第二章

人のいる場所へ

 霊峰の近くには、ドロストという街がある。


 勇者一行が旅立った国サライジアの辺境に位置し、人口は王都の四分の一程度ではあるが、都市部に負けず劣らずの活気に満ちた街だ。

 近くには地の聖剣ソルムが祀られていた洞窟があったりもする。


 原作では地の聖剣を入手するまでの間、勇者一行はこの街にに滞在していたが、それ以降は終盤まで訪れることはない。

 そして、無事に目的を達成した勇者一行は今頃、次の聖剣を求めて別の国に向かっているはずだから、当分の間はこっちに戻って来ることはないと思われる。


 というわけで、『形態変化』で人間の姿に変えた俺たちは、勇者一行が居なくなったばかりのドロストにいた。


「わあ……ドラコ様! ここが人間共が暮らす街というものですか!」


「人間共言うな。お前も今、その人間になってんだから。あとドラコじゃなくてドレイクな。様もつけなくていいから」


 行き交う人々や町並みに目を輝かせるブラムを嗜める。


 まあ、初めて見る光景に興奮するのも分からんくはないけど。

 ずっと魔族か魔物しかいない環境で暮らしていたわけだし。


 ——しかし、なんだか街の中が騒がしいな。


 俺らがいるのは、街の入り口からすぐのところだが、門番やら衛兵に加えて、冒険者らしき人間までどたばたしている。

 何が原因で大騒ぎしているかは、何となく察しはついている。


「霊峰から邪竜が姿を消したのは本当なのか!?」


「分かんねえ! けど、山頂を覆っていた暗雲が急に消えてなくなったらしい!」


「赤い空は!? 確か邪竜の魔力で山頂近くの空は赤くなっているんだろ!?」


「徐々にだが、それも消えかけているようだ。詳しいことは先遣隊の奴らが帰ってきたら聞いてくれ。三日後には戻って来るはずだから」


 ……うん、案の定、思いっきりやらかしてますね。


 まさかティアマトが居なくなった影響がもう出てしまっているとは。

 いや、確かに原作だとティアマトを倒した時の演出で赤かった空が青く澄み渡るっていうのはあったけど……その時は、勇者一行が霊峰に向かったことが前提としてあったからなあ。


 でも今回は、原因不明の消失。

 近隣の住民にとっては、不気味でしかないか。


 もっとも——その消えた邪竜は、普通に隣にいるんだけど。


「くくっ、妾が居なくなった程度でこれほど狼狽えるとは。人間とは、実に愉快な生態をしてるよのう」


「居なくなった程度で済まねえからこうなってるんだろ。あんた、自分じゃ自覚ねえかもしれないけど、歴とした歩く災害だからな」


 言って、俺は隣のを見遣る。


 腰まで伸びた艶やかな黒髪、絹のような白い肌、宝石のような真紅の瞳。

 百八十センチオーバーの高身長から繰り出される抜群のモデル体型は、近くを通りがかる人々の視線を否応なしに惹きつけている。


 これが『形態変化』で人間に姿を変えた——ティアマトだ。


 まさかここまで絶世の美女になるとまでは考えてなかったが、ぶっちゃけブラムの時と比べるとそこまで衝撃を受けていない。

 だって、ティアマトが女であることは元から知ってたし。


 ちなみにブラムは、びっくりし過ぎて叫んでた。

 それと恨めしそうに睨んでた。

 ティアマトだけデカいことが悔しかったんだろうな。


 まあ、それは置いておくとして——、


「間違っても正体がバレるような真似はすんなよ」


「誰に物を言うておる。妾がそのようなヘマを打つと思うか」


「心配だから釘を刺してんだよ。俺も人のことあんま言えねえけど」


 一応、魔力で正体を見抜かれぬよう自身に大幅な制限をかけてもらっているが、それでもちょっとした事で露見する可能性は十分にあり得る。

 間違いなく世間と常識が乖離しまくってるしな、この邪竜。


「とにかく、変に悪目立ちするような行動には気をつけろよ。いいな——ティア」


「……ああ、胸に留めておくとしよう」


 謎に自信満々なのが逆に怖いけど……ま、いいか。

 今、あれこれ悩んでも仕方ないし。


 それよりも先に解決しなきゃならない問題は別にある。

 今はそっちを優先するべきだ。


「ところで、ドラ……じゃなくて、ドレイク様。これからどこに向かうのですか?」


「だから様はいらねえって。……冒険者ギルドだ。そこで路銀を稼ぐ」


 人間社会で生きていくとなると、兎にも角にも金が必要になってくる。

 しかし、俺もブラムもティアマトも当然ながら無一文だ。

 せめて今日の宿代だけでも稼がないと、初日からホームレス生活になってしまう。


 普通に嫌だよ、異世界転生したのに路上生活する羽目になるなんて。


「ふうむ、金とは面倒なものじゃの。欲しい物があれば、圧倒的な力を以て貢がせれば済むというのに」


「ナチュラル暴君発言止めてくれる? 郷に入っては郷に従え、だ。この姿になった以上、俺らが合わせる側だってことを忘れるなよ。つーわけで、冒険者ギルド行くぞー」


 ざわつく人々を尻目に、街の奥へ向かうことにした。

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