たかがサブイベでも

 かつてゲームをしてた時に見ていた光景が目の前に広がっている。

 恐らく、今の俺は初めて東京を観光した田舎者かってくらい、あっちこっち見回していることだろう。


 うっわ、凄えな。

 マジで虹剣で見たまんまじゃん……!!


 けれど、やはり原作と酷似した世界であることも再認識させられる。

 街の広さがゲームのそれよりも確実に数倍広い。

 証拠に既視感はあるけど、見知らぬ建物や道がちらほら見受けられた。


 それでも道に迷わずにいられるのは、街の大まかな構造と主要な施設周辺の景色はゲームと瓜二つだからだ。

 おかげでゲームで得た知識である程度の土地勘を働かせることができていた。


「もうちょっとで冒険者ギルドに着くぞー」


 とはいえ、まさかこういう形で利用することになるとはな。


 虹剣において冒険者ギルドというのは、サブイベを発生させる場所だった。

 依頼を受けることでフラグが発生し、ちょっとしたサブストーリーやキャラの個別ストーリーが展開される。

 そうじゃなくても、スキルツリーを育成する為のSPスキルポイントを獲得するついでに所持金を増やしたり、回復アイテムや素材、装備といった各種アイテムを入手するのに利用されていた。


 ——つっても、この世界にSPなんてものは存在しないけど。


 なんて思っているうちに、冒険者ギルドの前にたどり着く。

 早速、建物の中に入れば、ゲームの中で見たそのままの景色が広がっていた。


「おお……!」


「……ドレイク、貴様は一体何に感激しておるのだ? ただ人間がうようよとおるだけじゃろう」


「全部にだよ」


 白々しい眼差しを向けてくるティアマトを横目に、俺は受付カウンターに向かう。


「すまない、冒険者の登録と依頼の斡旋を頼みたいんだが……」


「かしこまりした。では、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いします」


 原作で見たことがある受付嬢から用紙を貰い、さくっと記入を済ませる。

 文字はゲーム内独自の言語で書かれていたが、読み書きは日本語と同じ感覚で問題なく扱えた。


 ——魔族だけど、ドラコってちゃんと文字の読み書きできたんだな。

 まあでも……ドラコこいつの出自を鑑みれば、ある意味当然っちゃ当然か。


 ちょっとした事実に感謝しつつ、用紙を受付嬢へ返却する。


「ありがとうございます。内容の確認を終え次第、冒険者証を発行するので少々お待ちください。お連れの方も登録いたしますか?」


「だってよ、ティア。折角だし登録しとくか?」


「どちらでも構わぬ。好きにせよ」


「じゃあ、登録で」


 これからこの街には当分世話になるんだ。

 ティアマト個人でも依頼を受けられるに越したことはない。


 けれど——、


「ブラム、そんな目をしてもお前はなしだからな」


 ちょっと期待混じりの視線を向けているブラムには釘を刺しておく。

 人の姿になってから、何を考えているか顔見りゃすぐに分かるようになっていた。


「ええっ!? そんなあ……あんまりですよ、ドレイク様!!」


「当然だろ。お前、ロクに戦えないんだし」


「うっ、それは……確かにそうですけど」


 俺の指摘にがっくりと肩を落とし、しゅんとなるブラム。

 その姿にちょっと罪悪感が芽生えてくるが、冒険者になって怪我でもされたら、それこそ最悪だ。

 これが俺の過保護だとしてもブラムだけは、なるべく危険から遠ざけておきたい。


「……まあ、そんなに気を落とすなよ。そのうち、ブラムだからできることを頼む時が来るだろうから、それまで力を溜めておいてくれ」


 言って、頭をポンポンと撫でれば、


「……はい!!」


 尻尾があればブンブン振り回しそうな勢いでブラムは、心底嬉しそうに前髪で隠れている目を細めた。


 ——うん、やっぱ、こいつ小型犬だなあ。


 その後、俺もティアマトも無事に冒険者証の発行を終え、適当に依頼も斡旋してもらった。


 内容は街の外にいる魔物の駆除、ノルマは対象を問わず十五体だ。

 ゲームでもレベリング兼お小遣い稼ぎ目的でこういう依頼は何度も受けてきたが、生活の為となると少し心の持ちようが変わってくる。

 まあ何にせよ、さくっと終わらせて滞在費と食い扶持を稼ぐとしようか。


 受け取った依頼書を手に、冒険者ギルドを後にしようとした時だった。


「——おい、そこどけやゴラ!」


 唐突に室内に響く怒号。

 振り向けば、亜麻色の髪の女性が六人のゴロツキっぽい男共に囲まれていた。

 よく見ると、女性の陰には別の少女の姿もあった。


(あれは……!)


「どかないよ。君たちこそ彼女から早く離れてくれないかな」


 女性の口から放たれる、落ち着きがありながらも可憐な声。

 聞こえた瞬間——心臓が強く跳ねる。


「何の騒ぎじゃ?」


「悪い、ちょい外す」


 一言だけ告げて、俺は亜麻色の髪の女性の元へと向かう。

 勝手に足が動いていた。


(俺の見間違いでなければ、あの女性ひとは——)


 近づけば、俺に気づいたゴロツキの一人が俺にメンチを切ってくる。


「あ゛、なんだテメエ? 俺らに何か用でもあんのか?」


「まあ、そんなとこ。取り込み中のとこ悪いけど、首突っ込ませてもらうぞ」


 囲まれている女性を含めて、こいつら全員原作で見た覚えがある。


 勇者一行が地の聖剣を入手し、他の国に旅立った後、聖剣が祀られていた洞窟に潜んでいた盗賊団だ。

 そして、今、ゴロツキ共に囲まれているのは……やっぱりそうだ、間違いない。


 近くで少女を庇う女性を見て確信する。


 ゲーム本編上では、殆ど関わることが無かった——俺のだ。

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