バトウの授業(2)
「――奇跡の話をしましょう。私が取り扱う奇跡というのは、聖王庁に記録された叙述詩や数々の伝説の要約したものなのです。正しくは、その物語の中で取り沙汰される有名な一説を唱える事で、その物語に応じた効果や効能――つまりは奇跡を起こす、というものです。”聖寵たる主の名よ”というのも、触れるだけで人を癒したという男の物語の一説なのです」
「はい、でも僕、その物語を知りませんが、その奇跡を使えましたよ?」
僕の発言にバトウさんは人差し指を立てて「良き着眼点ですねぇ」と答える。
「知らなくても使えますが、背景や物語への理解があればあるほど、効果を増すのです。そのため、聖職者なんて年がら年中埃臭い部屋に籠って本をずっと読んでいるのですよ、フフフ、全くそんな事で理解が深まるだなんて愚か過ぎて愛いです」
悪い笑みを浮かべるバトウさんに、僕は心の距離が遠くなったような気がした。
「それでです。あなたに渡したのは隻腕の巫女と盲目の剣士の冒険譚です。ヨシュア君はこれから、剣術も格闘術もどちらも学ばなければいけないのでしょう? なれば、隻腕で祈る事も出来なかった巫女の、苦慮の末に見つけた片腕で起こす奇跡の数々が使いやすいのでは? ”聖寵たる主の名よ”も、本来は両手で祈るのが正式な形ですからね」
「あ、道理で……」
僕には思い当たる節があった。昨日、スライムにやられた被れが、あの時に奇跡を使ったのに中途半端にしか治らず、今も少しだが赤く腫れ、痛みを発していたのである。身体を治す奇跡のわりには、あまり効かないのだと思っていたが、今回の話を聞いて少し腑に落ちた。
「あの、何と言うか、バトウさんっていい人なんですね。ありがとうございます」
率直な思いが口を出た。頭を下げ、感謝を表す。バトウさんは眼鏡を掛け直し、僕に背を向けた。
「ふむ。感謝はされ慣れていますがやはり嬉しいものですね。それにお気遣いなく。ヨシュア君にはこれから身体で払ってもらいますから」
「え?」
それは何を、と聞き返すより早く、僕は口に何かの液剤を流し込まれた。瓶に入ったそれは黄色く、冷たく、そして舌の上で痺れた。
「――エレキスライムから魔力のみを抽出した体液です。ささ! 恩義を感じているならそのままググイっと飲み干しなさい!! 大丈夫だからっ、何かあったら治してあげますから!!」
このサイコめ、と言おうとしたが体液が喉をどろり、と通っていく感覚、それと同時に食道から身体の外へ突き刺すような痛みに襲われた。そして全身の筋肉が痙攣し、立っていられなくなった。
「私の推測が正しければ電気の刺激が筋肉に成長をもたらすはずです。どうです!? 筋肉たちの讃美歌は聴こえますか!! こんにちわ!!」
僕は何もできずに床に転げ、痙攣する喉に声も出せずにいた。
「大丈夫です、私には聴こえます。筋肉たちの歓びの声が。感謝の声が。ありがとう、ありがとう、ありがとう、いいえ、こちらこそ。これからもよろしく。こんなつまらないもので申し訳ありませんが……」
イッちまってるバトウに「息が出来ない」と伝えようとしたが、僕の意識はあっという間にブラックアウトし、無限の闇へ「ありがとうありがとう」という気色の悪い感謝の言と共に落ちていった。
四天王、弟子を取る。~~お前を120点の英雄にしてやる~~ 空暮 @karakuremiyo
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