リア充っぽいけれど、やってることはむっつりスケベ――4

 レジカウンターまで移動した俺たちは、ワクワクしながら店員さんに尋ねた。


「スカーレット先生のサイン本がほしいんですけど、ありますか?」

「はい。ありますよ」

「やったね、火野くん!」


 目的のサイン本を、もなく手に入れられるのが嬉しいのだろう。花咲さんの瞳がキラキラときらめいている。かくいう俺も、テンションがぶち上がっていた。周りに誰もいなかったら小躍りしていたと思う。


 だが、俺たちの喜びは長くは続かなかった。


「それでは、こちらを引いてください」

「「……はぇ?」」


 店員さんが、俺たちに箱を差し出してきたからだ。両手で持てるサイズの箱には丸い穴が空いており、三角に折られた紙がいくつも入っている。


 俺は察した。


「もしかして、サイン本を買えるかどうかはクジで決まるんですか?」

「はい。あのスカーレット先生のサイン本となれば、たくさんの方が求められるでしょうからね」


 たしかに店員さんの言うとおりだ。スカーレット先生のサイン本がほしいひとは、きっと山ほどいる。対して、サイン本の数には限りがあるだろう。


 先着順に販売した場合、サイン本=目玉商品がすぐに売り切れることになる。店側は、それを危惧して抽選形式をとったわけだ。


 店側の考えは理解できるけど、俺たちにとっては想定外も想定外だった。サイン本が手に入るかどうかは運次第になってしまったのだから。


「ど、どうしよう、火野くん」

「どうするもなにも、挑戦するしかないよ」


 オロオロする花咲さんをなだめる俺も、内心では焦っていた。だが、ここで逃げたらサイン本は手に入らない。


 不安だけど、クジを引くしかないんだ!


 俺は覚悟を決めた。


「俺から引いていい?」

「う、うん」


 クジ引きに挑もうとするなか、花咲さんが指を組み、「当たりますように!」と祈りはじめる。ありがたい限りだ。


 すー、はー、と深呼吸して緊張を鎮め、クジの箱に手を入れた。


 神さま、仏さま! 俗すぎるお願いですが、どうか叶えてください!


 念じながら箱を探り、自分の直感を信じてクジを引く。


「これだっ!」


 引いたクジをドキドキしながら開けて――記されていたのは『アタリ』の文字。


「よっしゃあぁああああっ!」

「スゴい! やったね、火野くん!」


 たまらずガッツポーズをとると、花咲さんが我がことのように喜んでくれた。


 店員さんにクジを見せ、念願のサイン本を購入する。


 スカーレット先生のサイン本がついにこの手に……ありがとう、神さま!


 サイン本を片手に感動に浸る。感涙しそうになっていると、花咲さんが神妙な面持ちで頼んできた。


「……ねえ、火野くん。手を出してもらっていい?」

「ん? もちろんいいよ」


 幸せの絶頂にいる俺は、二つ返事で手を差し出す。


 花咲さんの次の行動は、予想だにしないものだった。差し出された俺の手を、両手でギュッと握ってきたのだ。


 驚きのあまり、俺は目を白黒させる。


「は、花咲さん!? なにしてるの!?」

「アタリを引き当てた火野くんに、あやかりたいんだよ」


 アタフタする俺をよそに、花咲さんが祈りを捧げるようにまぶたを伏せた。


 花咲さんの目的は、俺の幸運にあやかること。それ以外の意図はないはずだ。


 しかし、俺は気が気じゃなかった。花咲さんの感触が、温もりが、包まれた手から伝わってくるのだから、しかたない。


 女の子の肌って、こんなにも柔らかくてツヤツヤなのか……いつまでも触れていたいって思っちゃうよ。


 心臓がうるさいほどに鳴っている。体温が急上昇している。手汗がにじんでないか心配だ。


 きっと、『なにしてんだ、このバカップルは』とか思ってるんだろうなあ、店員さん。


 現実逃避にそんなことを考えていると、ようやく俺の手は解放された。ぶっちゃけ、少し名残惜しい。


「よし! チャージ完了!」


 両手をグッと握り、「むんっ!」と気合を入れる花咲さん。


 先ほど花咲さんがしてくれたように、俺も指組みをして、アタリが引けるように祈った。


 どうか花咲さんにも幸運を……!


 俺が祈るなか、花咲さんがクジを引く。開かれたクジに記されていたのは――『ハズレ』の文字。


「ふぐぅううううううううううっ!!」

「花咲さぁ――――んっ!!」


 まるで悲劇のワンシーンみたいに、花咲さんが崩れ落ちた。


「スカーレット先生のサイン本が……サイン本がぁ……っ」


 琥珀色の瞳に涙を滲ませて、花咲さんが、スンッ、と鼻をすする。


 絶望の底に落とされた花咲さんの姿に、ズキンッ! と胸が痛んだ。


 花咲さんに落ち込んでほしくない。けれど、俺にできることはない。


 ……いや、あるにはある。けど、その方法をとったら、俺はサイン本を……。


 手にしているサイン本に目を落とす。スカーレット先生は大御所だ。そのサイン本が手に入るチャンスなんて、滅多めったにない。


 それでも、ここで花咲さんを励まさないと、きっと俺は後悔する。


 迷いを振り払い、涙ぐんでいる花咲さんにサイン本を差し出した。


「泣かないで、花咲さん。俺のを譲るから」

「え?」


 なにを言われたのかわからないように、花咲さんがポカンとする。


 少し間を置いてから、ようやく頭が追いついたらしく、花咲さんが口元をアワアワさせながら両手を振った。


「ダ、ダメだよ、火野くん! そのサイン本は火野くんが勝ち取ったものだし……それに、もう二度と手に入らないかもしれないんだよ!?」

「わかってる。だけど、ほら。花咲さんはいつも、これ以上に素晴らしいものを俺にくれているでしょ? その恩返しだよ」

「けど……っ!」

「親友が悲しんでいるのに、なにもしないなんてできない。それに、俺は男なんだしさ。かっこつけさせてよ」


 もちろん、俺の言動は嘘だ。やせ我慢だ。サイン本を手放すのは辛すぎる。


 それでも構わない。花咲さんが悲しんでいるほうが嫌だから。


 名残惜しさが表情に出ないよう必死に努め、改めて花咲さんにサイン本を差し出す。


 サイン本と俺の顔とに交互に目をやり、花咲さんが、怖ず怖ずとサイン本を受け取った。


『本当にいいの?』と言いたげに上目遣いしてくる花咲さんに、『大丈夫。気に病まないで』という思いを込めて頷く。


 花咲さんが涙をグシグシと拭い、受け取ったサイン本を胸に抱いた。


「ありがとう、火野くん! わたし、大切にするね!」


 抱いているのがエロ同人誌なのがなんとも残念だったが、笑顔を浮かべる花咲さんは、絵になるほど美しかった。

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