口している内部用ゲート。中から明かりが漏れるそのゲートを塞ぐように着陸する。

「よっし、ついたぜ」

 彼女がジェスチャーすると、壁モニタに移る世界がゆがみ、右側面に写るゲートが拡大された。こちらもフィールドで画されたゲートの向こうは、家具や機械らしきものが積み上げられ、バリケードを……あまり効果的とも思えないバリケードを構成している。

 その奥には、ファントリュー人の頭と葉先が見え隠れしている。

 ええと、何で外のゲートに直接乗り付けなかったんだろう?

 俺の疑問が伝わったのか、支店長は立ち上がると、

「外の環境に繋がるゲートでトラブルはご法度だ。機構も絶対にやらねえよ」

 とうなった。

「内部のゲートで完全閉鎖していないのはここだけだからな。そら、奴らも来た」

 船の左舷側からまばゆい光が照射され、スクリーンがそれを減衰させる。無論、機構の着陸艇だ。着地と同時に前面が開き、四本腕のロボットが何対も飛び出してきた。

「うわ」

 声を出すと、また胸が痛んで顔をしかめてしまう。支店長はそんな俺に目をやると、

「お前は船を守れ。それとネットに中継を流しとけ」

 そう言うと、ハードハッチを開き、青白く輝くフィールドドアを抜けて出て行った。

 俺は頷いて、支店長を送り出すしかできなかった。情けない……。だが、

(できることをやるしかない、よな)

 無理やりにでも気を取り直すと、俺は腕と体を動かさず、手と視線だけで事態のネット中継を始めた。


 左舷の壁面スクリーンに、支店長が警備ロボットの前に立ち塞がる様子が映し出される。その目前にダイブアバターが出現した。

 それは、支店長と同じジルトル人の女性だが、体毛は黄色と青の鮮やかな縞模様だった。

 支店長はそれを予期していたのだ。ゆったりと大げさに腕を開く礼をした。

「これはこれは、お久しぶりで、ゴルノ執行官」

 船外の声も船のシステムはしっかりと中継してくれる。もう星間文明の偉大さを褒め称えるのも飽きてきたが……やっぱりすげえ。

「担当地区が変わりました。またご一緒できて光栄です、グルヴァ殿」

 言葉とは裏腹に、相手の冷たい声音は、翻訳機を通すまでもその肉声で十分に分かった。

「しかしながら、なぜあなた方がここに来られるのか、分かりませんね。御社は彼らとの管理委任契約も解除したと聞いていますが」

 ぽりぽりと頭をかきながら、

「まあそうなんだが……腐れ縁って奴でね」

「星間司法判定はあらゆる段階で我々の主張が認められました。もうファントリューの皆さんには、異議申し立てもできません」

「こっちも説得してるんだよ~。だが、なかなか繊細な連中でね、納得してもらうにはもう少し時間が要る。執行はもう少し後にしてくれねえか。それに、ここで大立ち回りを起こして、両銀河社会の一大注目スポットになっちゃうのは申し訳無い」

「公正に、法に基づいて行われる活動が人々に知られる事はデメリットではありません。むしろ人々に見ていただきたいですね。私どもは必要が有ればいつでも即座に行動すると」

「なるほど、ネット中継に妨害はしないっていうことだな。公明正大で実に結構」

「ええ、ただ残念ながら、今これを見ている方はきわめて少数のようですが」

「今はこんなもんさ」

 俺は二人のやりとりを見ながら、用意していたデータを流し始めた。

 実況の視聴者数は今の所一千人程度。星間文明の住民数から考えると、過疎なんてレベルじゃない。執行官にあんなことを言われるのも無理は無いが、言われっぱなしは癪に障るな!

 ピコマシンのおかげで、痛みは軽くなっていっている。事前データだけでなく、生のメッセージを書き込み始めることにした。


 外では執行官と支店長の会話が続く。

「彼らのメタモルフォーズ機能の復活に関しては、先の裁定でも可能性が低いと判断されてますよ。この執行は、彼らの安全を守るためでもあります」

「それは連中も分かってる。だが、彼らには今が重要な時なんだよ」

「このスフィアの設備売却が遅れれば、他のスフィア群のリフォームと移転にも影響が出ます。ここに居座っても、五十年で危険になりますよ」

「その五十年が大事なんだよ。定着期に入る予兆はある。それに」「よく分かりました」

 執行官が冷たく話を遮った。

「ファントリューの皆さん方に、法廷で主張した以上の新しい論拠がないという事が。」

(やばい)

 俺は思った。

 この人は聞く耳を持たない。

 止めるには、あの情報を使うしかない。だが支店長に、その様子が見られない。俺は焦った。もしかすると、情報の事を忘れているのかもしれない。独断で、流してしまおうか。執行官に送りつけてみようか?

 その時、支店長の視線がこちらを貫き、俺は飛び上がりそうになった。

 彼女がそうしたのは一瞬の事で、すぐに執行官へ向き直ったが、その意図はハッキリしていた。っていうか、ジルトル人って頭の後ろにも目がついてるのか?

「これ以上聞くべきお話も無いようですし、只の時間稼ぎならこれ以上はお付き合いできません」「おい」「実況の数少ない視聴者のみなさんも、お待ちかねのことでしょう」「待て」「我々は、正当な権利を行使します」

 ゴルノ執行官が左手をさっとあげた。

「排除開始!」

 相手の怪我を防ぐためにクッションスーツを装備した警備ロボットは、ちょっと見にはユーモラスだが、その力は冗談じゃすまない。奴等がいっせいにゲートに、その前を塞ぐ俺たちの(借りた)宇宙船へと突進してきた。

「やめろお前ら!」

 奴らの向こうで支店長が叫ぶ。こちらに駆け寄ろうとした支店長を、ロボットが三体で押さえ込んだ。支店長!

「貴方の安全も確保させていただきます。これでもご尊敬申し上げていますので」

「てめえ……」

 支店長が歯を噛み合わせる音がした。しかしいくら彼女でも、ロボット三体の腕十二本を振り解くことは出来そうもない。

 いや、彼女の心配をしている場合じゃなかった。船を取り囲んだロボット達が、船に張り付いて腰を落とし、四本の腕を添える。

(まさか……)

 思った途端、視界が動いた。船が持ち上げられたのだ。そのまま奴らは、船をゲートから少し離れた場所まで移動して下ろした。

「うわ」

 船内は重力制御されていても、体が揺れる錯覚に襲われる。

 ロボ軍団は船から離れると、ゲートに向かった。バリケードとして積み上げられた家具や廃材を次々と引き抜き、投げ捨て……いや、割と丁寧に後ろへと受け渡して行く。まるで蟻のように。

「離せめえら!」

 支店長の叫びが響いてくる。

 ファントリュー人たちはそれに対して激しい妨害を……することは無く、ぼーっと眺めている。いやまあ、そうだろうとは思ったが、いまひとつ緊張感が足りない展開だ。相変わらず実況の客数も伸びない。

 そうこうしている内にバリケードは撤去され、奴等はファントリュー人の引き抜きに掛かった。案の定というかなんというか、棒立ちのまま次々と引き抜かれていく。

(おい、やめろよ……)

 彼らは、どうしようもないくらい無力だった。

(地に根を生やして頑張るんじゃなかったのかよ……)

 彼らの足元、居住区の地面は黒土で敷き詰められている。彼ら自身も小さな素足で、この人工的な、しかし彼らにとっては間違いなく母なる大地であろうこの居住区から引き離され、揚陸艇に押し込まれる。入り口に張られたゲートは選択性の一方通行設定がされているようで、ロボットたちは戻れてもファントリュー人は出ることが出来ない。

 フィールドの向こうでスローモーションでじたばたする彼らを見ていると、もどかしいような、腹立たしいような、もやもやした感情が腹に貯まってくる。

くそっ!やっぱりあの情報を使っておくんだった!いや、今からでも使えるんじゃないか? 使うべきなんじゃないか? 俺は迷う。コンソールを呼び出し、準備しておいた配信先を開く。特命情報スペース、各報道ネット、市場維持機構、ジルトル政府……。

 しかしさっきの支店長の視線が、俺の指を押しとどめた。

 あの人がやめろと言ってるんだ。こういう時、あの人の判断と自分、どちらを信じるか。俺は自信を持って、自分に不信任を出した。

 指を引っ込めると、その陰になっていた生体モニタが視界に入る。ピコマシンの治癒が一段落し、健康レベルが通常の一歩手前、日常生活に支障がない所まで戻っていた。

 くっそ! こうなったら黙って見ている理由が無いじゃねえか!

 俺は腰を上げ、宇宙艇のハッチを開けて飛び出した。粘り付くフィールドを抜けて、外に出る。毛皮と草いきれの混じり合ったファントリュー人たちの匂いが鼻腔をくすぐる。

「うおおおおおおお!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る