仮の居住地が決まりました
足先から頭のてっぺんまで全てが痺れる。
心臓を直接掴まれたような感覚に陥る。
——こっっっっっわ!!
尋常じゃないくらいの恐怖を覚えたんだけど、今。
ちょっと真面目に死を予感したぞ。
だが、これくらいの動揺で抑えられているのは、ドラコの肉体と奴の記憶が混じっているおかげだ。
もし前世の俺がこの場に居合わせたら、余裕で失神していたことだろう。
下手したらそのままショック死すらもあり得たかもな。
ちなみにブラムに至っては、微動だにしなくなっていた。
これは……うん、気絶してるな。
すまん、ブラム。
必ずいつかこの埋め合わせはするから。
深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、俺はティアマトに向かって言う。
「元魔王軍四天王ドラコという者だ。訳あって魔王軍を抜けたから、暫くの間、ここで山籠もりをさせて欲しい」
「……ほう。妾を従属させに来たのではないのか」
「んな訳あるか。今の俺があんたと戦っても余裕で殺されるわ」
ティアマトの攻略推奨レベルは70台後半だ。
勇者一行の装備やスキルが充実した状態でそれなんだから、俺が戦ったところでまず勝ち目はない。
……そういや、この世界に装備の概念あるのだろうか。
凄くメタ的な考えになるけど、こっちの世界に装備画面的なものがあるとは、ましてやそれの操作一つで装備を切り替えられるとは思えない。
それに大量の装備を持ち歩くとなると、普通に荷物が嵩張るし、移動するだけでもかなりキツくなるはずだ。
——まさかパワーで解決してる……って、そんなわけないか。
ここで脱線しかけた思考を元に戻し、すぐに意識をティアマトへと戻す。
「俺がここに来たのは、あんたに一言挨拶する為だ。この霊峰の主になんの断りもなくうろちょろするってのは無礼かと思ってな」
「ククッ、それはまた殊勝な心がけじゃのう。だが、ここに来ることで妾に殺されるとは思わなかったのか?」
「それはない」
即答で断言する。
「あんたは自身の強さに誇りを持っている絶対的強者だ。寄ってたかる羽虫を潰しこそするが、道端を歩く蟻をわざわざ踏みに行くようなことはしないだろ」
これまで魔王軍の連中が殺されてきたのは、力づくで屈服させようとして奴の逆鱗に触れてきたからだ。
こっちがそれなりの態度を持って接すれば、対話に応じてくれるくらいの知性も理性も持ち合わせている。
実際、虹剣じゃこいつと相対しても戦わずに帰ることも可能だったからな。
「生意気な小僧じゃ。知ったような口を叩きよって」
ティアマトはくつくつと喉を鳴らす。
さっきまで嫌と言うほど突き刺さっていた、身の毛がよだつような殺気は大分鳴りを潜めていた。
「——だが、よかろう。長らく暇をしていたのでな。貴様らの滞在を許そう。好きに過ごすがよい」
「本当か!? ありがとう、恩に着る」
首裏にくっ付いたブラムを落とさぬように深くお辞儀をすれば、
「……して、ドラコといったか。先ほど魔王軍を抜けたなどと言っていたが、貴様は何故、この霊峰へとやって来た? 宿代の代わりだ。その訳を妾に聞かせよ」
ティアマトに訊ねられる。
霊峰に来た理由か。
隠すようなことじゃないし、素直に話してもいいか。
「そんな大したものじゃないぞ。ただ魔王の命令に背いて、勇者との戦いをバックれた挙句、地の聖剣を奴らの手に渡らせてしまっただけだよ。それで魔王の粛清から逃れる為にここに来た」
包み隠さずに原因となった出来事を説明すると、ティアマトは暫し目を丸くしてから一転、大きく声を立てて笑い出した。
「あっはっは! 実に奇怪な男じゃの、貴様は。勇者と魔王軍からはおめおめ逃げ出したというのに、妾の前には堂々と姿を現すとは!」
「そこまで笑うことか?」
「無論じゃ。貴様、相当変わってるな」
「それは、まあ、出自があれなもんで……」
あんま自分で言うのは好きじゃないが、この世界の常識と俺の中の常識は結構ズレてるだろうし。
「話は戻すけど、ここに来たもう一つの理由は、最初にも言ったけど修行の為だ。ここに籠もって一から鍛え直して、魔王軍の刺客が来ても余裕で追い返せるくらいには強くなるつもりだ」
「フッ、本当によく分からぬ男じゃ。……まあよい、であれば思う存分鍛えよ。妾は貴様らを眺めて暇を潰すとしよう」
「——というわけで、なんかティアマトの近くで寝泊まりすることになった」
暫くして、意識を取り戻したブラムに事の経緯を説明すると、
「あわ、あわわ、あわわわわ……!! 邪竜のすぐ近くで生活するのですか!? あばば……あっ、お、おやつにされる……そっか、ぼく、邪竜のおやつにされちゃうんだ……うえええん!!」
見事なまでにパニくった。
電流が走ってんのかってくらいブルブル震えまくっていて、指先で触れたらどこかに吹っ飛んでしまいそうになっていた。
……なんか、ごめん。
なんとも言えぬ罪悪感に駆られる。
泣きじゃくってしまったブラムをぽんぽんと撫でながら、
「落ち着け。ティアマトは魔王軍の奴らよりはずっと話の分かる奴だ。危害さえ加えなきゃ、別にお前を食いも殺しもしねえよ」
「……ほんとですか?」
「なんで嘘つく必要があんだよ。というか、餌になるんだったらとっくに全力で逃げてるっつーの」
宥めるもブラムは、不安そうに俺に体を向けている。
とはいえ、ここまで怖がるのも無理はないか。
これまで邪竜ティアマトに屠られてきた魔王軍は数知れず。
他の四天王もおろか、魔王でさえ手を焼いていたほどの存在だ。
そう簡単に認識を変えられるものでもない。
——ま、そこはちょっとずつだな。
そんなわけで、とりあえず住むところはどうにかなった。
早速、明日から修行を開始するとしようか。
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