バトウの授業(1)
「――で、それが寝坊した原因ですか。全く、熱心なのは構いませんがつい最近まで遭難していたのでしょう? そのままギルドの依頼をさせる方もさせる方、熱に中てられて無理する方も無理する方、どうしてこう、短命な方たちは生き急ぐんでしょうか」
眼鏡を外して目じりを抑えるバトウさんに、僕はいたたまれなくなり、頭を掻いた。
「あはは……すいません」
時間は既に昼過ぎ、僕はあの後、すっかりと寝坊してしまい、バトウさんとの約束の時間を過ぎてしまった。四天王の皆さんとは、午前中のうちに会い、午後は鍛錬をするかギルドへ行くという流れをアマノさんと相談して決めたが、僕はその初日に寝坊してしまった。必死に走ったが、慣れない村の中で、またそこで道に迷ってしまい、集合場所の治療院に更に到着するのが遅れてしまった。
「……まぁ、そのパンプアップしている大腿四頭筋と大殿筋からして、必死に走ったのでしょう。同好の士として今回は不問としましょう。仕事も無かったですしね。それよりも――」
そう言うとバトウ先生はおもむろに着ている青い法衣を勢いよく脱ぎ捨てた。
「はぁ!?」
突然の事ですっとんきょうな声を上げてしまう。しかし、バトウさんはそれも気にせずに法衣を脱ぎ捨て、その僕の想像するエルフとは全く違う、褐色の俗に言う”マッチョな肉体”でポーズを取る。僕も知っている、そのポーズはかの有名な、フロント・ダブルバイセップス。上腕二頭筋を大きくアピールするとともに腹筋と胸筋も見せつけるためのものだ。
「――どうです、私の筋肉は」
彼は筋肉に力を込め、あらん限り大きく見せようとする。その肉体は、最早褐色の山と言っても差し付けない程、素晴らしいものだった。膨れ上がる上腕二頭筋は女性のウエストほどあるだろうか、腹筋も板チョコのようにクッキリとエッジが効いており、さぼりがちな下半身もしっかりと筋肉がついており、特にハムストリングスは正面からでもしっかりと見える程に鍛え上げている。これは……ワールドストロンゲストマンに出ても見劣りしないだろう。
「どうです!! 異世界から来た君の目からして!!」
さらにポーズをモスト・マスキュラーへと変えて、バトウさんは顔面を硬直させて吠える。とんがった耳まで血管が花咲き、見事にビルドアップした胸筋はまるで尻のようだ。僕は、僕もなかなか鍛えられていると思っていたが、本物の、男の中の男――マッチョ・マン――を目にして異世界に来て以来、一番の感動を覚えていた。
「すさまじい、の一言です。あなたは男の中の男です。男です、素晴らしいです。一目見ただけでこれまでの努力が一瞬で分かる程、雄弁な筋肉です。眠れない夜もあったんじゃないですか?」
僕は思わず祈る様に両手を胸元で握り合わせる。その姿に、バトウさんは眼鏡を光らせながら微笑んだ。
「フフフ、あなたは分かってくれると思っていましたよ、ヨシュア君。なに、この村だとコレの良さが分かるモノがいなくてね。エルフ故、孤独には慣れていましたがフフフ、これからは楽しくなりそうだ」
彼は脱ぎ捨てた法衣を着ながら嬉しそうに笑っていた。僕も、異世界に来てから忘れていたトレーニングへの欲求の高まりを胸の奥で熱く感じていた。
「私はかねがね、回復職ほど肉体を頑強に鍛えろ、と提唱しているのですよ。そうすれば周りに守ってもらう必要も無くなり、自身も前線に奇跡とその肉体を以て加わる事が出来ると。つまり、自身の肉体をその筋肉を以て不壊の教会と化するのです。移動する筋肉の教会。矛を持つ聖典。さすれば我は不敗なり。……さて、と。本業の話を先にしておきましょうか。私が担当するのは奇跡という事ですが、アマノから説明は受けまし……その顔は受けてませんね。全く、あの子は……」
眼鏡を直し、バトウさんは棚から紙幣のようなモノを取り出した。彼は僕に座るように促すと、バトウさんも元の診察用の椅子に座り、紙を僕に見せる。何の変哲もない紙だ。
「これは魔力検査用紙。ここに書かれた六つの丸があるね? その六つはそれぞれ、火・水・土・風・奇跡……あと一つは予備だね。この紙に魔力を流すと、その人が使用できる属性の箇所が色が染まる。それによって自身の才能を見極めたり就職先を考えたり……まぁ使い道は色々だ。私がやって見せよう……ほら」
バトウさんの言う通り、彼が紙を握って少し力を込めると、「奇跡」の箇所と思われる部分が薄橙色に染まった。「君も試してみなさい」と紙を一枚貰い、力を込めたが、何も起きず、
「想定通りですよ、お気になさらず」
バトウさんが肩に手を置いて慰めてくれた――と思った瞬間、
「え!?」
「――なるほど」
持っていた検査紙の六つの丸、それが全て焼け焦げ、ハラハラと床へ散った。残ったのは六つの穴が空いた検査紙だけだった。
「私の魔力を吸ったのでしょう。まるで触媒……変換器とも言えるのでしょうか。あなたを通すとどんな属性にも変わるのでしょう。まぁ……分かり切っていた事ですが、こうして見ると理解が深まりますね。私なりにあの後考えたのですが、どうもあなたの身体は変換器としては機能するが増幅器とはならないようですね。私とベルティエの減った分の魔力とあなたがあの時に部屋中を照らした魔力、おおよそ同量でした。あとは……今触れているけれど、魔力を吸い取らないように出来ますか……無理そうですね」
バトウさんに言われ、肩に意味もなく力を込めたりするも、何の意味もなさなかったようだ。僕には――この力をコントロールすることは出来なかった。
「……ふむ。ヨシュア君、君はみだりに人に触ったり触られたりしない方がいい。それと動物にもだ。私たちは偉大な四天王……いや間違えた。偉大な私が名を連ねる四天王は、それなりに力がありますから致命的な事にはなりませんが、他の人たちからは猛毒に近いでしょう。まぁお気になさらず。世の中そんな人は沢山いますから」
「いや、何か急に僕めちゃくちゃしんどいハンディキャップ暴露されてませんか!?」
「フフフ、呪いに近いですね。まぁ呪いも祝福も表裏一体、気を付ければいいだけですよ。簡単に言うと、生き物に触るなってだけですから。そんなどうでもいい話よりも」
僕の身体に関するとんでもない結論が出て、未だに飲み込めずにいると、バトウさんは僕に一冊の本を手渡してきた。
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