雨降って地固まる――3

 あれから三日が経った。


 昼休み。俺は自分の席で、スライムみたいにデロンと机に突っ伏していた。ここのところ、花咲さんとまともに話せていないからだ。


 話しかけてもよそよそしいし、すぐに切り上げて去ってしまう。


 いつもなら、昼休みがはじまると、昼食を一緒にとろうと目配せしてくるのだが、それすらせず、花咲さんはどこかに行ってしまった。


 明らかに、花咲さんは俺を避けている。


「はあ……」


 思わず溜息が漏れた。


 おそらく、先日の励ましが逆効果になった結果、花咲さんは俺を避けるようになったのだろう。あのとき、花咲さんは不機嫌になっていたし。


 原因はわかっている。しかし、どうして花咲さんが不機嫌になったのかわからないのが問題だった。


 あのとき俺は、純粋に花咲さんを励ましたいと考えていた。悪気なんて一切なかった。それでも、花咲さんを不快にさせてしまったのだ。


 だからこそ、仲直りしようと思ってもできない。


 不用意な発言をしたら、さらに花咲さんを怒らせてしまうかもしれないから。俺と花咲さんの仲が、修復不可能なくらい悪化してしまうかもしれないから。


 そんなことになったら、立ち直る自信がない。けれど、仲違なかたがいした状況が続いたら、俺たちの関係は自然消滅してしまうかもしれない。


 まさに八方塞がり。五里霧中だ。


「仲直りしたいのになあ……」


 呟いて、再び溜息をつく。


 そのとき、俺の肩がポンポンと叩かれた。


 もしかして、花咲さん!?


 ガバッと起き上がって振り返る。


「はーるくん♪ お昼、一緒に食べよ?」


 そこにいたのは花咲さんではなく、弁当箱が入っているとおぼしき袋を手にした、桃瀬だった。


 期待が落胆に変わり、俺は肩を落とす。


「なんだ、桃瀬か」

「ひどくない!? どうしてそんなに落ち込まれないといけないの!? 意味わかんないんだけど!?」

「ああ、ゴメンゴメン」


 プリプリと怒る桃瀬に雑に謝って、俺はまた机に突っ伏した。


 本当なら、もっと真心を込めて謝るべきなのだろう。自分の対応がひどいものであったことも理解している。


 けれど、あまりにも落ち込みすぎていたため、俺にはまともに謝る余裕さえなかった。


 愛想を尽かされてもおかしくない態度。


 それでも、桃瀬が俺を見放すことはなかった。


「……晴くん、もしかして、悩み事?」

「まあ、そんなとこ」

「だったらさ? あたしに話してみない?」

「桃瀬に?」


 それどころか、俺の力になろうとしてくれた。


 俺の前の席を借りた桃瀬が、元気づけようと思ってか、ニカッと笑いかけてくる。


「うまいアドバイスができるかはわからないけど、悩みを打ち明けるだけでも、少しは気が楽になると思うよ?」


 桃瀬の言い分はもっともだし、相談することで、解決策が見つかる可能性もゼロじゃない。


 それに、弱っている自分に手を貸そうとしてくれていること自体がありがたい。俺は桃瀬の言葉に甘えることにした。


「ありがとう、桃瀬。それじゃあ、聞いてくれる?」

「もち!」


 上体を起こす俺に、桃瀬が親指を立ててみせる。


 憂鬱さを吹き飛ばさんばかりの元気な仕草に笑みをこぼして、俺は話しはじめた。


「実は――」


 俺は桃瀬に事情を打ち明けた。


 相手を明かすのは流石にはばかられたので、花咲さんの名前は出さず、『友達と仲違いした話』として伝えた。もちろん、裏アカに関することは一切話していない。


「つまり、その友達が悩んでいるみたいだったから、晴くんは励ました。けれど、その励ましが逆効果だったのか、相手は不機嫌になってしまったんだね」

「ああ」

「それで、その友達から避けられているけど、不機嫌にさせた理由が不明だから、どう謝ればいいかもわからない、と」

「そういうこと」

「なるほどねぇ」


 桃瀬が頷いて、「うーん……」と腕組みした。


 しばらく考え込んで――桃瀬が再び口を開く。



「じゃあ、縁を切っちゃえばいいんじゃない?」

「…………は?」



 予想だにしなかったアドバイスに、俺は愕然がくぜんとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る