意外とヤキモチ焼き――4
超高校級の美少女である花咲さんと、大してパッとしない男である俺が、並んで廊下を歩く姿は大層興味を引くようで、すれ違う生徒たちは例外なく、チラチラとこちらをうかがってきた。
本来ならば居心地の悪い状況だったけれど、花咲さんの異変がもたらしたインパクトが強すぎて、俺には気にする暇がなかった。
教室での花咲さんは憤っていたようなので、俺は一体どんな目に遭うのだろう? と、ヒヤヒヤしていたのだが――
「火野くんとご飯♪ 火野くんとご飯♪」
校庭に植えられた広葉樹。その木陰にあるベンチに腰掛けた花咲さんは、大好物を前にした子供のようにご機嫌だった。教室にいたときのプレッシャーが魔王みたいなレベルだったので、ギャップのあまり風邪を引いてしまいそうだ。
とりあえず、取って食われるわけじゃないみたいだな。
俺はホッと胸を撫で下ろす。だが、解決していない疑問が、魚の小骨みたいに引っかかっていた。
こんなにもほんわかしているのに、さっきの花咲さんは、どうしてあんなにも高圧的だったんだろう?
これから花咲さんと付き合っていく過程で、また今日みたいなことがあるかもしれない。そのときに備えるために、そうなる前に阻止するために、ちゃんと原因を探っておいたほうがいいだろう。
掘り返すのは怖いけど、疑問を疑問のままにしておくほうが、もっと怖い。
勇気を出して、俺は口を開いた。
「花咲さん? どうして突然、俺をご飯に誘ったの?」
ひとまずは様子見の質問だ。この質問をきっかけに、少しずつ核心に迫っていくことにしよう。
パチパチとまばたきをした花咲さんは、開けようとしていた弁当箱を膝の上に置いて、隣に座っている俺のほうに向き直った。
「ねえ、火野くん? わたしと火野くんはとっても仲がいいよね」
「え? う、うん。そうだね」
「エッチなコンテンツについて語り合ったし、スカーレット先生の新作を一緒に買いにいったし、ネカフェの同じ個室で過ごしたし、わたしの恥ずかしい自撮りを見てもらっているし、誰にも言えない秘密を共有しているもんね」
「振り返ってみたら、メチャクチャ濃い関係だよね」
「そうだよね。わたしと火野くんはとっても仲良し。親友のなかの親友だよね」
互いの認識を照らし合わせた花咲さんが、「うんうん」と満足げに頷き――ビシッと俺に指を突きつけた。
「だからこそ! わたしを差し置いてほかの子とイチャイチャするのは、いけないと思います!」
「はいぃ!?」
思いも寄らない指摘に、俺はギョッとした。
眉をキッと立てて睨んでくる花咲さんに、慌てふためきつつ弁明する。
「イチャイチャなんてしてないよ!? そもそも、するひとがいないよ!?」
「してたもん! 嘘をつくなら、本当に針千本飲ませるよ!」
「死んでしまいますが!? ていうか、俺が、いつ、誰と――」
「昨日! 桃瀬さんと!」
俺の疑問にかぶせるように、プリプリと頬を膨らませながら花咲さんが叫んだ。
俺はハッとする。
昨日、桃瀬と昼食をとっていたときに、むくれるような声が聞こえた気がしたけど、あれは花咲さんのものだったのか!
だとしたら納得がいく。花咲さんは、俺と桃瀬が昼食をとっているところを覗いていた。そして、俺と桃瀬がじゃれ合っているのを見て、イチャついていると勘違いしてしまったのだ。
勘違いを正すべく、花咲さんに訴える。
「違うんだ、花咲さん! 俺と桃瀬はイチャついていたわけじゃない! そもそも、彼女はただの友達なんだ! 色恋が絡んだ関係じゃないんだよ!」
「ふーん。桃瀬さんのこと、美人って褒めてたのに?」
「あ、あれは感想を口にしただけで……」
「感想ってことは、火野くんは桃瀬さんを美人だと思ってるってことだよね? 魅力的だと思ってるってことだよね? 浮気したってことだよね?」
「最後のが極論過ぎる!」
とりつく島もないとはこのことか。花咲さんは聞く耳を持たず、ジトッとした目でこちらを睨んでいた。
参ったなあ。女性は怒らせると厄介だって聞いたことがあるけれど、ここまでとは思わなかった。どうやったら、花咲さんは機嫌を直してくれるだろう。
俺は頭を悩ませて――ふと思った。
待てよ? 俺と桃瀬の関係について苛立っているってことは……花咲さんは、ヤキモチを焼いてるってことか?
そう考えると説明がつく。高圧的だった原因は嫉妬からくる苛立ちで、俺を昼食に誘ったのは、桃瀬に負けたくなかったからなのだと。
理解すると同時、頬がカアッと熱を帯びた。
なんだよ、それ! 花咲さん、可愛すぎない? キュンキュンするんですけど?
あまりのいじらしさに胸が高鳴るなか、唇を尖らせた花咲さんが宣言する。
「わたしは火野くんと一番の仲良しでいたいの! ほかの誰にも負けたくないの!」
「だから!」と、花咲さんが小指を立てた。
「これからは、わたしと一緒にお昼を過ごすこと! ほかの子よりも優先すること! 約束だよ!」
約束もなにも、花咲さんはこちらの意見を聞いていない。いや、そもそも、聞くつもりすらないようだ。
一方的な強制。わがままが過ぎるし、ちょっと面倒くさいし、友情と呼ぶには重すぎる。
けど、嬉しいって思っちゃうんだよなあ。
しかたのないことだ。花咲さんみたいに可愛い子にヤキモチを焼かれたのだから。ヤキモチは好意の裏返しなのだから。
諦めの溜息をついて、苦笑しながら花咲さんと小指を絡める。
「わかった。約束する」
「破ったら針千本だからね?」
「あははは、了解」
花咲さんなら本当に針千本飲ませそうだなあ、と恐ろしいことを考えながら、それでも、俺の口元は笑みを描いていた。
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