ご奉仕メイドは男の夢――1

「お待たせしました。ブルーベリーのパンケーキとカフェラテです」


 注文されたメニューをお客さんのもとまで運んだ俺は、「ごゆっくり」と頭を下げる。


 土曜日の昼過ぎ。俺はある喫茶店でバイトしていた。


 なぜバイトしているのかと言えば、シンプルにお金が必要だからだ。


 エロコンテンツを愛する俺だが、好きなものはそれだけじゃない。マンガ、アニメ、ラノベ、ゲーム、VTuberなど、二次元系は大体好きだ。厳密には、VTuberは二次元じゃないけれど。


 オタクをしていると、どうしてもお金がかかる。マンガ、ラノベ、ゲームはもちろんのこと、アニメならBD-BOXが欲しいし、VTuberのグッズも集めたい。俺はエロコンテンツにも熱中しているので、とにかく出費がかさむ。


 ならばどうするか? 答えはひとつ。出ていくよりも多くのお金を稼ぐこと。


 幸い、青海の校則ではバイトが禁止されていない。そんなわけで、俺はバイトしているわけだ。


「ありがとうございます。またお越しください」


 レジで会計の対応をして、お客さんを見送る。


 ふぅ、と一息き、俺はテーブルの片付けに取りかかった。


「おつかれさま。本当によく働いてくれるよねぇ、晴くんは」

「そりゃあ、そうだよ、風香姉ふうかねえ。お給料をもらってるんだから、怠けることなんてできないって」

「しっかり者だねぇ。お姉ちゃん、感心しちゃうよぉ」


 皿を片付けてテーブルを拭く俺を、カウンターにいる女性がねぎらってくる。


 パーマがかけられたライトブラウンのロングヘアと、おっとりした印象を与える垂れ目が特徴的な、彼女の名前は火野風香。ここ『喫茶Hino』の店主、兼、オーナーであり、俺の親戚でもあるひとだ。


『姉』の呼称をつけているが、風香姉は俺の母さんの妹なので、縁故的には叔母にあたる。だが、『叔母』と呼ばれるのが耐えられないらしく、俺に『姉』呼びをさせているのだ。本人曰く、「アラサーにはね、いろいろと思うところがあるんだよぉ」とのこと。


 あのときの風香姉、遠い目をしていたなあ。


 思い返していると、当の本人(現在)が微笑みかけてきた。


「お客さんへの対応、随分とさまになってきたねぇ」

「まあ、働きはじめてから一年くらい経つしね。流石さすがに慣れてくるよ」

「それもあるけどさ? 晴くんが変わったのも要因だと思うんだよぉ」

「変わった? 俺が?」


 キョトンとしながら自分を指さす俺に、風香姉が頷きを見せる。


「気づいてない? 最近の晴くん、とっても明るくなったんだよぉ?」

「そう、かな?」

「うん。わたしのところにきたときには考えられないくらい、ねぇ」


 言いながら、風香姉が眉の下がった笑みを浮かべた。祝福と、安堵と、ほのかな憐憫れんびんが混じった微笑みを。


 その複雑な微笑みの理由は、ほかでもない俺にあった。


 彼女と同じく眉の下がった笑みを、風香姉に向ける。


「風香姉のおかげだよ。ここに来られなかったら、俺はもう、ダメだったかもしれないから」

「わたしがしたことなんて、たかが知れてる。晴くんがお礼を言うべきひとは、わたしじゃないよぉ」

「いや、本当に風香姉には……お礼を言うべきひと?」


 感謝を伝えようとしていた俺は、風香姉の謎の発言に眉をひそめた。


「え? そんなひと、いる?」

「隠さなくてもいいんだよぉ? お姉ちゃん、お見通しですから」


 風香姉はどこか面白がっているように見えた。その様子が、ますます俺を戸惑わせる。


 風香姉はなにが言いたいんだろう?


 首を傾げていると、それはそれは明るい顔で、風香姉が言った。



「できたんでしょ? カノジョ」

「…………はぇ?」



 いきなり投下された爆弾発言に、俺はポカンとしてしまった。


 脳がフリーズしてしまった俺にお構いなしに、風香姉が勝手に盛り上がる。


「あの晴くんをここまで明るくしてくれるなんて、愛の力ってすごいよねぇ。まさに青春。アオハルだよぉ」

「え? は? いや、カノジョなんてできてないけど?」


 ようやく脳が再起動した俺は否定するが、風香姉は、「またまたぁ。とぼけちゃってぇ」と聞く耳を持たない。


「最近の晴くんを見てればわかるよぉ。スマホを眺めながら赤くなったり、ニヤニヤしたりしてるじゃない? あれって、カノジョとLIMEライムしてるんでしょぉ?」


 俺は、ビクゥッ! と肩を跳ねさせた。


 風香姉の推察が図星だったから――ではない。赤くなったりニヤニヤしたりしていた原因が、俺のトップシークレットに関わることだったからだ。


「あ、あれは、カノジョとのLIMEじゃないよ」

「そうなのぉ? じゃあ、なに?」

「そ、それは……その……」


 口ごもる俺の様子に、風香姉がキョトンとしている。


 言えない……『みゃあ』さんのエロ自撮りを眺めていたなんて、口が裂けても言えない!


 風香姉を含めた俺の家族は、俺がエロコンテンツ好きのむっつりスケベであることを知らない。だから、真相を明かすわけにはいかないのだ。


 なら、どう誤魔化す? なにか打開策はないか?


「うーん……」とうなっていると、カランカラン、と来客を知らせるベルが鳴った。


 チャンス!


「お、お客さんがいらしたみたいだから、行ってくるよ!」

「ん? ……そうねぇ。この話はまた今度にしましょう」

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