雨降って地固まる――2

 翌朝。登校した俺が教室に入ると、すでに花咲さんが席に着いていた。


 花咲さんは物憂ものうげな表情をしている。そのことに気を遣っているのか、花咲さんの周りにクラスメイトはいなかった。


 ちょうどいい。花咲さんに困っていることがないか、確認してみよう。


「うん」と頷き、俺は花咲さんのもとに向かった。


「おはよう、花咲さん」

「…………」


 まずは挨拶から入ってみたが、返事はない。心ここにあらずといった感じで、花咲さんはボーッとしている。


「花咲さん?」

「えっ? あ! お、おはよう、火野くん!」


 もう一度呼びかけると、ようやく花咲さんはこちらに気づき、アタフタしながら挨拶を返してきた。


 やっぱり様子がおかしい。本当に、なにかあったのかもしれない。


 眉をひそめ、俺は花咲さんに尋ねる。


「ねえ、花咲さん? もしかして、なにか心配事とかがあったりする?」

「ど、どうして?」


 どこか狼狽うろたえた様子の花咲さん。


 ここから先の話はほかのひとに聞かれるわけにはいかないので、俺は彼女の耳元に口を寄せた。


(本アカのほうに、ここ五日間、ポスタしてないでしょ? だから気になって)


 小声で言うと、花咲さんがピクリと身じろいだ。


 どうやら、俺の予感はあたっていたらしい。本アカのほうにポスタがなかったのは、花咲さんが、なんらかの問題を抱えているためなのだ。


 だとしたら、俺がやるべきことはひとつ。


(もし困っているんだったら、俺を頼ってもらえないかな? 花咲さんの力になりたいんだよ)


 昨晩決意したとおり、俺はそう伝えた。


 花咲さんからの返事はない。押し黙ったまま、迷うように、ためらうように、口を開いては閉じてを繰り返している。


 辛抱強く、花咲さんの答えを待つ。


 やがて、花咲さんがこちらを向き、口を開いた。


(火野くんは、わたしが裏アカ女子をしていること、どう思う?)


 琥珀色の瞳が不安げに揺れている。


 俺は推察した。


 なるほど。花咲さんは、裏アカ女子をしていることに後ろめたさを感じているのか。


 そう感じたきっかけはわからないけれど、花咲さんの悩みに対して、どう励ませばいいかはわかっている。


(前にも言ったと思うけど、花咲さんは誰にも迷惑をかけていないし、裏アカ女子でいることが好きなんでしょ? 俺としても、花咲さんが裏アカ女子でいてくれるのは嬉しいし、いまのままでいいんじゃないかな?)


 微笑みを浮かべながら、花咲さんに助言する。


 しかし、その励ましが適切ではなかったのか、花咲さんはムッと唇を尖らせた。


(そういう意味でいたんじゃなくて……)

(え? じゃ、じゃあ、どういう意味?)

(……なんでもない)


 そう言ったが最後、花咲さんは、ふいと顔を背けてしまった。どうしてかはわからないけれど、俺は花咲さんの機嫌を損ねてしまったらしい。


 花咲さんの力になれなかったことと、それどころか機嫌を損ねさせてしまったことが、不甲斐ふがいなくて、情けなくて、もどかしくて、悔しかった。


 うなだれて、俺は唇を噛んだ。

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