変態的だけどワクワクがある関係です――1

「快楽堕ちのキモはさ? 『堕ちる前、どれだけ反抗的だったか』だと思うんだ」

「わかる! 反抗的であればあるほど、堕ちたときの興奮が増すよね! ツンデレキャラがツンツンしてればしてるほど、デレたときの破壊力が上がるみたいな感じ!」

「そうそう! それから、ヒロインが堕ちるまでの過程が俺は好きなんだよね! 絶対に屈しないって口では言いながらも、快楽を感じてしまっている自分に戸惑ったり、もっと気持ちよくなりたいって考えちゃったりするのがさ!」

「わたしも、そういうの大好き! 自分の欲望にあらがえず、憎いはずの敵を徐々に求めるようになっていくのとか、たまらないよ!」

「で、ヒロインが完堕ちしたときが至福の瞬間なんだよなあ」

「いいよねぇ。そこで種付け懇願こんがんしてくれたら完璧だよね!」

「ぐうわかる!」


 近くのファミレスに移動した俺たちは、花咲さんの提案通り、エロコンテンツについて熱く語り合っていた。


 内容が内容なだけに、周りにほかのお客さんがいたら、さぞかし変な目で見られたことだろう。時間帯的にお客さんが少なかったのは、本当に幸運だと思う。


 語り合ってわかったのだが――いや、なんとなく察しはついていたが、花咲さんも、俺と同じくエロコンテンツが好きだった。しかも、女性向けのものではなく男性向けのものが。だからこそ、花咲さん=『みゃあ』さんのエロ自撮りは、あそこまで男心をくすぐるのだろう。


 さらに驚くことに、俺と花咲さんの趣味嗜好しゅみしこうは、ほとんど一緒だった。好きなジャンル・好きなシチュエーション・それらに関する解釈まで、ピッタリ一致する。


 そのこともあって、ほとんど接点がなかったにもかかわらず、いまや俺と花咲さんは、長年の友人のように意気投合していた。スタートから一時間近く、ノンストップで語り合えるほどに。


「熱中しすぎたね。ちょっと休憩しようか」

「うん。語りすぎて暑くなっちゃった」


 ようやく一区切りがつき、俺と花咲さんはソファの背もたれに身を預けた。互いに苦笑して、ドリンクバーから持ってきたジュースで喉を潤す。


「「……ふぅ」」


 火照ほてった体に冷えた炭酸飲料が染みこんでいくようだ。


 一息ついたことで興奮が収まっていき――代わりに訪れたのは、緊張だった。


 ……冷静に考えたら、いまの状況ってとんでもないよな。異性のクラスメイトとエロコンテンツについて語り合ってるなんて。


 現状を意識したが最後、緊張はますます高まっていく。頬を汗が伝い、心臓がバクバクと音を立て、鎮まったはずの火照りが蘇ってくる。きっと、俺の顔は真っ赤になっていることだろう。


 花咲さんも俺と同じく我に返ったようで、ミルクホワイトの肌をリンゴ色に染め、モジモジとしている。


 き、気まずい! 早急に空気を変えなければ! 話題! なにか話題を振ろう!


「え、えっと……裏アカ女子をはじめた理由って、いても大丈夫?」

「う、うん! 大丈夫!」


 花咲さんも気まずい空気を変えたかったらしく、拒むことなく俺の話題に乗っかってくれた。


 ふたり揃って胸を撫で下ろしたのち、花咲さんが話しはじめる。


「わたし、昔からエッチなコンテンツが大好きだったんだけど、お父さんとお母さんがスッゴく厳しいひとでね? 普通のマンガを読んでるだけでも叱られちゃうくらいの家庭環境だったの」

「それだけ厳しいなら、エロコンテンツを見てるのがバレたら一大事だね」

「うん。想像しただけで恐ろしいよ」


 ブルッと体を震えさせて、「だから」と花咲さんが続ける。


「実家にいたころはお父さんとお母さんの目を盗まないといけなくて、ほとんどエッチなコンテンツに触れられなかったんだ」

「実家にいたころは?」

「わたし、いまはひとり暮らししてるの。『ひとり暮らしを経験しておいたほうが、しっかり者になれる』って、お父さんとお母さんを説得したんだ」

「そうなんだ」

「けど、それは建前。本当の目的は、エッチなコンテンツを好き放題楽しむことだったの」

「ご、ご両親が聞いたら卒倒しそうな動機だね」


 頬をひくつかせる俺に、「あ、あはは……」と花咲さんが苦笑した。


「そんなわけでひとり暮らしをはじめたんだけど、自由になったら、エッチなコンテンツに対する欲求に歯止めが利かなくて……」

「ゲームを禁止されて育ったら、大人になってから四六時中するようになった、みたいな話だね」

「そんな感じだと思う。それで、もっとエッチなものはないか? もっと興奮することはないか? って追及していって――」

「たどり着いたのが、エロ系裏アカ女子ってことか」

「うん。自分のエッチな姿でヌいてるひとがいるって想像したら、ひとり遊びがはかどってはかどって」

「お、おおう……なかなかの衝撃発言」


 頬を紅潮させた花咲さんが、ハァハァと荒い息遣いをしながら自分の体を抱きしめる。瞳にハートマークが浮かんでいるように見えるほどの陶酔具合だ。発言から推測するに、Mっ気があるのだろう。


 それにしても、花咲さんもひとり遊びをするのか。いや、俺と同じくむっつりスケベみたいだから、するに決まってるんだろうけど……本人の口から明かされるのは、ぶっちゃけ興奮するな。よし、今日のオカズは決まりだ。


 我ながら最低なことを考えていると、不意に花咲さんが眉を下げ、口元に笑みを作った。


「みんな、『しっかりしてるね』とか『おしとやかだね』とか言ってくれるけど……本当のわたしは、SNSにエッチな自撮りを載せちゃうような、悪い子なんだよね」


 自分の意志ではじめたのだけど、裏アカ女子をやっていることに、どうしても後ろめたさを覚えてしまうのだろう。花咲さんが浮かべている笑みは、自嘲のそれだ。


 影のある笑みを目にした俺は、ポリポリと頬をき、自分の考えを伝えるために口を開く。


「……たしかに、いい子とは呼べないかな」

「うう……」

「けど俺は、花咲さんが裏アカ女子でいてくれて嬉しいよ」


 俺の言葉に、花咲さんが目を丸くした。そんなことを言われるとは微塵も思っていなかったような表情だ。


 ポカンとしている花咲さんに、俺は微笑みかける。


「なにしろ、花咲さんは俺の推しなんだから。花咲さんが――『みゃあ』さんがアカウントを削除したら、少なくとも一ヶ月はなにも手に着かない自信があるよ」

「火野くん……」

「決して正しいとは言えないけれど、花咲さんは誰にも迷惑をかけてないでしょ? 裏アカ女子でいるのが好きなんでしょ? それなら、別にいいんじゃないかな」


 花咲さんは未成年だ。法に詳しくないから断言できないが、エロ自撮りをSNSに上げるのは、おそらく、なんらかの罪に問われる行為なのだと思う。


 俺の発言は褒められたものじゃない。むしろ、犯罪を助長する最低の発言だ。


 それでもいまは、道徳的・法的に正しいかどうかはどうでもよかった。ただ、花咲さんに落ち込んでほしくなかった。花咲さんを励ましたかった。


 顔を伏せ、花咲さんが黙り込む。まるで、俺の言葉を噛みしめているかのように。


 ややあって、花咲さんが顔を上げた。


「ありがとう、火野くん」


 そこには、ヒマワリみたいに晴れやかな笑顔が咲いていた。

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