推しの為なら
彼女の名前は、ミオ。
ファミリーネームは設定が明かされてないから知らない。
知っているのは、彼女がこの街で暮らす腕利きの冒険者であること。
それと病気の妹と二人で暮らしていることだ。
俺の推しポイントは、何と言っても見た目と性格のギャップだ。
パッと見はやや小柄で可愛らしい女性だけど、その中身は騎士のように気高く凛々しい。
声が可愛い系っていうのも相俟って、そのギャップが更に際立っていた。
初めてミオを見た時の衝撃は、今でも記憶に焼き付いている。
自分でも上手く言葉で言い表せないのだが、性格、声、容姿……彼女の全てがなんかよく分からんがマジでブッ刺さった。
ネームドモブでこれなんだから、もしメインキャラの一人になっていたら、俺の情緒はとんでもないことになっていたと思う。
そんな彼女が原作で出てくるのは、ゲームの終盤。
勇者一行がドロストに戻ってきた時に発生するサブイベントだ。
地の聖剣の洞窟の奥で、ここにいるゴロツキ共に捕まった状態で出てくる。
曰く、ミオとゴロツキ共の間には以前から因縁があったようで、それが積もりに積もった結果、人身売買目的の誘拐に発展したようだ。
でも、こいつらがこうして堂々と街の中にいるってことは、まだ盗賊にはなってないってことか。
……まあ、そんなことはどうでもいい。
今重要なのは、推しが窮地に陥っているって事実だ。
目の当たりにしてしまった以上、黙って見てられるか。
——こうなっているのは、後ろにいる少女を守ろうとした結果なんだろうけど。
「お前、ここら辺じゃ見ねえ顔だな。誰に喧嘩売ってんのか分かってんのか、あ?」
「ああ、新人冒険者を恫喝して金品巻き上げたり、今みたいに女の子を強引にナンパしようとするゴロツキだろ」
言い放てば、ゴロツキ共が一斉に青筋を立てる。
「……おうおう、言うじゃねえか。お前、ちょっと俺らに付き合えよ」
「別に良いけど、デート代は持ち合わせてないぞ」
「いらねえよ。あんま舐めた口叩いてるとぶっ殺すぞ」
ドスを利かせた安い脅し文句。
やっぱりこういう展開になるよな。
だが、推しの手前だ。
少しだけ格好つけさせてもらうとしよう。
「そういうのは、実行できる相手に言っとけ。じゃないと、あんま効果ないから」
「……上等だゴラ。後で泣いて謝っても遅いからな」
ゴロツキの一人が言うと、周りの奴らが俺を取り囲み、そのまま建物の外へと連れ出そうとする。
それを察知したブラムが、こちらに駆け寄ろうとする。
「ドレイク様……!!」
「心配すんな。大丈夫だからお前は、ティアとそこで待ってろ。つーわけだから、ティア。戻ってくるまでブラムを頼むぞー」
そう言い残し、俺はゴロツキ共と建物から近くの路地裏まで移動する。
途中、ブラムとティアについて訊かれはしたが、そこは適当にあしらっておいた。
「——さてと。テメエ、俺らに喧嘩売ったんだ。相応の覚悟はできてんだよな?」
「一応は。でも、お前ら俺に勝てるの?」
原作でミオを救出する際にこいつらとは一戦交えたが、お世辞にもモブ敵に毛が生えた程度の強さでしかなかった。
どっちかというと、その直後に戦う羽目になった魔物の方が厄介だった。
今のは俺の純粋な疑問から出た問いかけだ。
けれど、向こうからすれば煽り以外の何者でもない。
「テメエ、ぶっ殺す!!」
当然、怒りの頂点に達した一人が俺に殴りかかってくる。
シルバと比べれば、パンチの速度も威力も圧倒的に下回っている。
この程度の攻撃であれば、防ぐのは容易い。
「よっ、と」
「なっ!?」
魔力による肉体の強化もない。
ただの格闘術。
パンチをいなされて驚く男の背中を掴み上げ、
「が、はっ!」
地面に叩きつけ、そのまま組み伏せる。
加減はしたが、胸を強打したことで男は抵抗する力を失っていた。
「ほらな、言ったろ」
身体強化を施さずとも、そこらのモブ相手なら問題なく戦える。
俺自身がかつて虹剣の低レベル縛りで戦闘技術を磨いたってのもあるけど、まあぶっちゃけドラコの身体能力の賜物だな。
少なくとも前世の俺の腕力じゃ、こうはいかなかったはず。
『形態変化』で人間の姿になってるとはいえ、その膂力は依然健在だ。
単純な力比べなら大抵の相手には勝てるだろう。
——しかし、ここでこいつらをボコしてもいいのだろうか。
サブイベとはいえ、こいつらは原作に関わってくる人間だ。
もしここで完膚なきまで叩きのめすことで、サブイベが消滅するようなことに発展しようもなら……いや、別にいいか。
ティアマトを霊峰から連れ出してしまった時点で、サブイベ一個消滅させてしまっているようなものだし。
それにここで奴らと推しの因縁をなくすことで、
——うん、全くないな。
寧ろ、ここで積極的に潰しにかかるべきだ。
サブイベで発生する魔物に関しては……まあ、どうにかなるだろ。
となれば、ここでやるべきは——、
「もう二度とくだらねえ真似しないように、徹底的に締めることだな」
つーわけだ、こいつら全員ボコそう。
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