剣鬼(1)
「......え?」
全身を己の血と化け物の返り血で濡らした青年が目を丸くしている。その原因は、
「俺と戦え、いいだろ? 俺も強いヤツと戦いたくてな」
この男にあった。男は手に刀を持っていた。その刀でトントンと肩を叩き、無精髭の生えた片頬を歪ませて笑っている。
彼は和服を着ていた。正しくは、日本の戦国武将を思わせる甲冑だ。兜と胴は身に付けておらず、肩と下半身のみにその薄い装甲をまとい、前開きの襦袢はやけにブカブカで、その奥に鍛え抜かれた筋肉に覆われた上半身があった。その身体は、刀傷や擦過傷や中には火傷痕のようなモノまで隙間無く埋められており、否が応でも見る者を萎縮させる。当然......その青年ですらも。
男は自身で一刀に斬り伏せた触手頭を踏み越え、上機嫌で青年に近づいていき、立ち止まった。およそ二人の距離は男の持つ刀の間合いと一緒だった。
「武者修行してたのは一緒だろ? 立ち合え、俺は強いぞ」
「いや、あの......あ、僕は」
青年は顔を伏せたまま、汚れた手を意味も無く胸元まで上げる。”戦闘の意志が無い”事を表明しようと無意識に出た行動だったが、しかし運の悪い事に男にはそれが”構え”として見え――
「――話が早い。いざ尋常に......ん? 何だ?」
青年が掌を突き出した事に、男は首を傾げる。
「あっ、あの......ソレ......」
青年が指差す先、それは男の持った刀。青年はただただその白刃の煌めきに恐怖しただけだった。
(刀......この人なんで刀......て言うか立ち合いって......)
(あぁ! 俺だけ武器を持ってるのが不公平って言いたいのか?)
しかし不幸な事に両者の考えは食い違い、
「徒手空拳が好みか? 生憎俺はそっちはそれなりでな。悪いがコレでいかせてもらうぞ」
「あっ、あう、あの」
青年が言い淀んでいるうちに、男はその雑に纏めただけの長い髪を振り乱し、刀を構え、
「いざ......」
「あっ、だから、ちがっ、違――」
青年が言い終わるより先に、剣撃一閃。男は青年を、彼がもたれ掛かる背後の木ごと――斬り倒した。
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