満を持して霊峰にお別れを

 シルバの剣をそこら辺に投げ捨て、ティアマトの元へ戻ると、ブラムがタックルさながらの勢いで駆け寄ってきた。


「ドラコ様〜〜〜!! よくぞ、ご無事で戻られました〜〜〜!!」


「悪かったな、怖がらせちまって」


「本当にそうですよ!! うえええええん!!!」


 ——やっぱ小型犬だなあ。


 俺の胸に飛び込み、身体を埋めながらブラムはわんわんと泣き叫ぶ。

 その頭をポンポンと撫でてから、俺はティアマトを見上げる。


「ティアマト。ブラムを守ってくれて、ありがとな」


「何、気にせずともよい。妾は何もしておらぬしな」


「そこにいてくれるってだけで十分過ぎるくらいに抑止力になってんだよ」


 ティアマトがいなかったら、ブラムを守りながらの戦いになっていた。

 流石にそれだとちょっとだけしんどい展開になっていただろうから、マジで助かった。


「——して、ドラコよ。貴様……それだけ戦えておきながら、勇者一行からは尻尾を巻いて逃げたというのか?」


「あの時は、強化術を覚えてなかったからな。いやまあ、今後も奴らと戦うつもりは一切ないけど」


 十中八九負けるし、何かの手違いで勝ってしまったところで、世界にとっては損失でしかないし。


「……ふむ、つまり彼奴らは、それほど脅威だということか」


「ああ。今はまだ無理だろうけど、そう遠くない未来、お前すらも倒す可能性を秘めてる程度にはな」


「妾を倒す? あっはっは、面白いことを抜かすではないか!」


「言っとくけど、ガチだからな」


 原作で何度お前を倒したことか。

 つっても、戦闘レベルを最高難易度にした時は、数え切れないくらい何度もゲームオーバーになって結構心折れかけたけど。


 当時の思い出を懐かしみつつ、俺は術式回路に魔力を通す。

 発動させるのは『回路刻印サーキットカーブ』と『形態変化トランス』、対象は——、


「ブラム。いきなりだけど、ちょっと術式伝授するぞー」


「へ? えっと、ドラコ様、それって、どういう……うぴゃっ!?」


 ブラムの頭に手のひらを軽く押し当て、魔力と共に術式を流し込む。


『回路刻印』——自身が構築した術式回路を他者に継承する魔術。


 継承可能な術は限られている上に、制約もそれなりにあるが、他者に術を伝承するにはもってこいの魔術だ。

 ちなみに、ドラコが転移魔術を習得する際に用いられた術式でもある。


 継承するのは、勿論『形態変化』だ。

 これでブラムも人間に姿を変えれるようにする。


 いくらスライムとはいえ、流石に魔物が街の中に入ろうとすれば、ほぼ確実に面倒ごとになるのは目に見えているからな。

 それに、人間の体に使い分けできた方が何かと便利だろ。


「——よし、ダビング完了。つーわけで早速だけど、ブラム。人間に姿を変えられるか?」


「人間にですか? 分かりました。今、身体の中に入ってきた術式回路を使えばいいんですよね?」


「ああ、魔力を流すだけでいけるはずだ」


 頷けば、ブラムは地面に降り立って魔力を練り始める。


「むむっ、むむむ……むむむむむむむむ〜〜〜っ!!」


 魔力の生成自体は、それほど難しい技術ではない。

 ……はずなのだが、どうやらブラムにとってはそうではないようだ。


 まあ、仕方ないか。

 原作上のステータスじゃ、レベル1みたいなもんだし。

 けどまあ、そのうち基礎的な魔力操作と簡単な生活用の魔術くらいは教えていかないとな。


 そんなことを考えながら、のんびり見守ることおよそ一分半。


「——はっ、きました!」


 ようやく術の発動準備が整った。


「ドラコ様、いきます——『形態変化』!」


 間髪置かずにブラムは、術式を発動させる。

 ブラムの足元に淡い紫色の光が生まれ、周囲の空間ごと全身を包み込む。


 そして、光が消えた時、目の前に立っていたのは——、




 黒髪メカクレパッツンゴスロリメイド服褐色少女だった。




 …………………………。

 …………………………………………。


 ……ああ、いや違うな。

 黒髪メカクレパッツンゴスロリメイド服褐色ボクっ娘少女か。

 ボクっ娘も大事な要素なのを忘れてはいけない。


 深呼吸。

 真っ赤な空を仰いで、再び深呼吸。


「……ふぅ」


 肺に溜まった息を吐き切ったところで、改めてブラムに視線を向ける。


 よし、とりあえず——属性過多が過ぎんだろ!!!


 黒髪のメカクレパッツンでゴスロリ風のメイド服を着た褐色肌のボクっ娘。

 えっ、ブラム、お前……人間の姿になるとそうなっちゃうのか。

 冗談抜きに、この世界に転生してから一番の衝撃受けてるんだけど、今。


 公式の設定資料集にも、裏設定も含めた公式Q&Aにもこんな情報無かったぞ。

 まさかブラムが——♂じゃなくて♀だったなんて。


 身長が百四十センチ半ばくらいと小柄なのは予想通りではあったけど、逆に言うとそれしか解釈が一致してなかった。


 今なら典型的なデータキャラが、いざ本番の戦いの中でデータにない情報を見せつけられた時の感情を理解できる気がする。

 確かにこれは、えげつないくらい動揺するわ。


「あの……ドラコ様。そんなに驚いて、どうかしました……?」


 ブラムがきょとんと首を傾げて訊ねてくる。

 とりあえず、さっき投げ捨てたシルバの剣をがっつり磨いて、それを鏡代わりにしてブラムの姿を反射させる。


 ブラムは、人間となった自身の姿を見て一瞬きょとんとしていたが、


「えーっ!? こ、これが……ぼくなんですか!?」


 これでもかというほど驚愕していた。


「そんなあ……人間になっても、ちんちくりんだなんて……!」


 俺とは違う理由ではあったけど。


 なんか凄く残念がってるけど、俺からしたら残当だぞ。

 むしろ大人っぽい外見してたらそっちの方がビビるっての。 


「くくっ、いいではないか。随分と愛い姿をしておるぞ」


「な、なんだと! お前、ぼくを馬鹿にしているだろ!!」


 揶揄うティアマトをブラムは、頬をぷくーっと膨らませて睨みつける。


 元々、顔がなくても感情が手に取るように伝わってきたブラムだ。

 人間の姿になったことで、もっと感情の機微が分かりやすくなっていた。


 そんなブラムを見て一頻り笑った後、ティアマトは俺に視線を移し、


「——そうか。ここを発つ時が来たのか」


「ああ、短い間だったけど、今まで世話になったな」


 魔王軍にここにいることがバレた以上、早急に次の隠れ家なる場所を探す必要が出てきた。

 ここに留まって、討伐に来た奴らを片っ端からぶっ倒すって道もあるが、そんなイベントボスみたいな生活は御免だね。


 それにブラムを安全な環境に移してやりたいし。


「改めてだけど、ありがとな」


 俺が修行に集中できたのは、ティアマトの膝下にいたおかげだ。

 ここより下で修行するとなると、常に魔物の襲撃に警戒しながらやらなきゃならなかったから、ティアマトには本当に助けられた。


「礼など要らぬ。妾の退屈凌ぎに主らを置いただけのこと。それでこの話は終わりじゃ」


「……そうか」


「——しかし、ここを離れるとなると、ちと寂しくなるのう」


「なんだよ、たった二週間そこらの付き合いだろ」


 周囲を見回しながら呟くティアマトにそう答えれば、


「貴様——何を勘違いしておる」


「へ?」


 何かが食い違う。


「妾も主らについていく故、そこのスライムに伝授した術を妾にも伝えよ」


「いや、ダメでしょ。あんたがこの霊峰から出てったら、ここら辺めっちゃ大騒ぎになるよ。国も魔王軍も勇者一行もめっちゃびっくりするよ」


「そのようなこと妾の知ったことではない。安心せい、妾の正体が分からぬよう細工は施しておく」


 そういう問題じゃねえんだけどな……。


「ここに残ってれば、勇者一行がそのうち、あんたに会いにくるかもしれないぞ」


「ふん、そのような可能性を待つよりも、主らについていく方がずっと愉しめる。そういうことじゃ、妾にも人化の術を伝授せよ」


「一応、人以外にも姿を変えれるけどな」


 あと頼み方が暴君のそれなんだよ。


「これが先の貸しと、ここを滞在したことの対価じゃ」


「……ぐっ」


 くそ、それ言われたら断れねえじゃねえか。

 ああでも、こいつを霊峰から離れさせたらサブイベが消滅するし……。


 葛藤の末、出した答えは——、


「……はあ、分かったよ」


 ドラコが生きている時点で、もうとっくに原作ルートからずれちまってるんだ。

 今更、終盤のサブイベが一個無くなるくらいどうってことないだろ。


「付いてきた後で文句言うんじゃねえぞ」


 そして観念した俺は、ティアマトにも『形態変化』を伝授し、三人で霊峰を下ることにした。

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