脱・バニラファイター

「なるほど、俺の処刑人はお前らってわけか」


「おっ、話が分かってるじゃねえか、ドラコさんよォ! なら、話は早えな。おら、さっさと跪いて頭を垂れろ。オレ様がその首叩っ斬ってやるからよ!」


 言ってシルバは、何もないところから禍々しい見た目の剣を喚び出す。


 召喚魔術——自身と魔力経路を繋げた物体を自在に呼び出す。

 勇者一行にもこの術式で武器を持ち歩いてる人間がいるくらいには、なかなか便利な術式だ。


 確かドラコも習得可能だったはずだから、何か武器を手に入れたら覚えておいて損はないかもな。

 ……ま、今は目の前の対処に集中しないとだけど。


「死ねって言われて素直に死ぬバカがどこにいるんだよ」


「むっ、確かにそれもそうだな。じゃあ、テメエの四肢を斬り落としてから、最後にその首を貰うとするぜ!」


「待て、シルバ! この男には、殺す前に聞いておかねばならないことがある」


 飛び出そうとするシルバを手で制すゴルド。

 それから、憤怒に満ちた眼差しで俺に向き合う。


「ドラコ……貴様、なぜ逃げた? 地の聖剣を勇者に渡した?」


「なぜって……死にたくないから、それだけだけど」


 答えた瞬間、ゴルドが青筋を立ててカッと目を見開いた。


「死にたくないから、だと……!? ふざけるな!! そんなくだらぬ理由で魔王様の命に背いたというのかお前は!!」


「うわ、こっわ。めっちゃヒステリックじゃん……」


 思わず声に出してしまう。

 その傍ら、ブラムは今ので完全にビビってしまったようで、俺の足元に隠れると、縮こまりながらプルプルと震えていた。


 ……うちのブラムを怖がらせてんじゃねえよ、ヒス野郎。


 ちょっとだけ、ほんのちょ〜っとだけイラッと来たぞ、今。

 表情に出さないようにしながらも、きつく歯を食いしばる。


「いいか、この世に魔王様の命令より重いものはない! そのような軽率な発言は、万死に値するぞ!」


「お前と違って俺は魔王サマに忠誠は誓ってねえからな。わざわざ負けると分かってる戦いなんかしてたまるか。……それで、てめえらこそ、こんな場所までのこのことやって来たってことは、相応の覚悟を持ってきたってことでいいんだよな?」


「ハッ、なんだァ? もしかして、邪竜に守ってもらおうって魂胆か?」


「違えよ間抜け。お前らが俺にやられる覚悟はあんのかって聞いてんだよハゲ」


 訊ねれば、場が静寂に包まれる。

 それを切り裂いたのは、シルバのぷっと噴き出す声、それと豪快な嘲笑だった。


「アッヒャッヒャ、こりゃ傑作だ! 誰が誰を殺るだって!? 四天王最弱のテメエがオレらを? そんなの天地がひっくり返ってもできるわけねえだろ!!」


 腹を抱えて大笑いするシルバに対して、ゴルドは怒髪天に達していた。


「舐めた口を叩くな! 我らは魔王様直属の精鋭だ! 貴様如きが勝てる相手ではない! そこに隠れている魔物諸共、その命を持って魔王様に罪を償え!!」


 それから奴らは、魔力を滾らせ、臨戦態勢に入る。

 言われて俺は、空を仰いで、ゆっくりと大きく息を吐き出した。


 ——なるほどな、それがお前らの答えか。


 さっきブラムには、返り討ちにして帰ってもらう、なんて言ったけど、残念ながらそれは無理そうだ。


「……ティアマト。一つ頼みがある」


「なんじゃ?」


「少しの間、ブラムを預かってくれないか?」


「……妾にそのスライムのお守りをせよというのか」


「そうだ」


 短く首肯すると、ティアマトはくつくつと喉を鳴らした。


「——不遜な奴め。この貸しは高くつくぞ」


「お手柔らかに頼むよ。……そういうわけだからブラム、ちょっとの間だけ辛抱してくれるか?」


 屈んでブラムに視線を合わせて、優しく言い聞かせる。

 ブラムは恐る恐るといった感じではあるが、ティアマトの陰に移動してくれた。


 その様子を見送ってから、俺も魔力を練り上げながら魔族二人の方を振り返る。


「……さて、そんじゃやろうか」


 挑発も交えた軽い手招き。

 刹那——猟奇的な笑みを浮かべたシルバが勢いよく飛び出し、ゴルドが術式の起動準備に入った。


 シルバが前衛、ゴルドが後衛ってわけか。

 原作には登場しなかったから、こいつらとの戦闘は初見になるわけだが……似たような魔族との戦闘経験はある。

 そいつらの戦い方をイメージすれば、大体の動きは察せるだろ。


 予想通り、シルバの動きが俺の想像の範疇を出ることはなかった。


 ——練り上げた魔力を術式回路に通す。

 けれど、それを察せられぬよう身体強化頼りに見せかけた魔力操作も行う。


 術式回路を”増幅”させるのは、奴が俺の間合いに踏み込んでからだ。


「ヒャッハー!!」


 そして、シルバが俺を間合いに捉え、剣を振り上げたその瞬間——、


「——『ヘイスト』」


 回路を”増幅”、術式起動。

 逆に俺から踏み込んで、シルバの手首を掴む。


「なっ、強化術だと——!?」


「格下だって油断したな!」


 俺の急加速した動きにシルバの反応が遅れる。

 俺は立て続けに強化術を発動させる。


「『キーネスト』、『ブースト』」


「ぐぁ……テメエ!!」


 跳ね上がった膂力によって、掴んでいたシルバの手首が砕け散る。

 重ねがけした強化術によって握り潰した。


 シルバの手から剣がこぼれ落ちる。

 俺は、反対の拳に”循環”させておいた魔力を滾らせる。


「テメエ、やめ……っ!」


「——『魔衝拳』」


 一切の容赦無く、収斂した魔力の籠もった拳でシルバの心臓を穿つ。

 心臓を破壊されたシルバは、夥しい量の血を吐きながら一頻り悶え苦しんでいたが、やがてぱたりと動かなくなった。


「シルバーーー!! ……ドラコ、貴様ぁ!!!」


「逆ギレすんなよ。先に殺しにきたのはあんたらの方じゃん」


 呆れつつ、シルバが落とした剣を拾い上げる。


 ふーん、魔王の精鋭が使ってる武器だけあって悪くはないな。

 聖剣には数段劣るけど。


「まさか、逆に自分が殺される立場になるとは思ってもなかったか」


「……っ!!」


 そうだよな。

 こっちはロクに魔術も使えない四天王最弱の脳筋で、対してそっちは魔王サマの精鋭部隊の超絶エリート。

 普通に考えれば、俺を始末するなんて造作もねえって思うだろうな。


 ドラコかつての俺が、勇者一行をぶっ潰そうとした時のように。


「驕んな。そんなんだから、別の世界線でティアマトにもぶっ殺されんだよ」


「貴様、何を……!?」


 地面を強く蹴り、今度は俺から攻勢に出る。


「くっ——『デモンズブラスト』!!」


 ゴルドは咄嗟に反応すると、攻撃術で応戦しようとするも、


「遅えよ、ヒス野郎」


 術式が放たれる前に、ゴルドの懐に潜り込む。

 そして、剣を振り上げて上段から繰り出す。


 刀身に魔力を纏わせた渾身の一太刀を——。


「『剛魔斬ごうまざん』」


 速度、膂力、魔力出力が強化されたことで大幅に威力が底上げされた斬撃は、ゴルドの胴体を両断してみせた。


「が、はっ! まさか私が、貴様如きに破れるとは……」


 言いかけて、ゴルドは俺に手を伸ばしながら、


「——違う。貴様は、誰だ……!? 申し訳ありま、せん……魔王、さ、ま」


 最期にそう呟いて事切れるのだった。

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