四天王、弟子を取る。~~お前を120点の英雄にしてやる~~

空暮

かくして異世界へと誘われる(1)

 「ハッハーッ!! ほらほらほらほら避けないと死んじまうぞーッ!?」


 夥しい数の拳打は打つ度に拳の形を変え、正拳/貫手/一本拳/掌底とまるで九頭竜の咬撃のように僕の肉を撃つ。


 「――ッ!?」


 それをただ、両腕で前面に盾を作るようにして凌ぐが、何発も防御を掻い潜り直撃し、


 (このままじゃもう――意識がトぶッ、何か返さないと......ッ)


 「――ルァア!!」


 一瞬の隙を突いて逆水平に腕を振り回す。被弾覚悟の一撃だった――が。


 「阿呆がッ!!」


 その”隙”は作られていたものだったらしい。僕はそのまま腕を取られ、肘関節を極められると踊るようにして地面を転げ、


 「死んどけッ!!」


 どうにか身を起こした僕の喉元に飛び蹴りの爪先がめり込み――背後に吹き飛んだ。


 (あ――そら――――あおい――――)


 激痛の予感を通り越し、暗転する意識の中で、僕は慣れつつあった巨大な魔方陣が映る青空を見ながら壁に激突した。


 (なんで......こうな......ったん、だろ......う......)


 そんな事を思いながら、意識ごと血溜まりに沈んでいった。








 僕は『この世にはいない人間』だ。


 と言っても戸籍はあるし住所もある。保険証だってあるし、住む家もある。


 じゃあ何故『この世にはいない』と言えるのか。それは、僕の生い立ちと自らを追い込んだ現状にあるだろう。


 僕の両親はとても忙しい人で、殆ど家にいなかったそうだ。そうだ、と言うのは僕自身が両親の記憶を一切持っておらず、他者からの伝聞でのみをそれを知り得たからだ。両親は僕が物心つく前に事故で亡くなったからだ。


 よほど備える人物たちだったらしく、貯金だけでなく保険もとても高額に支払っていたようで亡くなった時の相続金額はとてつもない大金だった。当然、僕はそれを受け取るには幼すぎた。が、”気のよい親戚”が後見人を買って出てくれた。”優しい”ではなく何故”気のよい親戚”であるかと言うと、彼は金銭面や行政の手続き、僕の面倒を見る家政婦や弁護士の手配など様々な事を肩代わりしてくれたが、彼自身は決して僕と暮らすこともなく、過ごすこともなかった。恐らく僕と彼が顔を会わせた時間など、これまでの十数年間を通じて三日もないはずだ。しかし、よく漫画や創作物で見るような”不当に金をせしめる”ような親戚でなかった事は幸運であり、彼が受け取った金額も僕からの好意であり、僕が持つ貯金や親が遺してくれた株に比べれば些細な贈り物程度だった。


 僕が愛情に飢えていなかったと言えば嘘になるが、数ヵ月ごとに変わる家政婦に愛着など持てなかったし、小学校を終える頃には雇うのも止めた。僕が不要に感じたからだ。中学生になる頃には身の回りの事は大体出来たし、僕は親の遺してくれたこの家で問題なく暮らすことが出来たからだ。


 しかし、中学生のある時――あれは二年の春だったか――ふとした担任の、「お前は家族いないもんな」という冗談めいた、クラスのみんなにウケようとした一言で、僕は学校を通うのを止めてしまった。


 前々から不満が溜まっていた訳ではない、常日頃から悪く言われていた訳でもない。ただ単純に、『あぁそうだったな』という気持ちと、僅かに覚えた不快感が、僕に二度と学校に敷居を跨がせなかった。きっと、金銭的に困窮していたり、僕が学校に行かない事を咎める者がいれば違っただろう。しかし、通帳の多く連なる”0”が、僕の世界と向き合う気力を奪っていたのだった。


 人はきっと、この通帳の”0”を増やすために時間を費やすのだろう、学歴も恋愛も努力も積み重ねるのは、この”0”のためなのだろう。ならば、それを最初から持っている僕は、何の為に生き、何の為に努力するのか。もう――人生を為し遂げているのと一緒なのではないだろうか?


 僕はその日以来、この家にいる。時々外に出るが、それはコンビニに行くためであったり、散歩をするためであり、何かを有意義な理由ではない。旅行をしてみたり趣味を見つければいいのかもしれない、でもそれはきっと、日々の生活にストレスがあり、息抜きをするために行うから楽しいのであって、僕のように何となく毎日、何か目に見えない”膜”のように覆われてボンヤリと過ごす人間には必要の無い事なのだと思う。幼少期の他者との触れ合いが少なかったせいか、金銭的余裕のせいか、僕は”生きる気力”が人より希薄な人間に育ってしまったのだと思う。


 ただ――有り余る時間、何もしないにはあまりにも永すぎる事は世間で中学を卒業する年齢に差し掛かった時には気付いていた。僕はその時間を読書と筋トレに費やした。本は何でも気になればネットで購入し読み漁ったし、筋トレも最初は軽いダンベルやチューブトレーニングだったが、気付くとドンドン高負荷トレーニングのための機材を購入し、教本通りに実践した。ただただそういう日々を10年ほど続けていただろうか。僕は本当に飽きもせずに続け、そして死ぬまでこの日々を繰り返すものと考えていた。しかし、ある時――


 「――ッ!?」


 いつものようにベンチプレスを挙げていた時に事故は起きた。僕はその時、自身の扱える重量に伸び悩んでおり、本当に軽い気持ちで、『生命の危機を感じれば記録を伸ばせるかなぁ~』という安直さで120㎏までしか扱えないのに、150㎏を扱ってしまった。それに加えて、また馬鹿げた事にセーフティーバーをどかしてしまっていたのだった。


 その結果、僕は1repsどころか、挙げている最中にバランスを崩し、


 「ぁ」


 首に150㎏のバーベルによるギロチンを受け、意識がブラックアウトした。その刹那、僕は直感で理解した。僕――瀬良良明は本当に『この世にいない人間』になったのだ、と。






 ――牛頭の歴史家曰く。


 この世界には魔王がいた。正しくは、ありとあらゆる亜人を征服し、その自身の腕力と知力と武力と魔力を以てしてどの部族もの勇者も英雄も打ち倒し、亜人の王――亜王――となったものが。


 征服と言えば聞こえは悪いが、彼はただ自身の”強さ”を確かめ、証明するために戦い続け、誰も彼も打ち倒すと”魔王”を自称し、亜人たちの王として君臨した。これまで纏まった事などがない亜人たちがその強さのみで率いられた事で、人間たちは大いに震撼し、時には勇者や大賢者たちが魔王に挑んだが、誰も彼もが打ち倒された。魔王は挑まれる度に強くなり、そして笑っていたと言う。


 魔王による治世は魔王自身が全世界、全種族、全人類に宣戦布告した事で終わりを告げた。




 曰く、『我を百日の間に打ち倒さざらば、天下を壊す』


 


 死期が迫り、精神に異常を来しての布告らしい。彼の元にこれまで敗北を喫した勇者や英雄たちが種族も年齢も性別も問わず集まった。その様子はまるで祝祭のようであり、魔王は童のように遊び、戦い、笑い、そして、友だった四人の英雄に敗れた。


 彼は死の淵で、数多の友に看取られながらこう嘯いた。


 


 ――あぁ、お前ら一人一人が俺くらい強ければ退屈しなかったのに、と。




 魔王はこれまでの戦いで誰一人殺す事はなかったが、彼自身の強大さは、結果として自身のみを殺す結果となった。まだ二十年前の事だが、誰もがまだ魔王の影に怯え、敬い、憧れている。

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