ふたりだけの秘密って、なんかいい――3

 ウーパールーパーのぬいぐるみは五回目のチャレンジでゲットできた。


 すぐにとはいかなかったが、回数的にはそこまで多くない。あまりお金もかからなかったため、桃瀬からの文句はなかった。


「はい。取れたよ、桃瀬」

「うわぁ! ありがとう、晴くん!」


 筐体きょうたいからぬいぐるみを取り出すと、感激したのか、桃瀬が俺の腕に抱きついてきた。


 モニュン、と押しつけられる、ふたつの膨らみ。


 ドキンッ! と跳ね上がる、俺の心臓。


 も、桃瀬の胸が俺の腕に……女の子の胸って、こんなにも柔らかいものなのか!


 決して大きくはない桃瀬の胸だが、女の子慣れしていない俺にとっては圧倒的な存在感だ。フニフニと柔らかいくせに、プリプリとした張りもあるふたつの半球。それらが俺の腕に押し当てられて、まとわりつくようにひしゃげている。


 それに加え、俺よりもわずかに高く感じる体温や、シトラスみたいに爽やかな匂いまでもが、至近距離から伝わってくる。


 興奮しすぎて頭が茹だってしまいそうだ。


 たまらず、俺は桃瀬に訴えた。


「ももも桃瀬!? 離れたほうがいいんじゃないかな!?」

「どうして?」


 桃瀬が目をパチクリさせる。


 俺はしどろもどろと答えた。


「どうしてって……その、い、いろいろ、当たっちゃってると言いますか……」


 言っているうちに、自分の頬が熱を帯びるのを感じた。赤くなっているだろう顔を桃瀬に見られたくなくて、俺はそっぽを向く。


 胸が当たってることを指摘するの、気まずさが半端ない! けど、ここまで言えば離れてくれるよね! 桃瀬も恥ずかしいだろうし!


 そう考えていたが、甘かった。


 すぐに離れるだろうと思っていた桃瀬が、ニヤァ、とひどく愉快そうな笑みを浮かべる。


「ふーん。あたしのおっぱいが気になっちゃうんだー」

「も、桃瀬!?」

「そうだよねー。晴くんも男の子だもんねー」


 離れるどころか、桃瀬はますます体を密着させてきた。


 俺はギョッとする。


「ななななにしてるの!?」

「へっへっへー。せっかくだし、いっぱい堪能しときなよ」

「自分がなに言ってるか、わかってる!?」

「照れなくていいって。ぬいぐるみ取ってくれたお礼だよ」


 流石に恥ずかしいのか赤面してはいるけれど、桃瀬は俺の腕をマッサージするみたいに、ムニムニと胸を押しつけてきた。


 全力疾走したみたいに心臓が暴れ、全身が熱を帯びている。腕から伝わる幸せな感触と、女の子特有の甘酸っぱい匂いに、頭がクラクラしている。


 もはや、理性は崩壊寸前。


「ダメだって!」

「ひゃっ!?」


 それでも俺は欲望に打ち勝って、力尽くで桃瀬を引き剥がした。


「こういうことを男にしたらダメだよ、桃瀬! 変な勘違いをするやつだっているだろうし、そうなったら桃瀬が危ないんだよ!?」


 驚いている桃瀬に、真剣な顔で忠告する。


 桃瀬は目をパチパチとさせて、


「それなら大丈夫だよ」


 いつものおちゃらけた態度が嘘みたいに、静かに微笑んだ。



「こういうことするの、晴くんにだけだから」

「……え?」



 思わず言葉を失った。


 先ほどのように激しくはないけれど、先ほどよりも強く鼓動を感じる。


 い、いまの発言……まさか、桃瀬は俺のことを……。


 なにも口にできず、ただ呆然としながら、桃瀬を見つめる。


 俺を見つめ返し、桃瀬が笑みを濃くした。


「あたしに手を出す度胸なんて、晴くんにはないもんね♪」

もてあそばれた俺の純情!」


 最悪のどんでん返しだった。ショックのあまり、崩れ落ちてしまいそうだ。


 天を仰ぎ、頭を抱える。


 こ、この小悪魔め! 危うく勘違いするとこだったじゃないか!


 深く深く息をついて、桃瀬にジト目を向ける。


「からかうにしても、やっていいことと悪いことがあるんじゃない?」

「ゴメンゴメン。アタフタする晴くんが可愛くてさ」

「勘弁してくれよ」


 肩を落とし、両腕をダランとさせた。


 もう一度嘆息たんそくして、待たせている花咲さんのほうへ振り返る。


「待たせちゃってゴメン、花咲さ――」


 言いかけて、俺はギョッとした。


「むうぅぅ……っ!」


 花咲さんの頬が、炙りすぎた餅みたいにパンパンに膨らんでいたからだ。


 花咲さんの苛立ちように、桃瀬も目を丸くする。


「ゴ、ゴメンね、花咲さん! ほったらかしにしちゃって!」

「う、ううん。気にしないで」


 謝る桃瀬に、花咲さんが笑みを見せる。しかし、その笑みは強張こわばっていて、明らかに取りつくろったものだった。


「ホントにゴメン! ここからは、一緒に楽しめるゲームを真面目に探すから!」


 手を合わせて平謝りする桃瀬。


 しかし、花咲さんの機嫌が直ることはないだろう。花咲さんが怒っている理由は、ほったらかしにされたからではないだろうし。


 ばつが悪くて、俺は眉根を寄せる。


 ヤキモチ焼きの花咲さんのことだ。きっと、俺と桃瀬がじゃれ合っているのを見て、腹を立ててしまったんだろう。


「悪いことをしたなあ」


 ボソリと呟き、頬をく。


 この先、何事もなければいいんだけど……。

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