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 一方、そのさらに後ろには、まだ全体の半分にも満たない場所を走っている一匹のネズミがいました。彼の名はビス。彼はまるで足に重しでもくくりつけているかのように、身体を引きずるようにして一生懸命に走っていましたが、スタートしてから他のネズミたちとの距離はどんどん開くばかりでした。


 しばらくして、トルエたち後続グループもゴールしました。早くににゴールしたネズミ達は座っておしゃべりに興じていて、すっかりとくつろいでいる様子です。トルエ達も息を切らしながら、へたりとその場に座り込みました。


 それから五分くらいが経ちました。ビスはようやく四分の三の地点を通過した所でしたが、彼はもうほとんど走っているのか歩いているのかわからず、のろのろと進んで、苦しそうに顔を歪めながら、遠くでくつろいでいるクラスメイトたちの姿を遠目で捉えていました。


 すると段々と、トルエの周辺からはくすくすと、嘲るような笑い声が聞こえ始めました。


「あいつ、デブだからあんなに遅いんだろ」


「あの体型だったら三日三晩なにも食べなくたって死にそうにないよ」


「いや、さすがにそれは死ぬでしょ、デブでも」


「まあ、あいつが死んだって誰も気にしないよ」


「母さんくらいは泣いてくれるんじゃない?」


「無理だよ、オレ、この前アルフォードんとこのレストランであいつの母ちゃんがすげえ声で怒鳴ってるの見たぜ。あいつ、テストでもあんまりひどい点数だから、母ちゃんにすら、どうしてそうも出来損ないなんだって怒鳴られてたんだよ」


「俺だったら恥ずかしくて死んじゃうな」

 そこで一度どっと大きな笑い声が上がりました。


 先生は注意しましたが、肝心の会話の内容は聞こえていませんでした。先生に聞こえないようにひそひそと会話をすることくらい、ネズミ達はとっくに心得ていたのです。


 これは、このクラスでは見慣れた光景でした。ビスは運動ではいつもドベでしたし、勉強もてんでダメで、周りからは嘲笑の対象となっていたのです。


 トルエは彼らの会話をくだらないことだと軽蔑しつつも、ビスにはある種呆れた気持ちを抱いていました。ビスの体型は確かにだらしなく、それは努力によって改善できるのに、彼はなぜそれをしないのだろうか? 勉強だって、そりゃあもちろん頭の良し悪しはあるだろうけれど、少しだって努力をすればテストであんなひどい点数は取らないはずだ。なぜ彼はそれすらしないんだろう?


 トルエは、こんな風に考えていました。しかしだからといって彼はビスに何かとやかく言ったりすることはしませんでした。自分とは関係がないことだからです。

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