異世界ふしぎ発見(2)

 スライムを照らす陽の光、その陽だまりに足を踏み入れるヨシュア。彼は木刀を知らず知らずのうちに必要以上に握り締めていた事に気付き、


 「ふぅーー……」


 深く息を吐き、力を抜く。彼の心臓は早鐘のように鳴り響き、血流の音がやかましく鼓膜を叩くの感じた。


 ジリジリと近づいていく。踏み締める土、スライムは未だに気付かず、触手をまるで太陽に手を伸ばすように翳し、


 (見えた……確かにある……!)


 その伸ばす触手の根本に、色が違う、”核”と思しき部位をヨシュアは見つけた。


 (半透明で遠近感が掴めないな……無難なのはそこに向かっての突き? 距離の問題は突きならクリアできるけど、狙いがズレるかも? どのくらい弾力がある? 簡単に刺さる? だったら上から叩いた方が……でもその代わり腕の邪魔されるかも……)


 ヨシュアは悩む。慎重である――それは熟慮によって失敗を減らすという長所であるが、時には欠点となる。例えば――今のようにスライムがこちらに気づき、飛び掛かってきた時などは。


 「――ッ!!?」


 準備など碌に出来ていない状態のヨシュアの何を感じ取ったのか、スライムは墓石から弾けるようにしてヨシュアへと跳んでいく。


 ”スライムは動きが遅い”という先入観。木刀を青眼の位置に構えてはいたが、ヨシュアは、




 ……え


 なに?


 はやすぎ――




 と、思考が真っ白になり、


 「ああああああッ!!」


 我武者羅に木刀を振りかぶり、飛びつこうとするスライムへ叩き付けた。


 鈍い感触。まるでタイヤを叩いたような感触だな、と何処かのんきにヨシュアは考えていた。


 地面に重たい砂袋が激突するのにも似た音と衝撃が、両腕を通して伝わってくる。


 「やったか……!?」


 木刀の下、地面で潰れているスライムを見て、そう漏らすヨシュアだったが、


 「あーあ、そう言う事を言うと……」


 動かなくなっていたスライムが、木刀をゾブン……ッと飲み込んだ。


 「核に当たってない、備えろッ!!」


 アマノの檄と共に、木刀を伝ってスライムが触手を伸ばしてくる。


 「く……ッ!」


 ゆっくりとだが近づいてくる粘液に、ヨシュアは万力を込めて木刀を引き抜こうとする。しかし、スライムの身体ごと持ち上がるのみで何の意味も為さない、いや、それどころか――


 「あっバカ……!」


 なまじ力があったため、ヨシュアは木刀ごとスライムを持ち上げた。そのせいで、重力に従い、スライムは即座に木刀を伝い――ヨシュアの腕をも飲み込んだ。


 「早くしねェと口塞がれちまうぞ!!」


 眼前までスライムが近寄り、もはや胸元近くまで来ているスライムに、ヨシュアはその視覚とスライムから発せられる生物が腐った臭いに一瞬、パニックに陥りそうになるがある事に気付く。


 (あれ、もしかして――)


 木刀の一撃をその粘液体で受け止めたスライム。先ほどはどれほど力を込めても飲み込まれた木刀は動かせなかったのに、今はスライムの体内ではあるが木刀から手を離すことが出来た。離れた指は自由に動かせ、ヨシュアは一つ、”ある事実”に辿り着く。


 (――中は自由に動かせる……?)


 気が付いてからは早かった。彼は意を決して、あえてスライムの中へ手を伸ばす。


 「く……あっ、モガ……っ」


 腕を伸ばすとその分、スライムへ身体を突っ込むこととなる。するとあっという間にヨシュアの顔の下半分――目元付近まで――までスライムに埋もれてしまった。


 彼は呼吸が出来なくなり、悪臭と、肌を灼く痛みに片目を閉じる。それでも懸命に手を伸ばし――”核”に辿り着いた。


 (良し……!)


 周囲より僅かに弾力がある部位。それをヨシュアは思い切り、握り潰した。


 「…………あぁ?」


 途端、スライムは粘稠度を失い、液体の如くダラダラと滑り落ち、ヨシュアの足元で水溜まりと化した。


 薄緑の水溜まりから外れるように地面へとへたり込むヨシュア。彼は思い切りくしゃみをすると、鼻から”スライムだったモノ”が飛び出て、墓石に飛び散った。


 「うわバッチィ!! えんがちょ!!」


 近寄って来ていたアマノがわざとらしく片足を上げる。そうは言いながらも、荒い息を吐いているヨシュアの背中を軽く擦ってやった。


 「ヨシュア少年……お前、俺の教えたの全く使わないで力技で解決したな」


 「すいません……」


 アマノの寂しそうな声色に、ヨシュアは思わず謝ってしまった。


 いいけどよ、いいけどな! と、言うが顔は本当に寂しそうであった。


 「それよりもお前な、スライムはあんまり触るな。あーあ、被れてるじゃねぇか」


 アマノの言う通り、ヨシュアの皮膚が所々赤く腫れている。興奮が醒めてくると、少しずつ、痛みが強くなってくる。


 「あっ、痛ゥ……!」


 「あんな消化液の中に腕突っ込んでれば当たり前だ。ほら、俺のこと触れ」


 そう言うとアマノは自身の前腕を差し出し、ヨシュアに握らせた。


 「……え? アマノさんの腕を握ると痛くなくなるんですか?」


 「ハ? バッカかお前!! 俺から魔力取って奇跡使えよ、アレだよ、”聖寵たる主の名よ”って言うやつ。俺が男に身体を触らせるなんてスゲェ名誉な事なんだからな? 一番簡単なヤツっぽいから使えるだろ? 一回使っただろ?」


 そう言われてヨシュアは雑貨屋でその奇跡を使った事を思い出し、未だに、


 (本当に使えるのかな……)


 と半信半疑になりながらも復唱すると、淡い光と共に被れた皮膚が僅かに暖かくなり、痛みが引いていくのを感じた。


 「便利な体質だなお前……」


 「恐れ入ります」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る