四天王の古傷(1)
「――で、こうして四天王が雁首揃えて同窓会とはのぉ、おぬしら暇じゃのぉ、ワシは修行で忙しいんじゃが。それに遭難している子を連れ回すかね、とっとと休ませるか最初にバトウに診せに行くじゃろ」
「四天王の中で常識が無い一位と二位ですよ? そんな事考える頭あると思いますか?」
「無い。ちなみに四位は誰じゃ?」
「三位から大きく離れて私です――どうかしました、苦虫でも口に飛び込んできました? バカ面して三人で口開けて立ってるからですよ。仲良いですね、相変わらず」
僕はアマノさんに連れられ”四天の村”を案内してもらった。村の規模は本当にこじんまりとしていて、子供の頃に遠足で行った牧場を思い出すような村だった。歩いていても人を見掛けることは少なく、たまに見掛けてもみんな壮年以上で子供は見ることはなかった。僕はそこで皆が”治療院”と呼ぶ小さな教会(と言うにはあまりにも質素な)へ案内され、今、他の三人の顔を歪ませている人を紹介してもらった――それが、バトウさんだ。
「......あれ? 誰も何も言ってきませんね? 私の勝ちですか?」
バトウさんはわざとらしくその長い耳に手を添えた。そう、彼はエルフだ。何より長身であり、そして、僕の思っているエルフと違い、僕以上に肉体が鍛え上げられており、ちょっとした山のようだった。その肉体に似つかわしくなく、神官であり、奇跡魔法による回復が出来るらしい。......一応、僕の事もさっと診てくれて、「まぁ、問題ないでしょ」と眼鏡を光らせて一瞥するだけで診察は終えてしまった。
「お前......よくその性格で治療院なんてやってられるな? みんな怒らねェの?」
「この村には治療できるのは私しかいないですから。それに無料ですし。宗派も関係ないですし。他の皆さんより生産的です」
「アタシは雑貨屋やってるんだけど!」
「あっココごみ屋敷じゃなかったんですね」
「おぬし、本当に容赦ないのぉ、ベルが魚みたいに口パクパクさせておるわ」
シシシ、と笑うのはリンさんだ。この中では一番の小柄で、何より目立つのはその肌の薄暗い緑。そしてその全身に入った刺青だった。それは僕には読めない文字で彼女の全身を覆っており、薄い布切れで出来た服の隙間からも埋め尽くさん限りの刺青が入っているのが分かった。彼女は後から合流したベルティエさんと一緒に、僕らが居たこの治療院に現れた。
「あーー、おい、あんまりベルの事いじめんな、燃やされっぞ」
リンさんはバトウさんの横に立つ。と言うか、彼にもたれ掛かる。それでも巨躯の彼に並ぶと腰ほどまでしかない。
「燃やされたら躱す」
「燃やされたら治せば良いだけです」
しれっと答える二人に、アマノさんはハァーと溜め息を吐いた。
「それにしても相変わらずベルの事を庇うのぉ、好き合うておるのか?」
「ベルティエに惚れてますからね、30年以上両想いですから。世が世なら犯罪です」
息の合ったコンビネーションに、ベルティエさんは思わず顔を伏せ、その様子と、ふとまろび出た事実に僕はアマノさんを見る。
「......いいか、ヨシュア少年。こいつらはな、長く生き過ぎて人をおちょくる事しか楽しみがなくなった存在なんだ。長命種の末路ってのは惨めなもんだ、なァ、お前のいた異世界でもそうだっただろ?」
急に巻き込まれた。途端、その長命種の二人が僕を射竦める。そう、まるで獲物を見つけたかの如く。
「ほぉ、ワシらみたいなのがいる世界が他にもあるのか?」
「是非聞かせてもらいたいですね、異世界の話......ていうか、本題に入りません?」
バトウさんに話題に出した事で、やっとベルティエさんが元気になり、話を切り出した。
「えーっとね、この子ね、異世界から来たらしいんだけど、えーっと、どこから説明すれば――」
「あのよ」
ベルティエさんの話を遮り、戸に背凭れていたアマノさんが腕を組んだまま僕の方に歩いてくる。
「俺たちはよォ、この20年間どうやって過ごしてた?」
みんな顔を見合わせ、黙りこくった。僕には分からないが、何かあったんだろうか。
「......何もしてねェよ。俺たちは。俺たちはこの20年間、ずっと」
「そんな事は――」
「あるんだよ。ずっと、俺が......いや、俺たちが引っ掛かってる事を言ってやろうか? 俺たちは、アイツに言われた事がいつまでも忘れられねェんだ。”俺くらい強ければ――」
「その話、おぬしの連れてきたこの子と関係あるのか?」
次はリンさんが剣呑な表情で話を遮った。いや、ここにいる皆が、表情が固く、話が見えない僕でも刺すような空気に胃が痛くなり始める。何がこの四人をこんな顔にさせるのか、関係性の薄い僕だから分からないのか、異世界ではこれが当たり前なのか。僕には......正直社会性が足りないのは自覚している。故に判別がつかない。
「大有りだよ、ちょっと最後まで黙って聞けよ。いいか、それに言われたよな? 『俺が100点ならお前らは30点だ、四人掛かりで120点だ』って。俺たち、当時はいっちょまえにその道を極めたと思ってたよな? それでも結局、俺たちは最後まで手も足も出なかった。今はどうだよ? その時の事が忘れられなくて今でも鍛えてんだろ、20年経ってどうだ? 何点だ、なァ、今の俺ら? 50点か? それとも60点くらいか? なァ、『今の自分ならアイツに勝てるのか?』って思いながら今でもダラダラ生きてんだろ?」
......何となくだが、僕にも少し分かった。背中越しに聞こえるアマノさんの声は、これまで一度も聞いたことがない声色だった。僕の人生で、こんな声を聞くのは初めてだった。
「言いにくい事をハッキリ言う子だねこの子は」
「耳が痛いですね、長い耳だと尚更です。事実を押し付けるのって何か罪に問われないですか?」
「........................」
「で、それとこの子が一体何の関係が?」
三人の視線が僕に集まる。「あっ」と思わず声が出るが、
「こいつをな、鍛えて鍛えて120点の英雄にすんだよ」
”玩具を見つけた子供”のように嬉しそうに笑うアマノさんが僕の頭を掴んで「なっ?」と返事を促してきた。
場が凍った。数秒の沈黙、そして、
「「「はぁーーーーーーーー!?」」」
”森の王”の雄叫びより、大きな声が部屋に響き回った。
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