変態的だけどワクワクがある関係です――3

 頭のすぐそばでけたたましい音が鳴っている。


 心地よいまどろみから、無理矢理俺を引き上げるアラーム音。自分で設定したから鳴っているわけだが、うるさくて敵わない。


「うぅ……ん……」


 ゴロンと寝返りを打ち、アラーム音から逃れるため、掛け布団で顔を覆う。


 推しである花咲さんと出会え、親しくなれた興奮で、昨日はなかなか寝付けなかったのだ。まだまだ眠気が残っている。


 頼むから寝かせてくれ、と本能が訴える一方で、起きないとダメだろう、と理性が注意してくる。


 寝坊しないように起こしてくれるひとも、朝食を用意してくれるひとも、いまの俺にはいないのだ。眠くても起きなければならない。


 本能との戦いをギリギリで制し、理性が俺の目を覚まさせた。


 上体を起こした俺は、大きなあくびをして、ベッドサイドにあるスマホを手にとり、アラームを解除する。


 しつこく残る眠気に打ち勝とうと、目元をグシグシと擦り――スマホのランプが点滅していることに気づいた。眠っているあいだに通知でもあったのだろうか?


「なんだろう?」


 確認してみると、画面の上部に、便箋びんせんを模したアイコンがあった。PostterにDMダイレクトメールが届いた証だ。


 アイコンをタップしてPostterを開く。DMの送り主は、親友にして、同志にして、神にして、推しである、『みゃあ』さんだった。


 朝食の準備からDMのチェックへと優先順位を変更。そこに迷いはなかった。この世界に、推し以上に大切なものなど存在しないのだから。


 画面をスクロールさせて、花咲さんからのメッセージを読む。


『今日はありがとう、火野くん。

 改めてお礼をしたくてDMを送りました。

 火野くんと仲良くなれて、いっぱい語り合えて、とっても楽しかったよ。

 裏アカ女子をやっていることを肯定してくれたのも嬉しかったな。

 火野くんとお近づきになれたんだから、もしかして、スマホを落としたのは不運じゃなくて幸運だったのかもしれないね。

 これからもよろしくね』


 思わず天を仰いでいた。


「おお……推しよ……」


 ラノベやマンガで推しと知り合いになる題材があるけれど、現実に起きたらこんなにも感動するものなのか。そりゃあ、題材に選ばれるわけだ。


 感極まりながら、返信を打つためにスマホをタップする――


「ん? まだある」


 直前、花咲さんのメッセージに先があることに気づいた。


『追伸:お礼なんていいって火野くんは言ってくれたけど、やっぱりなにかしてあげたかったから、こんなものを作ってみました』


 メッセージはそこで終わり、その下にリンクが張ってある。


 裏アカ女子がDMに張ったリンク。常識的に考えたら罠だ。絶対に開いてはいけない。


 しかし、昨日の語り合いを通じて、花咲さんが他人をおとしめるようなひとじゃないことはわかっている。


 だから俺は、ためらいなくリンクを開いた。


 俺は目をパチクリとさせる。


「……『みゃあ@ハレさん専用アカ』?」


 リンク先は同じくPostterのページで、ユーザー名は俺が呟いたそれになっていた。おそらく、『みゃあ』さんのサブアカなのだろう。


 となると、昨日、花咲さんが意味深に臭わせていたのは――


「このアカウントの作成だったのか」


 してやられた。


 自分だけに向けたアカウントを推しが作ってくれるなんて、宝くじ当選よりも遙かに嬉しいプレゼントだ。このことを花咲さんが秘密にしていたのは、俺にサプライズをしたかったからなのだろう。


 そのサブアカには鍵がかかっており、相互フォロー状態じゃないと見られないように設定されていた。


「どんな内容のアカウントかはわからないけど、俺の選択肢は決まってる」


 ワクワクしながら即フォロー。花咲さんがあらかじめ、こちらをフォローしてくれていたようで、すぐにタイムラインが表示された。


「――――っ!!」


 あれだけしつこかった眠気が一瞬で吹き飛んだ。


 無理もない。そこにポスタされていた自撮りが、あまりにも衝撃的なものだったのだから。


 ポスタされた時間は今朝。被写体は、もちろんだけど花咲さん。


 いつもは見切れているけれど、その自撮りではバッチリ顔が出されていた。きっと、俺専用のアカウントだからだろう。


 花咲さんが身につけているのは青海高校うちの制服だ。ただし、それらは大きく、そして淫らにはだけられていた。


 オレンジのカーディガンと白いセーラー服はともに開かれ、紺のプリーツスカートも花咲さんの手でめくり上げられている。


 それだけで充分すぎるほど扇情的だけど、さらされた下着は、興奮をさらに煽るものだった。


 上下ともにレース地の赤いランジェリーは、大部分が透け透けで、だけがギリギリ隠されている程度。いわゆるセクシーランジェリーだったのだ。


 俺に見られることを前提に撮っているためか、写真のなかの花咲さんは、顔をトマトみたいに赤くしていた。けれど、恥ずかしさと同じくらい欲情しているらしく、瞳が怪しく潤み、口元には妖艶な笑みが描かれている。


 興奮しすぎて頭が沸騰しそうだ。胸の鼓動は大丈夫かと思うくらい早く、大量のカプサイシンを注入されたみたいに全身が熱い。


 こんなものを見せられて、我慢できるはずがない。


 ベッドから飛び降りた俺は、デスクに置いてあるティッシュ箱を足早に取りにいく。


 急いで朝の支度したくをしなければ遅刻してしまうけど、そんな心配は、俺の頭から綺麗さっぱり抜け落ちていた。

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