雨降って地固まる――5

 花咲さんを探して、俺は校内を走り回る。


 普通に考えれば、昼休みが終われば会えるのだから、待っていればそれでいい。それでも俺は、花咲さんを探すほうを選択した。


 早く仲直りしたいから。一分一秒でも、仲違いしていたくなかったから。


 しばらく走っていると、ようやく、廊下を歩く花咲さんの後ろ姿を見つけた。


「花咲さん!」

「っ! 火野くん!?」


 俺の呼びかけに、花咲さんが振り返る。


 走ってくる俺の姿に目を丸くした花咲さんは、唇をキュッと引き結び、逃げるように走り出した。


 やっぱり避けられてる!


 わかっていたけれど、ここまであからさまに避けられるのは流石にショックだ。正直、ヘコむ。


 それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。


 歯を食いしばって切なさをこらえ、俺は花咲さんを追い掛ける。


 追い掛けてくる俺を見て、花咲さんがギョッとした。


「ど、どうして追い掛けてくるの!?」

「花咲さんが逃げるからだよ!」


 俺は男性で花咲さんは女性。身体能力は俺のほうが上だ。


 しかし、ここまで走り回って疲れていたため、なかなか花咲さんに追いつけない。


 乳酸だらけの両脚は重く、酷使した肺は悲鳴を上げ、酸素不足で脳がまともに働かない。


 けれど、決して脚を止めない。心に火を灯し、気合で追い掛ける。


 追いかけっこする俺と花咲さんを、すれ違う生徒たちが興味深げに眺めてくる。きっと後日、俺と花咲さんの関係を憶測する、様々な噂が飛び交うだろう。


 構わない。花咲さんと仲直りするよりも、大事なことなんてないのだから。


 追いかけっこは続き、渡り廊下にさしかかった。


「待って、花咲さん! 話がしたいんだ!」

「わたしはしたくない!」


 叫ぶ俺に叫び返し、花咲さんはなおも逃げる。


 昇降口まで来た花咲さんは、内履きのまま外に飛び出した。履き替える余裕も、そのつもりもないようだ。それだけ、俺から逃げたいということだろう。


 けど、意地を張るなら俺だって負けない。花咲さん同様、内履きのまま追い掛ける。


 いつまでも追い掛けてくる俺に、花咲さんが振り返る。いまにも泣き出しそうな顔をしながら。


「いつまで追い掛けてくるの!? いい加減、諦めてよ!」

「嫌だ! 絶対に諦めない!」

「どうして!?」


 そんなの決まってる。


 俺は声を張り上げた。


「花咲さんと仲直りしたいからだよ!」

「――――っ!」


 花咲さんが目を見開いた。


 これ以上、仲違いしているなんて、まっぴらごめんだ。


 花咲さんと、また語り合いたい。


 花咲さんと、またお昼を食べたい。


 花咲さんと、またお出かけしたい。


 また喫茶Hinoに来てほしいし、花咲さんのバイト先のメイド喫茶にも、またお邪魔したい。


 まだしていないこともやりたいし、これからもふたりで笑っていたい。


 花咲さんとやりたいことは、山のようにあるのだ。


 花咲さんがいないと、俺はもう、ダメなのだ。


 それに、花咲さんといるときに不意に感じる、嬉しさと切なさを伴ってやってくる胸の痛み。あれがなんなのかはわからないけれど、とても大切なもののような気がする。あの痛みの正体も知らないといけない。


 だから、諦めない。


 だから、仲直りする。


 叫ぶように、花咲さんに告げる。



「俺にとって、花咲さんは特別なんだ! このまま終わるなんて嫌なんだよ!」



 花咲さんが息をのむ気配がした。


 花咲さんの走る速度が緩む。


 いまだ! いましかない!


 俺は必死で手を伸ばした。


 届いてくれ!


 俺と花咲さんの距離が縮まっていき――俺の手が、花咲さんの腕をつかんだ。ようやく、届いた。


 俺と花咲さんの脚がゆっくりと速度を落とし、ついに立ち止まる。


 吹き行く風と、ふたりの息遣いだけが聞こえていた。


「……手」

「え?」

「手、痛い」


 花咲さんが、静かに訴えてくる。


 必死になりすぎるあまり、花咲さんの腕をつかむ手に力を込めすぎていたみたいだ。


「ゴ、ゴメン! いま――」

「ダメ」


 慌てて手を離そうとすると、すがり付くような声で花咲さんが制止してきた。


「離さないで。離したら、嫌」

「……うん。絶対に離さないよ」


 離そうとしていた手で、花咲さんの腕を改めてつかんだ。


 優しく、けれど、しっかりと。


 決して離さないと伝えるように。


 そばにいると伝えるように。

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