お早い再会

「ドレイク様! これもすっごく美味しいです!」


 宿屋の近くにある大衆食堂。

 ブラムがテーブルに並んだローストチキンやピザを口いっぱいに頬張る。


 ——やべえ、こいつは想定外だわ。


 その様子を見て、俺は焦燥に駆られていた。


 大盛りオムライスに巨大ハンバーグ、ミートソースやらクリームといったパスタ各種に野菜たっぷりな具だくさんスープ、山盛りポテトサラダにパリッパリに焼かれた極太ウィンナー五本、串焼き十本以上……etc.

 もう既にこれだけの品を平らげておきながら、まだまだ食べるペースが落ちる気配がない。


 まさかブラムがこんな大食いだったとは……。


 元の姿の時は、大気中の魔力だけで生きていけたから食事を摂る必要が無かった。

 だからこそ余計、飯の美味さに感動しているっていうのもあるかもしれない。


「人間の体も良いものですね。最初はご飯を食べなきゃ生きていけないなんて不便な体だなとは思っていましたけど、こんなに美味しい物を食べられるなら悪くはないというか、寧ろ大歓迎というものです!」


「そうか、気に入ってくれたなら良かったよ。あと、人がいるところで人間云々発言は控えようなー」


 言いながら、こっそり金が入った袋を確認する。


 ……うん、絶対足りねえな。


 確実に予算を大幅にオーバーしてるけど、めちゃくちゃ幸せそうに食ってるブラムを見てたら止めるに止められない。

 それに店に入る前に「遠慮せずに好きなだけ食っていい」なんて言ってしまった手前、今になって撤回するのもなんだか憚れる。

 恥を忍んでティアマトからお金を借りるって手もなくはないが、それでも足りなそうだし、そもそも自分の食事代だけで手一杯なはずだ。


 なんせバンバン酒頼んでたし。


 隣で涼しい顔して優雅にワインを飲んでいるが、これで三本目だ。

 予算の都合でこれで打ち止めにしているが、多分まだまだ余裕で飲めるだろ。


 ——酒豪だ、完全なる酒豪と言って差し支えない。


 まあ、イメージ通りといえばイメージ通りか。

 逆に下戸だったらそれはそれで面白くはあるが……って、そんなこと考えてる場合じゃねえ。


 明日になれば確実に返済できるはずだから、可能ならツケにしてもらいたいが、果たして一見の客に対してそんな寛大な対応をしてくれるものだろうか。

 何にせよ、とりあえず交渉してみないことには始まらねえか。


 なんて腹を括りながら席を立ち、近くにいたウェイトレスに声をかける。


「あー、すまん。ちょっと代金のことで相談があるんだが……」


「代金? ……あー、いいよ。アンタらの分は、もう払ってもらってるから」


「へ?」


 どういうこと?


 思いがけぬ返答に間の抜けた声と共に首を傾げれば、ウェイトレスはちょっと離れたテーブル席に視線をやる。

 それを追った先に、見覚えのある顔があった。


 ふわりとした亜麻色のショートヘア。

 垂れ目がちな藍色の瞳。

 そして、人形のような可愛らしいルックス。


 ——見紛うことなき、ミオ推しだ。


 近くには彼女と似た少女の姿もあった。


 確かあの子は……ミオの妹か。

 原作だとあまり外にも出れないくらい病状が酷かったけど、こっちの世界だとそこまでじゃなさそうだな。

 もしくはストーリーの進行に合わせて病状が悪化していくって可能性も無きにしも非ずだが……いや、これ以上考えるのはよそう。

 それよりも、どうしてミオ推しが俺らの飯代を代わりに払ってくれたのか、その理由を確かめるほうが先決だ。


 近づけば、俺の存在に気づいたミオが、へにゃりとした笑みを浮かべた。


「あはは、もうバレちゃったか。本当は見つかる前に帰ろうと思っていたのだけど。こんばんは、冒険者さん。日中は助けてくれてどうもありがとう」


「あー……えっと、こっちこそどうも」


 ……ヤバいな。

 今になって急に緊張してきたんだけど。


 冷静に考えても、最推しとが会話できるなんて最高過ぎる機会だ。

 なのに平常心でいろって方が無理な話だ。

 それでも頑張って、顔に出さないようにはするけど。


「あの……なんで、俺らの会計を肩代わりしてくれたんだ」


「昼のほんのお礼さ。君が割って入ってくれたおかげで、問題がスムーズに解決したからね。それに彼らを懲らしめてくれたんだろう?」


「まあ、一応は」


 もう二度と悪事を働かないと誓わせる程度には締め上げておいた。

 奴らを改心させれば、ミオが誘拐されるサブイベントが消滅するはずだし。


「——それで、それと奢ってくれたのはどういう関係が?」


「ちょっとした意趣返しってやつだよ。助けるだけ助けて、お礼を言わせてもくれなかった君へのね。それにお金が無くて困ってそうだったから。あの子が料理を食べている傍ら、こっそり懐を気にしていただろう?」


 言ってミオは、幸せそうにご飯を頬張るブラムをちらりと見遣る。


「……よくお気付きで」


「これでも姉だからね。そういう機微には敏いのさ」


 それからミオは、小さく微笑むのだった。


「そうだ。折角だし、少しお話ししたいのだけど……いいかな?」

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