15.二人の女王(まじか)

「おいやめろ馬鹿!」

 支店長の声も無視して、俺はロボットとファントリュー人のもみ合う中に突っ込んだ!

 ファントリュー人を引っ張っていくロボットの腕にしがみつく。

「離せてめえ!」

 だがロボットはびくともしない。歩みを遅くすることすら出来ない。

 なんだよ! 俺は本当に何の役に立たないな!悔しくて、情けなくて目が熱くなった。

「警告します。正当な業務に対する妨害です。直ちに離れてください」

「うるさいロボ公!」

 ロボットの警告に怒鳴り返す。

「ありがとうございます。でも無理をしないでください」

 そのファントリュー人がのんびりと声を掛けてきた。

「人の心配してる場合か! あんた達こそ……」

 叫んだ途端、

「申し訳ありません、安全のためにこの場より離れていただき……」

 別のロボットの腕が、俺の体を後ろから抱きかかえ、引き剥がそうと力をこめた。さっき俺が痛めた肋骨の辺りをだ。


 バキッ!


 それは多分音ではなかったろう。体の中で直接響いた衝撃だ。

「!」

 痛いとか何とか、叫ぶ余裕もなかった。

 息が吸えない。 

 身体の方は、慣れない運動と興奮で酸素を求めて悲鳴をあげているのに。

(やばい! 死ぬ!)

 無理を承知で息を吸い込もうとした時、

「がはっ!」

 肺の中から何かが込み上げた。塩味と鉄の味のするそれを、俺は吐き出した。粘り気の有るそれは綺麗に口から離れず、顎から胸に掛けてべっとりと張り付いた。血の混じった泡だった。

 ピコマシンの警告音が辺りに鳴り響いた。

「重傷者発生!速やかな救助を!繰り返します!重傷者発生!速やかな……」

 俺はそれを聞きながら、地面にへたり込んだ。これはまずい。体がそう告げてくる。情けないが、足から力が抜け、全身が小刻みに震える。

「グオン!」

 支店長が叫ぶ。執行官も慌てた様子で、

「排除行動停止!」

 ロボットたちを押しとどめた。


 呼吸ができず、体が痺れ、耳鳴りが鳴り響き、視界がぼやけ始めた。

 どうやら俺は本格的にやばいらしい。支店長が怒りの表情で雄叫び(女性だけど)を上げ、体格互角、体重では上回るはずの警備ロボットたちをマネキン人形のように吹き飛ばしながら、駆け寄ってくる、そんな幻覚を見るなんて。


 ていうかこういう時は走馬灯じゃないのか。自分の人生を早回しとか、家族の笑顔とか、川の向こうで手を振るおばあちゃんとかじゃないのか(二人とも生きているが)。最後に見るのが支店長とか、どれだけの社畜だ。

 俺はがっかりした上に苦しくてたまらないので、とっとと気を失ってしまおうとしたのだが。

「おいグオン! 寝るんじゃねえ馬鹿野郎!」

 幻影は乱暴極まりない事に俺の頭を殴りつけた。痛っ!つまり幻影じゃなかった。

「てめえら!何しやがる!」

 幻影じゃない支店長は、俺を抱き起こし、振り向きざまに執行官を怒鳴りつける。ゴルノさんの表情に、初めて困惑が浮かんだ。

「何かの間違いです! 弊社の警備アンドロイドは、決して生身の知的種族に負傷を与える様な力を加えたりは……」

「御託はいい!早くこいつの手当をさせろ!」

「……承知しました。直ちに治療班を派遣します」

「ああ、頼む」

 ピコマシンによる治癒が再び本格化した。おかげで、酸素不足や痛みが少しずつ緩和されていった。実にありがたい。

 ただ、リラックスさせるために音楽を鳴らすのはどうかと思う。妙なる響きを頭の中で奏でられると、俺はやっぱり死ぬんじゃないかという不安に逆に襲われるんだが。だれか医療ネットに、お約束とか死亡フラグについて教えてやってくれないものか。

「管理人様、ザザイゴン様のご容態はいかがでしょうか」

 遠くから、女王様の心配げな声がした。

 相変わらず話す速度が遅い。そして名前はうろ覚えだし、支店長の発音そのまま受け取ってるし。こんな状況でなければツッコみまくりたい所だ。

「重傷だ。だが命に別状はなさそうだ」

 支店長は、やや落ち着きを取り戻したようだ。

 ゴルノ執行官が近づいてきて、俺の横に片膝を突いた。肩に手を置き、

「此度の事故については、本当に遺憾に思う。心から、お見舞い申し上げたい」

 俺は視線で頷いた。だが、次の言葉にはカチンときた。

「原因は調査するが、責任の所在に関わらず、治療費は当機構が負担する。ただ、その事を以って弊社が責任を認めたと解釈しないでもらいたい。これは安全のための行動であり、オーレンヘンド条約で認められた……」

 俺は、痛みを堪えて左手を動かし、執行官の手を払いのけ、にらみつけた。質量の殆どないアバターの手は軽く跳ねあげられ、風に揺らめいた。執行官の顔に驚きと、ついで怒りの表情が浮かぶ。

  次にこれを言ったら確実に怒る。そう分かった上で、俺はゴルノさんを睨めあげた。

 まだ呼吸する毎に肋骨が痛むが、ここは脳波入力の文字インタフェースでなく、自分の声で言いたい。頼む、言わせてくれ。俺の体。

「……なんなんだ、あんた?!」

「何?」

「少しは支店長の話を聞けよ! 同族だろうが!」

 その瞬間、冷静だったゴルノ執行官が、始めて大きく目を見開いた。

「……同族……だと?」

 牙を剥き出し、咆哮した。

「新米種族の分際で、我らを末期種族扱いするか!」

 え?

 その怒りは、俺の予想した方向と違っていた。執行官、ジルトル人だよな?

 執行官の姿で種族検索を掛ける。間違いない。ジルトル人だ。その結果に付随するデータにも急いで目を通す。ジルトル人の文明加盟は約九千年前。……あれ? 前に支店長が、3万年前にって……?

「うちの新人は勘違いをしてるだけだよ。こいつ、分かったと思い込んだ事は調べない癖があるんでね」

 支店長が低い声で言った。

(え?)

 俺の脳裏に、以前聞いた支店長の言葉が蘇る。

(この広大な星間文明とその歴史の中には、そっくりな種族が3つは居るっていうからな)


 そうか!

 俺が勘違いしたのは、執行官じゃなくて支店長の種族だったのか!

 改めて支店長の姿に認識検索を掛ける。

『ガダーダ第二惑星ゴラーナ人。三万四千年前に文明に加入。現在の人口は二五六三人、その殆どはタルナヴァ89スフィアのカルヴァルに居住。代表者:女王グルヴァ・ル・ゴラーグ』


 ……支店長が、女王?


 彼女は顔を上げ、執行官を睨みつけた。

「だがゴルノヴァ執行官、我らゴラーナを末期種族と言ったな。種族の代表者として正式に抗議させてもらう!」

 ゴルノ執政官の顔が強張った。しかし彼女に言葉を発する間を与えず、支店長は一気に畳み掛けた。

「これは、星間文明共同体協約八七条に反する種族的憎悪発言に当たる可能性がある。そのような思考の方が、今回のような小規模種族に対する執行官として人選されるのが適切か、機構に抗議を申し込む!

 これはあなたの属する組織及びあなた方の種族では代表的なご意見か、それぞれの責任ある地位の方にお伺いしたい!」

 俺は唾を飲み込んだ。視界の端で、実況の視聴者数が急増している。今この瞬間が、この攻防戦のターニングポイントになるかもしれない。

 すると、俺たちの横に、熊のような巨体のアバターが現れた。予告無しの事で、俺はかなりびびった。

「星海司法代理人協会のノードグラゼルです。ご無沙汰しております」

 その熊さんもといノードグラゼルさんは、丁重に挨拶をした。

「おう、おっさん、来てくれたか!」

 嬉しそうな支店長にたいして、ゴルノ執行官は迷惑そうな表情を浮かべる。

「あなた方司法代理人は、最終裁定が出て、この問題から手を引かれた筈ですが」

「確かに。法的にはジュウェセル社さんと機構の主張ももっともではありますからな。しかしながら、負傷者が出た上に種族的憎悪が絡んでくるとなると、別な問題が生じますな」

 執行官の顔がゆがみ、尻尾が小刻みに震える。

 そうこうしている間にも、様々な種族のアバターが次々と現れてくる。彼らは現場を遠巻きにして眺めたり、アバター同士で何やら離している。視聴者数も一万どころか十万人を軽く突破し、なおも急増し続けている。

 と、執行官の横に、新たな姿が現れた。執行官と同じジルトル人の男性だ(今度は検索を掛けたので間違いない)。アバターの脇には肩書きと名前が公開タグとして付加されていた。ジルトル民族共同体の広報官だった。

「我が種族は星間文明の良き一員たらんと行動してきた事は、皆さんご存知と思います。我らの文化に差別的な要素は無く、今回の発言は個人的なものであり、我が種族社会においても非難されるべきものである事を明言させていただきます」

 ゴルノ執政官は無表情で立ち尽くしている。

 広報官が消えるのと入れ替わりに、別のアバターが現れた。こちらは、公正執行機構の広報官。頭上の八枚の羽で浮遊するシュトルマ人だ。

「当機構においても、あらゆる種族に対する公平性はその拠って立つところであります。執行官の発言は当機構の原則と相容れないものであります」

 一息ついてあたりを見回し、

「しかしながら、この発言は執行官としての執務とは関係のないものだとご指摘させていただきます。この発言から当機構やジルトル人全体を非難されるべきではないと考えます」

 むう、こちらは粘るな。

「ゴルノ執行官はまだお若いが、その執行において平等性を各行動を取ったと指摘された事はありません。今回感情的な発言をしたことは当機構としても残念でありますが、適切な対応をされると思います。引き続きこの件を担当してもらうことになります。またこの発言の問題と、今回の執行の妥当性とは結びつかないことも併せてご指摘させていただきます」

 その言葉を請け、ゴルノヴァ執行官は一度目を閉じ、長く息を吐いた。

「先の私の発言は、感情的で不適切でした。ここに深くお詫びし、発言を撤回します」

 両腕を大きく開き、謝罪の意思を表した。

「了承しよう」

 支店長は尻尾を大きく振った。

「ご了解いただき、深く感謝します」

 広報官は姿を消した。

 だが、今や現場は数え切れないアバターで埋め尽くされていた。ゲートの向こうでファントリュー人に話しかける者、揚陸艇の入り口で引き抜かれたファントリュー人を励ます者、頭上にメッセージボードを出して執行に反対する者、賛成する者。現場は喧騒に包まれている。

 俺は、胸に何かがこみ上げているのを感じた。今までこの騒動を知らなかった、あるいは気にしていなかった人たちが、次々と関心を持ってくれている。俺たちのやったことが、無駄じゃなかったと実感した。

「皆さん!」

 ゴルノ執行官が足を前に踏み出した。

「分かって欲しい事があります!」

 彼女の声に、表情が、今までと違う。熱い思いがオーラのように全身から立ち昇ってきた。

「執行機構は、ただ加盟社の利益だけを擁護する組織ではないのです!今回の執行も、ファントリューの皆さん、やがて工事に当たる方々の安全、転居される方々、全ての利益を可能な限り高いレベルで守るためだという事を!」

 データリンクを提示して、

「データはこちらに開示してあります!ぜひご覧ください! これ以上、ここで危険を冒すわけには行かないのです!」

 本気をむき出しにした彼女のメッセージ。ネット上でもアバターの間でも、機構への支持は盛り返し始めている。

「いい顔になってきたな」

 つぶやいた支店長は、俺が楽なように姿勢を治させてから立ち上がり、声を高めた。

「分かってるさ。伊達に今まであんたと仕事をしてきたわけじゃねえ。あんたの根底には、きっちりとした理想がある。今度の事を善とか悪とか、単純化するつもりもねえ。同じ山の頂を目指す、幾つかの道の内の二つ、それだけだ」

 腰に手を当て、ニヤリとする。

「あたしが言う立場じゃないが、もう少し、詰めねえか。女王様との間で。後何年なら許容できるか。あんたの方程式に、彼らの未来という式をもう一つ付け加えて。それは一桁難易度が上がるだろうけどな。それだけの価値はあると思うぜ」

 支店長が、落とし所を提示した。周りのアバターたちからも、妥協に向けた期待の声が高まってきた。だが執行官は、口を閉じたまま、支店長を睨み付けている。

 それはそうだ。交渉は本来、執行官の役割じゃない。しかし、今から再び執行を再開すれば、今度は機構が大きく非難されるだろう。彼女は今、その板ばさみになっている筈だ。

 そこへ、背後から声が掛かった。

「管理人殿……」

 皆の視線が、そこへと向かう。

 ゲートに居並ぶファントリュー人、その列が割れ、中からフィールドぎりぎりの位置まで女王様が歩み出てきた。観衆から拍手喝采と、幾ばくかの非難が上がる。

「おお、女王様!」

 支店長は片頬を上げた。

「これからが本番だ。あんた達の存念を思い切り……」

「いえ」

 この女王様が、というよりこの種族の誰であれ、話を遮るところを始めて聞いた。この場が静まり返る。

「……もう……良いのです」

「?……何が?」

 支店長は目を瞬かせた。

「私たちは、新たな地へ参ります」

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