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 先生の話は次第に、とても盛り上がる部分に差し掛かってきました。

 

 この講義で扱っている内容は『近代化に伴うネズミの少子高齢化問題について』医学的な観点からの解説です。ここはネズミの学校の中でも最上級生のクラスなので、このような小難しいテーマが扱われているのです。


「近年もたらされた恒久的な平和が、私たちの身体を変化させたのは明らかです。生物の身体は多くの細胞から成り立ち、その中には様々な、蛋白質などの分子が含まれているのですが、生活の変化は、私たちの細胞や分子の組成を著しく変えたのです。例えば、私たちは以前よりも格段に視力が上昇しました。これは、錐体細胞と呼ばれる、視細胞の数が増加したことに起因するものだと考えられます。これにより事物をより正確に捉えることが可能となりました。しかし一方では……」

 

 講義中、先生は熱心に語りました。彼はもう随分な年齢で、体はやせ細り、ほとんど骨と皮しか残っていませんでした。しかし、講義を熱弁する彼のその表情には、少年のような若々しさが宿っていて、力強い印象を周囲に与えていたのです。

 

 そんな中、教室の一番前の席で、湧き上がる興奮を抑えられずにいる、一匹のネズミがいました。彼の名はトルエ。彼は、他のネズミたちよりも随分と小柄で、こじんまりとした体格をしていましたが、新雪のように真っ白でさらさらとした毛並みに、短く整えられた口髭と、シュッと細長く伸びた尻尾を持っていて、それらからは、どこか理知的な性質が備わっている感じがしました。


 彼のつぶらで、ルビーの原石のように赤くキラリと小さく輝く瞳はいま、先生の姿とその口から発せられる言葉を、しっかりと捉えて掴んでいます。彼はそうして食い入るように先生のことを見つめながら、板書の内容を素早くノートに書き写していき、その間ほとんど瞬きもしていないほどでした。


 彼には、先生の言葉の一つ一つをよく咀嚼して、深いところまで理解することができました。それは一つには、彼が勤勉で真面目な性格であったためです。そしてもう一つには、彼は昨日まさにその問題について思考を巡らせたばかりだったのです。誰だってこうなれば面白くないはずがありません。彼の頭の中では、先生の言葉と自分の考えとが、乱雑にせわしなく駆け巡っていましたが、それでいてそれはしっかりと秩序だっているように、彼には思えたのです。彼は自分の考えが一本のまっすぐな道、果てしなく続く真理への道へと続いていく景色を思い浮かべることが出来る気がしました。


 一方で他のネズミたちはというと、興味深そうに、うんうんとしきりに頷きながら聞いているものも少数はおりましたが、残りの大半は難しくてついていくのがやっとという風でした。

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