リア充っぽいけれど、やってることはむっつりスケベ――1

 花咲さんと仲良くなってから数日が経った。


 以前よりは会話するようになったけど、表向きは知り合い程度の接触頻度に留めている。アイドル的な人気を誇る花咲さんと、目立たない存在である俺が、いきなり親密になったら、周囲から好奇の目を向けられるだろうからだ。


 まあ、実際は親友同士で、しかも、エロ自撮りを見る・見せるっていう、親密どころじゃない関係なんだけどさ。


 授業中、花咲さんのほうを横目で見ながら、ぼんやりとそんなことを考える。


 学校一の美少女である花咲さんの、本当の姿を知っているのは俺だけ……なんだか優越感がスゴいな。


 幸運すぎる現状に頬を緩め、ノートに視線を戻そうとして――止めた。


 なにかに気づいたかのように、花咲さんが「!」と肩を揺らしたからだ。


 どうかしたのかな?


 俺が眺めるなか、花咲さんがスカートのポケットに手を入れる。取り出されたのはスマホだった。多分、通知でも届いたのだろう。


 花咲さんがスマホを確認して――目をまん丸に見開いた。


 続け様、花咲さんの顔が輝く。喜色満面とはこのことか。マンガだったら、背後に『パアッ』という効果音が描かれるほどの笑顔だ。


 よっぽど嬉しいことがあったんだろうなあ、と予想していると、花咲さんがいそいそとメモ帳を取り出して、さらさらとペンを走らせ、ペリペリとメモを切り取り、パタパタと折りたたんで――


「火野くん、火野くん」

「へ?」


 俺に差し出してきた。


 授業中の文通。学校生活をしていればよくあることなのだろうけど、俺にとってははじめての経験だ。


 戸惑う俺に、「ん!」と手紙をさらに突き出してくる花咲さん。『早く読んで!』という思いがヒシヒシと伝わってくる。


 ドギマギしながら手紙を受け取り、なかに書かれているメッセージを読む。


『スカーレット先生のサイン入り新作が、りゅうのほらの店舗で限定販売されるんだって!』

「なん……だと……?」


 驚愕きょうがくのあまり、手紙を持つ手が震えた。


『スカーレット先生』とは、エロ同人界において神と称されるほどの大作家だ。俺が生まれる前から活動しているベテラン中のベテランで、発表される新作は、必ずと言っていいほど通販サイトの上位にランクインする。


 そんなスカーレット先生のサイン本が手に入る大チャンス。これを喜ばずしてどうしろというのか? 花咲さんが満面の笑みを浮かべていたのも納得できる。


 だが、しかし。


「リアル書店か……」


 たったひとつの、それでいて致命的な問題が、そこだった。


 サイン本が販売されるのは実店舗のみ。だが、俺も花咲さんも一六歳。当然ながら、購入するのは至難のわざ


 サイン本は喉から手が出るほどほしいけど、あまりにもリスクが大きすぎる。書店員に未成年だとバレたらおしまいだ。


「くぅ……っ」と涙をのみ、ノートの切れ端に花咲さんへの返信を書く。


『メチャクチャほしいけど、店舗限定なのが悔しいね』


 手紙を折りたたみ、花咲さんに声をかけた。


「花咲さん」

「うん」


 手紙を受け取る花咲さん。


 俺の返信を読んだ花咲さんは、きっと顔を曇らせてしまうだろう。落ち込んでしまうだろう。親友として、同志として、胸が痛い。


 だが、花咲さんの反応は、俺の予想と大きく違っていた。こちらに顔を向けて、グッと両の拳を握ってみせたのだ。まるで、『大丈夫!』と励ますように。


 花咲さんの考えがわからず、俺は眉をひそめる。


 そんな俺に、花咲さんが新たな手紙を渡してきた。


『大丈夫だよ! わたし、年齢確認をしていない店舗を知ってるから!』

「なん……だと……?」


 再びの驚愕。


 どうやってそんな情報を手に入れたのかはわからないけれど、年齢確認をしていない店舗があるのなら、俺たちでもサイン本を手に入れることが可能だ。


 暗闇に差し込む一筋の光。


 すぐさま、花咲さんに返事を書く。


『本当!? できれば、俺にも教えてくれないかな!?』


 花咲さんからの返事も、すぐに来た。


『もちろん構わないよ! どうせなら、一緒に買いに行かない? 今日の放課後とかどうかな?』


 放課後の予定はない。そして、誘ってくれたのが花咲さんとあれば、俺の答えはひとつだけ。


『ありがとう! 放課後で大丈夫!』

『うん! じゃあ、一緒に行こうね!』


 ニコリと笑みを交わし、俺たちは授業に戻った。スカーレット先生のサイン本に思いをはせながら。

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