異世界の住人(1)

 ――


 ――――


 ――――――


 「あの......アマノさん、は僕の話してる言葉が分かるんですか?」


 お腹が膨れ、落ち着きを取り戻してやっと質問が出来た。


 「ハ? 分からなきゃ今話せてないでしょ。で、何処から来たんだっけ、ニポン?」


 アマノさんは刀の手入れをしながら答える。


 「日本です。て、言うか、アマノ・アシハラって日本語ですよね? 日本の名前ですよね、此処って日本じゃないんですか?」


 「ニポンじゃねーよ、ここは中央大陸で、俺はツキアキラの出身! ツキアキラのはこういう名前が多いの! むしろお前のセラ・ヨシュアって名前の方がこっちの世界の名前で怖ェよ!! 普通他の世界から来たら言葉が通じないどころか名前の付け方も発音もメチャクチャなんじゃねェのか?」


 「いや、僕もそう思うんですけど......あの、アマノさん。あの斬れた木、あるじゃないですか」


 僕は先ほど、アマノさんが斬り倒した木の切り株を指差す。


 「あそこまでの距離、何て言いますか?」


 「え、5メートル......?」


 思わず、思いきり顔を歪めて、


 「はぁ~?」 


 と言ってしまった。何故この世界でメートル法が通じるのか、もしかして――ここは異世界では無いのか?


 「ハァ~? じゃねーよ! 何で飯食わせてメンチ切られなきゃなんねェんだよ! 俺は泣く子も斬られる”剣鬼”アマノ・アシハラ様だぞ!? めっっっっっっっっちゃ強ェんだぞ!?」


 立ち上がって怒るアマノさん。せっかく襦袢を来たのに、まるで時代劇のように片腕だけ脱いで片胸だけはだけさせた。


 「ごごごごごごめんなさいぃ! でも......あの、そのメートルって誰が考えたんですか?」


 「あァん!? そんなのは......アレだよ、確かゴブリンの頭良いヤツ! 色んな単位作ったり詞を書いたりした――」


 「――ゴブリン!? はぁ!? それって英語ですよね!? てかゴブリンってヨーロッパの妖精じゃ.....」


 「だ~から何だよ英語って!! ゴブリンはゴブリンだろうが!! 殺すぞマジで!!」


 「いや、だって......え? ゴブリンいるって事はやっぱり異世界なんすか?」


 「異世界異世界言うな! ここが正しい世界だっつーの! お前の世界が異世界なんだよ、何なんだよマジで!」


 ハッと鼻息を鳴らすと、アマノさんはふんぞり返ってドカッと座り込んだ。そして頭を強く掻き毟り、


 「まァいいやめんどくせェ、ほらコレ」


 そう言うとアマノさんは僕に向かって何かを放り投げた。受け取るとそれは、


 「――軟膏だ。悪ィな、俺は奇跡魔法が使えねェんだ。額の傷と身体の痛いとこ塗っとけ。エルフから貰ったヤツだから大体治る、すげェだろ」


 二つ合わせの貝殻、片方を取るとそこにはラメが入ったような薄いピンク色のクリームが入っていた。僕はソレを額と触手頭のせいで打ち付けた身体のアチコチに塗る。実は座っているのが精一杯、時間が経つに連れて鈍痛が強くなりつつあったので、


 (異世界らしい魔法のアイテムだ......効くといいな、効くのかな。ゲームとかだと一瞬で治るんだけど......)


 渡りに船、薄く全身に塗り込んでいくと、額に熱さを感じると同時に、全身の疼痛がじんわりと和らいできた。


 「あっあの――」


 「いいよ、全部使って。お前、それ塗らなかったら明日の朝には死んでたよ。身体の中、血塗れ。匂いで分かる」


 その言葉に血の気が引いた。そんなに僕はひどい状態だったのか、遠慮していた軟膏をたっぷりと手に取り、スウェットをめくってお腹にも塗り込み始める。


 「......お前さ、本当に闘えないの?」


 僕の身体を舐めるように見ているアマノさんが訊ねてきた。


 「はい、格闘技とか、やったことないです、ずっと引きこもりだったので」


 「そのわりにはお前、ちゃんと身体鍛えてあるじゃん? 遠くから見ても分かったから、武者修行してるのかと思ったんだよ、体つきがそこらのヤツと違ェし」


 「あ、あの、筋トレです、あっ、筋力トレーニング......」


 そう言って僕はそのまま軽く服をまくり上げ、胸筋と腹筋に力を込める。しかし――


 「筋力......トレーニングって、何で......?」


 「え!? ここで異世界っぽいリアクションするんすか!?」


 驚き、大きい声を出してしまった。


 「ハァ!? 違ェし! だってお前、闘わないって言ったのに鍛えてるって......仕事が大工か何かか?」


 「いや、趣味で......」


 「趣味、かァ......そういうアレね。納得したわ」


 アマノさんは納得したと言うよりガッカリしたように顔を手で覆い、その後、難しい顔をして腕を組み、そして「ふむ」と座り直して、僕と向き合った。


 何処か真剣な顔をして、顎を擦り、僕の身体を眺め、そして僕の目を射止め、先ほどまでの少し高い声ではなく低い声色でこう言った。


 「――身体の骨付きは横に広く、首が太い。腰が低く、腕は長い。お前、親に感謝しろ。強い身体に産んでくれたことをな」


 僕は、何も言えなかった。


 「そうじゃなけりゃ、お前は死んでた。お前が今こうしてられるのは、親が強い身体で産んでくれたからだ。お前が生きている事が、親が残してくれた輝かしい功績だ、お前は恵まれてる。幸運だよ、おめでとうヨシュア」


 そう言うと立ち上がり、何も言えないままでいる僕の肩を軽く叩くと僕の背後へと歩いていき、


 「――明日、四天の村まで歩くぞ。火の近くでそのまま寝とけ。おやすみ」


 僕は、そのまま静かに泣いた。何故か分からないけど、幸せだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る