異世界の住人(2)

 その日、僕はこの世界に来て以来の身体の軽さを感じていた。歯茎からの出血も止まっており、身体の痛みを随分と和らいでいた。


 「あの、アマノさん」


 「何だ?」


 「四天の村って言いましたけど、どのくらい掛かるんですか?」


 先を歩くアマノさんはチッチッと小馬鹿にすると言うにはやけに腹立つ顔で指を振る。


 「お前そんな事も知らねーの? 空見りゃ分かんじゃん」


 その指でそのまま空を指す。いつも通りの魔方陣だが......。


 「え? お前......と言うかお前の世界、どうやって暮らしてんの? 文明レベル猿? だから虫食ってんの?」


 「いや、あの、言葉が過ぎません? 地図とかっすけど......」


 僕の言葉に余計顔を歪めて「ハァ?」と答えるアマノさん。


 「だから、空見ろって! 空が地図だろ」


 そう言われて僕はよく目を凝らして空を見る。幾何学の魔方陣が数多に空に浮いている。僕は空を見ていると「天頂の少し北側だ」とアドバイスしてくれたが、北が分からず、


 「......北ってどっちっすか?」


 「おいおい、マジかよ。どうやって生きてきたんだ......」


 アマノさんが頭を空を仰ぐ。僕は申し訳なくなり少し小さくなる、するとズカズカ歩み寄って僕の頭を両手で挟み込むと、


 「はいコッチ北! 東! 南! 西! もっかいやるか!?」


 頭ごと身体をグルグル回され、方角を教えてもらう。少し痛い。


 「あの、太陽が上がるのは......」


 「東から西に決まってんじゃねーか!」


 「僕の世界と同じなんですけど、何で一緒なんです?」


 「知らねェよ! 真似っこすんな!! で、この方向のあの魔方陣、分かるか? ピンク色の四角が丸を囲ってるヤツ!!」 


 ......確かにある。ウンウンと首を振ると、


 「いいか? よく見とけよ、あの四角の角が東西南北、そんで丸の真ん中がな――」


 アマノさんが僕ごとその場でグルグル動き出した。


 「オラ、見えるか? 円の中の矢印が動いてっだろ!? アレがお前、アレ、人によって違うもんが見えんだよ、そんで円のアチコチに色んなマークがあるだろ? アレが村とか町とかにあるクリスタルを映してんだ、だからここから一番近いあそこのマークに向かって歩けば村に着くの! はな垂れのガキでも知ってんの!! お分かり?」


 知らなかった。僕がアレだけ迷ってた時間は何だったのか。そう言えば――


 「あの、アマノさん。じゃああの山のとこの城みたいな神殿みたいなのは何なんですか?」


 前からの疑問、僕が暫定的に向かおうとしていた目的地。正解だったのか知りたかった。


 「あーー、あれ? アレ廃墟。昔は人が住んでたんだけど、今はモンスターしかいねェぞ」


 不正解だった。行かなくて良かった。僕は本当に運が良かった、アマノさんに逢えていなかったらと思うとゾッとする。


 「て言うかなんですけど、モンスターって普通にいるんですね。話したり出来ないんですか?」


 「いるだろ普通に。いねぇのヨシュアの世界では? 人間だけしかいないんか?」


 「モンスターはいないですけど動物は......。ってかヨシュアじゃなくて良明なんですけど」


 「いるじゃん。モンスターと動物って何が違うの? いいじゃん、なんか今さら変えるの恥ずかしいし」


 「いや、僕が恥ずかしいんですけど......ヨシュアって。まぁいいですけど。あと、あの、動物とモンスターは分からないです」


 「動物は話すの? 動物ってアレ、犬とか猫とかいんの? いねェか」


 「います、可愛いです」


 「いんの!? 何で!? お前ほんとに異世界から来たのかよ!?」


 「異世界から来てないと虫なんて食わないですよ!」


 「虫は趣味だろ? 何味?」


 「虫はマジで土味と何か臭みがあります、もう食べないんで良いです」


 「そんな事言うなよー、俺生まれて初めて虫食ってる人見たもん、興奮した! 木の上から見ててずーっと虫食ってあのきったねェドブの水とか飲んでんの見て、込み上げるモノがあった! さすがの修行中の俺でも虫は食わなかったわ」


 「修行なんてやってる人、僕も初めて見ました」


 「お前......けっこう生意気だな?」


 そんな何気ない会話が楽しかった。会話を続けながら互いの世界の齟齬を擦り合わせていくと、僕たちの世界は基本的にそこまで変わらない事が分かった。ただ魔法が発達しているような節がある事と、”僕の使う言語”がそのまま通じるという事は文化的な共通点が多いという事だ。まだまだ聞きたい事がたくさんあったが、そうこうしているうちに、僕たちはあっさりと森を抜けてしまった。あんなに僕があちこち二週間も過ごしていたのに、文明というのはこんなにも人を安全に何処かに運んでしまうとは。


 「――――ほら、俺らの世界へようこそ。どんな気持ちだ?」


 森を抜けると、目の前に広がっていたのは果てがなく広がるような空と空、そして遠くに見える薄く白い石畳の道、その果てに見える木造の建物群――あれが......。


 「四天の村、だ。知ってるか? 彼処にゃ俺の友達がいるからちょっと会いに行こうぜ。俺も帰るの一ヶ月ぶりくらいだから絶対歓迎してくれるぜ!!」


 




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