1-15

――「フォル君、きみはどうかね?」

 フォルの番になりました。そう聞きながら先生は、彼のことを心配そうに見つめました。彼の破天荒さは学校中に知れ渡っていましたから、フォルの進路については、教師陣の大きな心配事の一つだったのです。


 皆もフォルの将来について、彼の口から直接なにか聞いたことがありませんでしたから、興味津々な面持ちで耳を傾けました。そして彼は少しの間を置いてから、言いました。


「僕はチーズハンターになりたいです、センセイ」

 彼の一言で、教室は一気に沸き立ちました。


「フォル、お前がチーズハンターになったら俺たちにこっそりごちそうを分けてくれよ!」


「でもフォル、いくらお前でもチーズハンターは難しいんじゃないか?」

 あちこちから歓声に近い言葉が飛び交い、フォルのことをしきりに囃し立てました。先生は一瞬呆気に取られましたが気を取り直すと、再び咳ばらいをして、続けて彼にこう聞きました。


「ふむ……。確かにチーズハンターは我々の世界で最も名誉のある仕事だ。目指すのは大変喜ばしいことだ。しかしまた一方でそれ故に、並大抵のことではなることはできない。我が校でも数年に一匹行けるか行けないかというのが現状であるというのは、皆も知っているだろう。それにしても、君はどうしてチーズハンターになりたいのかね?」


 するとフォルは、いきなり深くため息をつきました。皆はびっくりして、フォルの顔を見ました。先生までもが彼の一挙手一投足に気を取られるくらいに、教室のネズミたちは彼に注目しています。皆の視線を一身に浴びている彼は、柄にもなく真面目で、思いつめた表情をしていました。そうして語り始めるのです。


「センセイ。僕にはいま、病床に伏した母がいます。我が家には父がいません。そのため、母はこれまで僕のことを女手一つで一生懸命に育ててくれました。我が家は貧乏で食べるものも少なく、双子の弟は、僕が学校に入る前に死んでしまいました。……あのときのことは今でもはっきり覚えています。ちょうど今晩の様に、肌寒い秋の夜のことでした。僕たち兄弟は屋根もない場所で、身をすり合わせて座っていました。もう二日は何も食べていませんでした。母が泊まり込みで働きにいったっきり帰ってきていなかったんです。飢えと寒さで意識が朦朧とするさなかで、僕たちは死を覚悟しました。すると突然、弟がこう言ったんです。お兄ちゃんがいたから僕はこれまでずっと頑張れた。お兄ちゃんのためなら死んだってかまわないって。それで僕は、そんなバカなことを言うんじゃないと、弟に言いました。けれど弟はもう何も言わなくなってしまって、優しい顔をしながら眠っていたんです。……僕は弟を、ライを……食べました、飢えをしのぐために。当時はこんな目に合わせた母を憎みました。でも母だってどうしようもなかったんです。子供を産んですぐに父がいなくなってしまって、働かなきゃならなくなったんだから。それでも母は僕のことを、これまで必死に育ててくれました。こうやって学校にまで通わせてくれているんです。この街では見かけないけど、世の中には、学校に通えないネズミだっているらしいじゃないですか。だから、今度は僕が母に恩返しをする番だと思うんです。チーズハンターになれば、たくさんお金を稼いで母の病気を手術で治すことが出来るかもしれないから……」


 皆はしんとしてフォルの話を聞いていました。長い沈黙がありました。メスネズミの内の何匹かは、ハンカチで溢れる涙を拭きました。普段彼の取り巻きをやっている二匹のネズミでさえも、この話は初耳であり、深刻な表情で彼の後姿を見ていました。それからしばらくして、先生は言いました。

「フォルくん。私は今まで君というネズミのことをまったく勘違いしていたみたいだよ、うん。君の頑張りはきっと報われるよ、だから困ったことがあればいつでも私や他の先生のことを頼りなさい」


「ありがとうございます、センセイ」

 フォルはそういって腰を下ろしました。しかし着席する間際、彼がニヤリとほくそ笑んだのを、トルエは見逃しませんでした。


 なんだかしんみりとした空気のまま、進路調査の時間は終わってしまいました。しかしそれは後ろ向きで重苦しい陰鬱なものではなく、前向きな悲哀だったのです。そう、今は教室の皆がフォルに同情をし、そして、彼を励まそうと思っていたのです。


 無論、トルエを除いてですが。

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