四天王の古傷(2)

 「いいか? 俺が剣術、ベルが魔法、リンが拳闘、バトウが奇跡、腐っても魔王討伐の四天王。あ、コレ皮肉な。それぞれがよォ、俺が拾ってきたコイツに自分の技を教える。20年近くシコシコ陰気に鍛練続けてよ、どのくらい強く成れたか知りたいよな? ならコイツを弟子に取って自分の得意な事で30点にすんだよ、アイツと闘った時程度までな。そうしたらヨシュア、コイツは120点だろ、4かける30で120だろ。違うか?」 


 指折り数えるアマノ。その様子に少し落ち着き、眼鏡を直すバトウであった。


 「......120点にしてどうする?」


 「俺たちの夢が叶うだろうが。分かんねェのか、それとも分からねェ振りしてんのか? コイツが120点になれば、俺らはあの時のアイツにリベンジ出来るじゃねェか」


 「そもそも魔法も奇跡もなんて聞いたことがない、適性ってもんがあるじゃろ? 魔法だって一人一属性、才能あっても二つがせいぜい。ベルですら三つ。それすら魔法だけで奇跡は使えず、体術はてんで。知っておろ? 才能が無ければ芽吹くものも何もないぞ?」


 「それがな、出来るかもしれねーのよ。俺の予想が正しければ、だが」


 怪訝な顔をする二人に、論より証拠とアマノはこれまでの経緯を簡単に説明すると、ベルとバトウを呼び寄せ、ヨシュアを挟むように立たせ、ベルには照明の魔法を、バトウには治癒の奇跡を、同時に彼の掌に撃たせてみる。


 「――ほぉ」


 「なるほど……」


 ヨシュアの身体、魔術を受けた側と奇跡を受けた側、同じく魔力の奔流が起きる。しかし、先ほどとは違う、左右の魔力の質が違うように見えた。ベル側はどこか朱く、暴れ回る様な魔力の流れ、それに対しバトウ側は柔らかい淡い緑色の煙のような緩やかな動きをしており、


 「ヨシュア少年、左手でここ握りながら”聖寵たる主の名よ”って言ってみ?」


 そう言うとアマノは自身の、僅かに火傷の跡がある手の甲を握らせた。ヨシュアは言われたまま復唱すると、彼の手から暖かな光が少しだけ射し、


 「――ほらな?」


 アマノは治っている自身の手を、皆に見せた。


 「……言ってる事は理解できた。おぬしが意味の分からん事を言うから”見て”みたら、そやつ魔力が無いではないか、きっと何かあると思ったよ」


 「ふむ……弱すぎて見えないだけか、死に掛けで魔力も抜けてるし治療する価値もない死体かとも思いましたが、”そういう体質”ってことですか。異世界の人間はみんなこうなんですかね? それよりも他人の魔力を吸収するって事ですか? ちょっと色々試して――」


 「――待て待て待て。気持ちは分かるけど、それよりも、だ。話を聞け。さっきな、ベルの光の魔法を撃てたんだよコイツは。つまりこの時点で、もう二つ出来てるってことだ。空っぽだから何でも入ると思ったんだよ俺は」


 自慢げにしているアマノに、ベルは溜息を吐く。


 「それでもし不都合とか魔力の暴走が起きてたらどうする気だったのよ全く……」


 「その時は四天王が四人もいるんだからどうにかなるだろ? それに身元も無いんだから死んでも問題ないぞ」


 「えっ」


 「あっ」


 「それは……」


 非人道的な発言だと思ったのか、それぞれが驚きの声を上げたが――その後の表情から、ヨシュアとそれ以外は全く違う感情を出力していたようだった。


 「ちょっと流石にひど――」


 「それって、死ぬまで鍛えてもいいってことォ!?」


 「実験し放題ですかっ!?」


 「修行用のデクが欲しかったんじゃ~~!!」


 アマノを除く三人がキャッキャと嬉しそうに騒ぐ。その姿に、


 (何この人たち……文化が違うっ)


 ヨシュアは恐怖を感じる。何故なら、


 「今まで何回か弟子を取ってみたんだが、どれも二日と保たなくての~~」


 「えぇ、最近は犯罪者もいなくて実験台がいなくて困っていたんですっ。人間で検証できてない試薬が貯まって貯まって……」


 「ねぇちょっと、弟子って雑用させていいの? ケルベロスの散歩とか、マンドラゴラの収穫とか、レッドドラゴンの餌やりとか!」


 先ほどから三人から出てくる言葉がとても素面ではいられないような、言葉を失う発言に思わずヨシュアはアマノを見るが、


 「どうだねヨシュア少年。四天王の中で常識がある一位が誰かって分かったかね? 俺はなーんにも言ってないぞ?」


 「でもこの流れに持って行ったのはアマノさんですよね?火付けといて『火事だ!』って叫んでんのと一緒じゃ……?」


 「大人ってそういうものだ少年。これからそういう事も沢山教えてやるぞ。俺に逢えて感謝だな。


 しれっとした顔でそう言うと、アマノは手を叩いて注目を集める。


 「異例だろ!? どうせ暇ならやってみてもいいんじゃないかー!? 死んでも困らない人材なんて闘技場以外じゃ滅多に見ないぞー!!」


 彼の押しの強さと良く分からない”熱”を感じ、三人も顔を見合わせて、誰となく頷いた。


 「まぁ、ワシは暇だしの。週に何回か教えるのはかまわんよ」


 (えっ、今”週”って言った!? 何この世界にもキリストいるの!?)


 ヨシュアの疑問をよそに話は進んでいく。


 「私も仕事の合間なら……どうやら彼も”アレ”をこよなく愛する同好の士のようですしね」


 「あーー、アタシも忙しいけど仕事の暇な時だった教えてあげる。た・だ・し! 教えた分働いてもらうけど!」


 「しかし、住む場所はどうする? 私の治療院は貸しませんよ。ただでさえ一人抱えているので」


 「それに関しては俺がギルドの二階の部屋買い取って放ってあるからそこを使わせる予定だ。生活費はコイツ自身に稼がせる。最初は俺が貸す。それでいいだろ?」


 彼の提案にヨシュアはアマノを顔を見る。彼は気付いているのかいないのか、見返すことはしなかった。


 「いや……アンタ、貸す金あるならまずアタシに金返しなさい。燃すわよ!?」


 「私も無銭治癒の貸しがありますね。エルフ相手に借り逃げは出来ませんよ」


 二人がアマノに詰め寄るが、


 「金返してもいいけど、そしたらコイツが路頭に迷うぞ? いいの?」


 「私は構いません」


 「アタシも……悪いのはアンタだし」


 「いや、お前らソコは言い包められて悔しそうにするとこだろ!? 話戻すぞ話!! そんな事よりコイツの訓練スケジュール組むぞ! リンが一番村に居ねェんだからちゃんと覚えて帰れよ! ていうか何で俺がいつもまとめ役みたいになんだよ! 俺一番年下だぞ!?」


 「そりゃァ、おぬし、一番面倒見いいもの。遊び好きで構いたがりってのは大体そんなもんよ。自らの星の生まれを嘆いても無駄よ。もそっと運命に任せて楽にした方が生きやすいものよ」


 「あ、アタシのお金――」


 「――そうだよな!? じゃあ週に二日は働かせてとりあえずの経験と食費と、日々の訓練の確認をさせた方が良いと思うんだよ! それ以外は修行させて殺したり死なせたり生き返らせたりして強くしてみようぜ?」


 無理やり話を変えられて、ベルは不承不承に「金ェ~!」と言ったが皆に無視された。それよりもバトウはヨシュアの身体に興味津々で、


 「じゃあ取り敢えず身体検査といきましょう。腕が何本で脚はどうなってて、生殖器はどうなっていて、内臓に私たちが知っている以外の臓器があるか、から始めましょう! その後、何故私たちと同じ言語が使えるのか、そもそも同じ倫理観を持ち得る存在なのか、もうわたくし! 好奇心を隠しきれません!!」


 初めて声を荒げ、大声を出したバトウに、「ひゃう!」とヨシュアはアマノの後ろへと隠れた。


 「あーー、コイツはな、以前居た教会から異端審問で追い出されたんだ。真理の探求と倫理観の外れた研究でな。だからコイツの倫理観なんて信じるなよ」


 身を乗り出し、眼鏡を何度も上下にしてヨシュアを検診しようとする彼を、アマノはどうどうと落ち着かせる。


 「好奇心の前に下らない教義など誰が従うでしょうか!? 教団のトップが気にせず女を抱いて私腹を肥やしているのですよ? 私も少しぐらい構わないでしょう?」


 「あーー、分かった分かった、言ってもな? 俺も――コイツの身体の構造は気になってる?」


 味方だと思っている人間に裏切られたことはあるだろうか。そんな時、人は泣いたり騒いだりしない。ただ、往々にして表情を失くすのだ――今のヨシュアのように。


 「あら、アタシももっと色々魔力を流して見たかったのよねー。身体の中に直接とか!!」


 「ワシもどれぐらい頑丈にできてるか見ておきたいのぉ、修行の強度が決められんしな」


 「あっ、コイツめっちゃ虫食うから気をつけろよ! もしかしたら体のどこかに虫をまだ隠し持ってるかも……!」


 「それは興味深いですねぇ! 私たちとは根本的に味覚が違うのかも? 色々調べがいがありそうです……!」


 「あの、あ……ちょっと、待って…!」


 ヨシュアの抵抗は虚しく、手を伸ばしてくる四人に彼は――


 「あ……あ~~~~~~~~……っ!!」


 ――絹を引き裂くような悲鳴を上げる事しか出来なかった。


 窓の外で、ぽとりと、花が蕚ごと落ちた。

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